第54話 私のお婿様

「ブラント卿、あなたももう若くないのです。一日も早く、ブラント騎士爵家の跡継ぎを決めるべきだと思いますぞ」


「それはわかっています。ですので、今その候補者を懸命に探しているところです」


「そうか! それなら、私の知り合いにいい青年がいるんだ」


「それはどのような方でしょうか?」


「ラーフェン子爵家の三男で、ビトー殿という青年だ。これが実に素晴らしい青年でな。きっと素晴らしい跡継ぎになるはずだ」


「それはよい情報を教えていただきました」



 ここ数ヵ月。

 週末になると、多くの貴族たちがブラント邸を尋ね、ブラント騎士爵家の一人娘である私、ミリヤム・ヴィレム・フォン・ブラントのお婿さん候補を推薦しに来ます。

 現在王都では、家を継げない、仕官先がない、法衣貴族の子弟たちが余りに余っていて、子供が娘である私一人しかいないブラント騎士爵家は、多くの貴族たちに狙われているとか。

 今日も、ブラント騎士爵家とはあまり関係ない貴族がやってきて、知り合いの貴族の子弟を私にお婿様にと勧めてきました。

 父は波風立てないよう、『候補に入れておきます』と言ってその貴族を帰らせる。

 こんなことの繰り返しなのです。

 お行儀が悪いと思うのですが、私の将来の話でもあるので、つい聞き耳を立ててしまいます。


「モンジェラ子爵殿。ラーフェン子爵家の三男ビトー殿とは、どのような人なのでしょうか?」


「どこにでもいるような凡庸な男だ。仕官先がなくて、ラーフェン子爵家は四苦八苦している。それを親戚であるモン男爵が唆したのであろう」


「問題児、鼻つまみ者よりはマシですね」


「さすがに、そういう人物を推薦する商売はもう通用しないと悟ったようだな。知己で比較的マシなのを推薦するようになった」


「最初は酷かったですからね。 紹介料目当てとはいえ、よくもまあ、あんなに酷いのを推薦できると、ある意味感心しましたよ」


「ルックナー財務卿の足を引っ張りたいのでしょうか?」


「弟殿の嫌がらせもあるようだな。ただ大半は、この屋敷にやって来て口頭で推薦すれば、紹介状を書かないで済むと考える程度の浅知恵だ。紹介状を書いてゴミを推薦したら、紹介状を書いた方も大ダメージだからな。ちょっとブラント騎士爵家にツテがあるんですと嘘をついて、推薦者の実家からお小遣いをせしめる無責任な貴族たちの多いことと言ったら」


「そんなことをしているから、役職を得られないのでしょうに」


「真面目でまともな法衣貴族でも、上が詰まっていてなかなか役職を得られない世の中だ。真面目にやるのは馬鹿らしいと思う貴族たちが出てきたようだな」


「嫌な世の中ですね」


「平民たちはのん気なもので、そんな貴族たちを内心バカにしているよ。それでも年金が貰えるのだからいいご身分だとな」


「耳が痛いですな」


「事実だから否定もできん」


 実は、このところ週末になると、ブラント騎士爵家の寄親であるモンジェラ子爵様が屋敷に詰めるようになっていました。

 その理由は、私のお婿様に変な人がならないようにするため。

 推薦されたお婿様候補の情報を教えてくれたり、あまりにしつこいようなら断るためだそうです。


「寄親である私が推薦してもいいのだが、いかんせん我が家は娘ばかりなのでな」


 モンジェラ子爵家は、娘さんが五人もいますからね。

 代々お婿さんを迎え入れる貴族家として有名ですから。


「どうしても推薦しろと言われれば推薦するが、ブラント卿には本命がいるのであろう?」


「よろしいのですか?」


「こう言うと失礼だが、ブラント卿は騎士爵だ。男爵以上だと実家の爵位が問題になるがな。寄親である私が推薦しないのであれば、当主が自由に婿を選べばいい。それに職場では私の部下になるんだ。正直なところ無能は困る。ただこんな世の中だ。色々と調整が必要だから時間がかかるだろうがな」


「それは覚悟しております」


「噂の彼か……。確かに彼はデキるし、もの凄い美男子だからな。うちの娘たちも噂していたさ」


「そうですか」


 父には、本命のお婿さん候補がいた。

 初めて知りました。

 いったい、どんな方なのでしょうか?

 しかも美男子。

 私は貴族の娘なので、家のために嫁げと父から言われたら、どのような人にも素直に嫁ぐしかありません。

 嫁ぎ先でお姑さんと合わなくて苦労する貴族の娘も多く、よく噂で聞きますから、お婿様を迎え入れる私は幸せな方。

 それでも、できれば格好いいお婿様がいいなと思うのは、これはもう女性の本能だと思うのです。


「次の週末にでも屋敷に招待して、ミリヤムと会わせますよ」


「それがいいだろうな。さしあたって嫌がらせをしてくるのは、不良在庫を抱えた法衣貴族だな。エーリッヒ殿は、地方貴族の五男だと聞いた。気に入らんだろうな」


 王都の法衣貴族たちは、実力で下級官吏試験に受かった優れた地方貴族の子弟たちを見下す傾向にあります。

 田舎者……地方出身者より、王都という都会で生まれた自分の方が上だと思い込むからです。

 父は、そうでも思わないとやっていけないんだろうと言っていました。


「あとは、ルックナー会計監査長か。憎っくき兄の寄子たちが一人でも無能な方がいいからな」


「あの方も相変わらずですね」


「それなら、なんの血縁も地縁もないが、優秀なエーリヒ殿の方がいいさ。それに彼は、ブライヒレーダー辺境伯のお気入りでもあるからな」


「その線で 抵抗勢力に対抗しますよ」


「それがいいだろうな」


 こうして私のお婿様は内定し、今日は今日はエーリッヒ様がうちに遊びに来る日です。


「ミリヤム、お淑やかにな」


「はい」


 ちょっと緊張してきました。

 美男子という事前情報ですけど、それはモンジェラ子爵様と父の過大評価かもしれませんし……。


「お館様、エーリッヒ様がいらっしゃいました」


 執事のレオンが、一人の若い男性を案内してきました。

 そのお顔を拝見すると……。


「始めまして。エーリッヒ・フォン・ベンノ・バウマイスターと申します。こちらはお土産です」


「わざわざすまないね、エーリッヒ殿」


「いえ、大したものではありませんから。僕は田舎の出なので、このように王都の貴族にご招待いただくのは初めてですから、これでよかったのかと少し心配しています」


「大丈夫だよ。こちらが妻のマーリオンで、こちらが娘のミリヤムだ」


「よろしくお願いします。マーリオン様、ミリヤム様」


「あら、様なんていらないのに」


「すでに成人して、バウマイスター騎士爵家の継承権を失って身ですから」


「そんなことを気にしなくていいのに。ミリヤムもそう思うわよね? ミリヤム?」


「あっ、はい!」


 思わず見とれてしまった。

 実は、モンジェラ子爵様と父の、優秀な部下に対する贔屓目もあるはずだと思っていたのだけど、まさかここまでとは……。

 この人が、私の夫になるのね。

 そのあとは、一緒に食事をしながら色々とお話をしたのだけど、本当に美男子で、私は天に昇るかのような気分だった。


「で、ミリヤム。エーリッヒ殿をお前のお婿さんにしようと……」


「結婚式はいつですか?」


「気が早い……ちょっと色々と解決しないといけない問題があって、時間がかかるからその間は秘密の婚約者同士という扱いで頼む」


「一日でも早くエーリッヒ様と結婚したいです」


「……ミリヤムが、気に入ってくれてよかった」


「旦那様、私も大歓迎ですよ。あんなに美男子の義息子なら」


「では話を進めるよ」


 父の予言どおり、田舎貴族の五男をブラント騎士爵家の跡取りになんてけしからん、と酷いことを言う貴族たちの対処に時間がかかり、私とエーリッヒ様の婚約期間は三年にもなってしまいました。

 最後は、ブライヒレーダー辺境伯様も手助けをしてくれて。

 エーリッヒ様は、美男子なだけじゃなくてとても優しいし、ブライヒレーダー辺境伯様のような大身の貴族様が手助けしてくれるほど優秀で、ご友人も多くて、私には勿体ない旦那様だと思います。

 婚約期間は長かったですが、そのおかげでとてもいいこともありました。


「ミリヤム、今日はどこに出かけようか?」


「美味しいケーキを出すお店があるそうです」


「ケーキかぁ。僕はそんなにお酒は飲めないし、実家では甘い物にほとんど縁がなかったから魅かれるね。そのお店に行こうか?」


「はい、エーリッヒ様」


 他の夫婦はすぐに結婚してしまうから、結婚前に婚約者同士でデートなんてしたことがない夫婦も珍しくないけど、私は三年間、エーリッヒ様と恋人同士のように過ごせたからラッキーだと思います。

 友人たちから、とても羨ましがられたほどですから。

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