第53話 祝儀騒動

 今回の婚姻で、エーリッヒ兄さんがブラント騎士爵家の人間になれば、役所で財務関係の仕事をしている下級法衣貴族たちや、その上司、寄親、同じ派閥の幹部をしている中級貴族たちなどとも繋がりができる。

 もしそうなれば、エーリッヒ兄さんのように貴族家への婿入りは不可能でも、その分家や家臣の家に婿入りが可能になるかもしれないのだ。


「というか、中央とコネを繋ぐチャンスなんじゃないの?」


 今まで、うちの実家のあまりのバカさ加減に黙っていたエルがボソっと漏らしていた。


「ああ、エルの坊主も、騎士爵家の子だものな」


 ブランタークさんは、エルの考えに納得したような表情をする。


「ええ、ここで普通に親戚づき合いをしておけば、なにか中央に頼まないといけない時にツテができるじゃないですか」


 たまにではあるが、地方の小領主だって中央に陳情などをすることもある。

 ただ、中央からすればその件数は膨大なので、どうしても順番待ちが長くなってしまうのだ。

 ようやく出番がきて陳情しても、『無理です』と簡単に却下されるケースも多い。

 そこで、中央の下級法衣貴族と婚姻関係を結んで親戚づき合いをするのだ。

 なにか頼みたいことがあれば親戚に頼み、頼まれた彼らが寄親や同じ派閥の中級貴族たちに頼む。

 『人脈は宝』とはよく言ったものだ。

 当然この関係を維持するには少々の経費がかかるが、この費用をケチるようでは貴族としては問題アリであろう。


「普通の貴族ならそう考えるよな。だが、あのバウマイスター騎士爵家はちょっと例外なんだよ」


「どういうことなんです?」 


「あそこは、もの凄く引き篭もり体質なんだよ」


 ブランタークさんがエルの質問に答えるのだが、それはバウマイスター騎士爵家の興りにも要因しているらしい。

 初代は、王都に住んでいた役職すらない貧乏騎士爵家の次男であり、そんな環境を嫌って南部へと向かったそうだ。

 無人の未開発地を開墾して村を作り、そこを自分の領地として王国に認めてもらおうとしたのだ。

 その苦労は並大抵のものではなかったが、次男以下が領主になるには一番確率が高い方法ではある。

 初代は、あの山脈を越えた盆地に村を作るのにちょうどいい土地を見つける。

 北部と西部は山脈で他領と隔たっていて、東部と南部には広大な未開発地と海が広がる、広さだけでいえば小国並みの土地。

 お隣さんがいないのも、無駄な領地や利権争いをしなくてもいいので好都合だったようだ。

 本拠地を確認した初代は、実家のツテで王都に住む貧民などから移住者を募り、自ら泥に塗れて開墾に精を出した。

 そして、それから四代百年以上。

 その四代目が、今の領主である父だ。

 前に、書斎にあった家系図で確認していたのだ。


「しかし、百年もかけて人口八百人。村落三つですか。多いのか少ないのか……」


「騎士爵にしては多い方さ。追加で移民を募ったようだし」


 なら財政的にはもっとマシな気もするのだが、そこであの痛恨の出兵が発生している。

 

「元から、バウマイスター騎士爵家の当主ってのは寄親とも疎遠なんだよな。まあ、そう頻繁に顔を合わせられないってのもあるけど」


 寄親が必要なので、仕方なしに一番近くにいたブライヒレーダー辺境伯に頼った。

 だが、やはり物理的に山脈を隔てて孤立しているので、あまり懇意でもない。

 引き篭もっても自給自足で生きていけないわけでもないので、余計に引き篭もり体質になってしまったのであろう。


「先代お館様の、出兵強要もよくなかった」


 可愛い跡取り息子の病気を治す霊薬の材料を求めて、先代ブライヒレーダー辺境伯は、バウマイスター騎士爵家に大きな負担をかけた。


「これが決定打となって、余計に孤立の道に進んでしまったんだな。俺も、その辺の事情は今のお館様に聞いたんだけど……」


「それでですか。ブライヒレーダー辺境伯に金を借りなかったのは」


 引き篭もっているから、中央との繋がりなんていらない。

 金なんてないし、それをブライヒレーダー辺境伯家から借りるなんて真っ平御免。

 この件でバウマイスター騎士爵家の評判が落ちても、それでなにか不都合があるわけでもない。

 法に触れたわけでもないし、辺境にいるバウマイスター騎士爵家のマナー違反など、王都に住む貴族たちはすぐに忘れてしまうであろう。

 大身なので、ブライヒレーダー辺境伯はご苦労様。

 多分、こんな風に思っていると思われた。


「完全な開き直り……」


 俺も、エルたちも、ブランタークさんも、三人の兄たちも。

 実家であるバウマイスター家の意図に、ただ絶句するのみであった。


「まずいなんて話じゃねえ!」


「ブランターク様、ブライヒレーダー辺境伯家は、バウマイスター騎士爵家に懲罰で兵を向けるとか?」


「この程度の理由で、兵なんて送れるかよ」


 ただ、イーナの懸念もわからないでもない。

 貴族とは、体面やプライドを大切にする生き物だからだ。


 だが、あの山脈を越えて軍を送る難しさは前の失敗を見れば明らかだ。

 魔の森への進軍とは違って山さえ越えればいいのだが、超えてから八百人の住民が防衛戦闘を行うので、戦闘は悲惨なものとなるであろう。

 現地での物資の補給は不可能だし、多大な犠牲を出して勝利したとしても、今度は山一つ超えた占領地を復興しながら統治しないといけない。

 もしそんなことをしたら、ブライヒレーダー辺境伯家の財政がまた傾いてしまうであろう。


「その辺も、見透かしているんでしょうね」


「まあ、並の頭をしていれば気がつくからな。あとは、嫡男継承への異常なまでの拘りと、才能ある下の子供への反応を見ればわかるか……」


 閉鎖的な領地なので、思考が完全に保守的なのだ。

 ただ領主を頂点とするピラミッドを維持することに傾注しているので、嫡男継承に拘るし、その秩序を乱す可能性がある下の子たちには素っ気無い。

 虐めや虐待はなかったが、それは彼らからすれば最大限の優しさでもあり、それ以上の優しさなど必要ないと考えているのであろう。

 こうなると、中身がおっさんなのも考えものだ。

 そういう気持ちが理解できるからこそ、俺は家族と距離を置いたのだから。

 

「エーリッヒなら、あの村をもっと発展させられただろうな。あとは、坊主。お前もだ」


 魔法が使える俺が、もし当主になったら。

 実際、名主のクラウスに懇願されているしな。


「あとは、エーリッヒ兄さんが当主になり、俺がそれを手伝うパターンですね」


「むしろ、その可能性を感じて怖かったんだろうな。お前らは、仲がいいみたいだし」


 俺は、自分の魔法の才能についてはある程度自信を持っている。

 しかし、領地を治める領主としては未知数だ。

 そんなものは、やってみないとわからないのだから。

 なので、エーリッヒ兄さんが領主をしてくれるのなら、俺は喜んで家臣になったであろう。


「あれ? でも、普通は子供にこれだけの魔法使いが出たんだよ。お抱えにしない?」


「そんなことは簡単さ。無理だからだよ」


 ルイーゼの意見を、ブランタークさんは真っ向から否定した。

 

「いくら坊主が子供でも、坊主レベルの魔法使いを雇うのにいくらかかると思っているんだ?」


「でもそれは、家族価格でとか」


「無理に決まっているだろうが。ルイーゼの嬢ちゃんよ。もしお前さんが、実家に魔闘流の師範としてもの凄い安金で扱き使われたらどう思う? お前の親や兄弟が、『この給金で問題ないよね。家族だし』って言ってな」


「さすがに、それは……」


 そんな肉親の情を盾に搾取される関係など、長く続くはずもなかった。


「だろう? それに、もし最初はそれでなんとかなっても、坊主が逃げれば終わりだろうが」


 引き止めようにも俺の方が圧倒的に強いのだし、そんな不手際で魔法使いを失えば領民たちからも不満の声が出るはずだ。


「どのみち、相場の給金は出せないんだ。それなら最初から雇わない方が良い」


 さらに、そこでエーリッヒ兄さんが当主になったらという話に戻るが、彼ならできる限りの待遇にしようと努力するし、それがわかる俺は彼に手を貸していたであろう。

 なにしろ俺は自分で簡単にお金が稼げるのだし、出世払いという契約でもいいのだから。

 だが、あの父やクルト兄さんのための無料奉仕は御免被る。

 これが本音であった。


「ようするにだ。そんな理由が重なって、祝儀に関しては絶望的だと。坊主、お前さんが出してくれ。あとでお館様が全額返すから」


「わかりました」


 別に返してもらわなくてもいいが、それを言うとブライヒレーダー辺境伯様の面子を潰してしまうことになる。

 新バウマイスター準男爵家当主として俺が出す祝儀分以外は、遠慮なく返してもらうことにした。


「すみません、ブランターク様」


「俺たちは、金がなくて……」


「いや、この件はお前たちの実家の方がおかしい。独立準備金まで出した息子たちに祝儀の立て替えなんて、滅多に聞かないからな」


 パウル兄さんたちはブランタークさんに謝っていたが、確かにこの件で彼らを攻めるのは酷だ。

 それに彼らは、自分たちができる範囲でエーリッヒ兄さんに祝儀を出しているのだから。


「ええと、祝儀の相場っていくらなんですか?」


「このケースだと、騎士爵家で金板一枚だな。だが金貨を半分にして、あとは金額分の物品も混ぜるのが普通だ」


 パーティーの間、招待客に見えるように置くのだから当然とも言えた。

 あとは、両家との繋がりを演出するものなので、自分の領地から産出する物品も混ぜるとベターなのだそうだ。

 結納で、三方の上に昆布やスルメとかが乗っているのと同じ感覚なのであろうか?


「実家の特産品ですか?」


「そこまで厳密に考える必要はねえよ。その地方の品でいいのさ。魔法の袋にないのなら、アルテリオに用意させるか?」


「アルテリオさんは商人ですしね。でも、彼は招待されていないんですね」


「そりゃあそうさ。坊主繋がりでブラント騎士爵家と縁はできたが、それまではお互いに顔すら知らなかったんだから。それとな……」


 実は、エーリッヒ兄さんの結婚披露パーティーに急遽参加したいと希望する貴族や商人などが、それこそ処理し切れないほど発生したらしい。

 原因は、主に俺であったようだが。


「お前と縁を繋ぎたい連中が殺到してな。だが、これはエーリッヒ殿の結婚パーティーなんだ。こんな失礼な話もないから、俺がルートガー殿と捌いておいたから」


「仕事してたんですね……」


「当然だろう。というか失礼賃に酒を驕れや」


「酒ですか? ありますよ」


 祝儀をどんな物品で飾ろうかと迷っていたところだったので、俺は魔法の袋から酒が入った瓶を取り出し始める。

 醸造や発酵を魔法で再現する実験の成果で、材料は野イチゴ、山ブドウ、砂糖、米、麦、などであった。

 一応、ワイン、果実酒、ラム、焼酎、エールのつもりだ。


「へえ。坊主は、使える魔法の種類が多いんだな。どれどれ……」


 早速試飲を始めるブランタークであったが、変な失敗作を祝儀にするわけにもいかないので、ちょうどよかったとも言える。

 俺はまだ未成年なので、試飲して品質を確かめられなかったからだ。


「いい味の酒だな。超一流の名酒には少し劣るが、これなら毎日の晩酌にも十分だ」


 最初に出した分はすべてブランタークさんが自分の魔法の袋に仕舞ってしまったが、まだ沢山あるのですべての種類を何本かずつ出す。


「この酒瓶も、魔法で作ったのか?」


「はい」


「お前、アルよりも魔法の引き出しが多いな。羨ましい限りだぜ」


 ガラス瓶はちょっと無理だったので、瓶はすべて陶器製である。

 瓶と言うよりは、陶器製の容器と言った方が正確であろう。

 密封は、未開地にコルクの木があったのでそれで行っている。

 容器の方も、造作などはなるべく形を整える努力をしたが、酒が漏れなければいい程度のできでしかない。

 俺に芸術な素養などない証拠であった。。

 他にも、山ほど作っていた塩の入った甕も十個ほど出しておく。

 内陸部にある王都では塩が高めなので、これも喜ばれるはずだ。

 続けて、砂糖の甕も同じ数を置く。

 これも南部が主産地なので、王都ではやはり相場が少し高いのだ。

 残りは麦や米の袋に、以前に狩って皮をなめしてもらった熊や鹿の毛皮など。

 エーリッヒ兄さん向けに、ブライヒブルクの武器屋に注文していた弓矢なども置いておく。

 お嫁さんには、女性になにを送ったらいいのかわからなかったので、以前にブライヒブルクで購入した絹布の反物と、未開発地で採集した瑪瑙や翡翠の原石を置いていた。


「こんなものですかね?」


「坊主も、今では一家の主だからな。二家分なら十分だろう」


 祝儀置き場に指定されたスペースは、ようやくすべてが出揃って埋まった。

 俺が祝儀の品を置かなければ婿側のスペースがスカスカで、エーリッヒ兄さんが大恥をかくところだったのだから。


「本当に、父や兄は俺たちのことなんてどうでもいいんだな……」


「領地に引き篭もっていれば、外部からの評判なんて聞かないで済むからな……」


 あまり話したこともないパウル兄さんとヘルムート兄さんであったが、さすがに哀れに思えてしまう。


「済まないな。ヴェンデリン」


「いえ、俺も祝儀は出さないといけなかったので。一応、手紙で父上に立て替えた分を催促しておいてください」


「無駄だろうがな」


「形式上、一応はしておかないと」


「そうだな……」


 自分の息子たちに祝儀の立て替えを頼むなどという、前代未聞なことをしたあの父に、立て替えた分の請求をしても100%返って来ないのは確実だ。

 それでも、一応は催促の手紙を出しておくようにと、俺は兄たちに頼んだわけだ。


「ヴェル、申し訳ない」


「エーリッヒ兄さんはなにも悪くないですから」


 結局俺は、二家分の祝儀を金貨と物品で金板二枚分ほど出していた。

 だが、以前から師匠の遺産やら、子供の頃からコツコツと未開地で採集・製造していた物もあったし、つい二日前には白金貨千三百五十枚を陛下から貰っている。

 そのくらいの出費なら、気にならなかったのが正直なところだ。 


「いや、そっちではなくてね……」


「そっちではない?」


 どうやら、エーリッヒ兄さんの言う申し訳ないが、祝儀の話ではないことに俺が気つくのは、式が始まってからになるのであった。

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