第37話 園遊会

「いやあ、今日も大漁だったな」


「熊が一頭狩れたのは大きいわね」


「だよねぇ、エルのトドメの一撃は見事だった。褒めてつかわす」


「いや、それは誰の真似だよ……。ちゃんと熊の胆を傷付けない位置を計算したのさ」




 いつの間にか、狼の群れから助けた二人の美少女がパーティに入った俺とエルであったが、というかいつの間にか俺が新パーティのリーダーになっているらしい。

 前世では学級委員長すら未経験な俺なのにと思ってしまうが、実際になってみると、意外と仕事などなかったというのが結論だ。

 『魔法使いだからリーダーね』みたいなノリで決まったからな。

 放課後、四人でなるべく競争相手が少ない遠い狩り場を目指して移動し、そこで俺が『探知』を使って獲物を探す。

 簡単な獲物は順番にメンバーに割り振って狩らせ、大物ならばパーティの特性を生かして四人で戦う。

 最初は、新規組の二人の実力に少々不安を感じていたのだが、あの狼の群れの件は運が悪かった部分も多かったらしい。

 イーナの槍術は時には突進してくる猪の脳天を一撃で仕留める腕前であったし、ルイーゼなどは気配を消して敵に近付くという特殊なスキルで、プロの猟師にさえ難しいホロホロ鳥を容易く捕まえてしまった。

 四人で動いているので、狼の群れや複数の熊に襲われても慌てずに済むし、効率もいいし、実入りもかなりよかった。

 今では、四人で狩りに出るのが当たり前になっていたほどだ。


「今日も、木の葉亭で夕飯にするか」


「今日のお勧めメニューはなんだろうな?」


 獲物を買取所に卸してから夕食に向かおうとすると、予備校の校舎から見慣れた担任の教師が駆け寄って来た。

 いったい、なんの用事なんだろう?

 彼は冒険者予備校の特待生クラスの担任であり、冒険者ギルドの中堅職員でもあり、元はかなり腕のいい冒険者でもあったと聞く。

 惜しいことに怪我で引退を余儀なくされたが、今でもこうして後進の指導に邁進しているわけだ。

 今年三十七歳で、嫁さんと娘が二人いるらしい。

 家族を食わせるのに苦労しているのであろうことは、世界は違えど同じなんだと思う。


「おーーーいっ、お前たち」


「ゼークト先生、なにか用事ですか?」


「ああ、予備校経由でこんなものが届いてな」


 ゼークト先生は四通の封筒を持っており、俺たちに一通ずつ渡してくれた。

 よく見ると俺の名が書かれており、早速封筒の封を切ると、中には園遊会の紹介状が入っていた。


「園遊会ですか?」


「主催はこの地の領主であるブライヒレーダー辺境伯様なので、絶対に出るように」


「わかりました」


「エルヴィンたちも必ずだぞ」


「「「はぁーーーい」」」


 なぜか俺たちは、ブライヒレーダー辺境伯様主催の園遊会に出席することになってしまったのであった。




「しかし、なぜ俺が園遊会に招待なんてされたんだ?」


「ヴェル君の実家は、ブライヒレーダー辺境伯家の寄子だからじゃないかな?」


「その線なのかぁ」


「他にどの線もないと思うな」


 三日後の休息日のお昼前、俺たち四人はそれなりにめかし込んで園遊会の行われる会場へと向かっていた。

 俺とエルは、急遽仕立てて貰った貴族用の礼服姿で。

 ちなみに代金は銀板二枚、日本円で二十万円ほどかかり、急な出費に俺とエルは半分涙目である。

 イーナとルイーゼは実家にドレスがあったので急遽作る必要はなかったと聞くが、それに合わせたアクセサリーや靴などで臨時の出費を強いられ、やはり俺たちと同じく悲しみに暮れていた。

 二人は、『新装備の購入貯金が……』と悶絶していたようだ。

 せっかく女の子として可愛く生まれたのだから、嬉しそうにオシャレをすればいいのにと、俺などは思ってしまうのだが……。


「そういえば、そうだったな。うちの実家って、ブライヒレーダー辺境伯家の寄子だった」


「だったって……」


「俺も含めて家族全員が、そういうこととまるで縁がなかったからなぁ……」


 そのせいで俺が臨時の出費を強いられていたが、それでも寄親は寄親である。

 無碍になどできないところが、零細貴族の悲しい性とでも言うべきであろうか?

 しかしながらよくよく過去を思い出すと、なぜか父や兄がこの手の園遊会やパーティーに参加した記憶がなかった。

 というか、彼らが領内から外に出た記憶すらない。

 出席するのに山脈一つ超えなければいけないので、それは当然とも言えたのだけど。


「ブライヒレーダー辺境伯様も、さして重要ではない園遊会やパーティーでバウマイスター騎士爵家に余計な負担はかけたくなかったんだと思うよ」


 多分、ルイーゼの推測は当たっているはずだ。

 だが、それに甘えてせっかくの縁を作るチャンスを逃す父や兄は、やはり貴族としてはどうなのかと思ってしまう。

 コネや人脈は、一生かけて作る価値があるものなのだから。

 前世で、半分耄碌した会社の相談役のジジイが朝礼で言うほどだからな。


「今回は、ヴェルがブライヒブルクに滞在しているからね。当主の代理扱いなんだと思う」


「当主代理ねぇ……」


 成人になってから自分で宣言しないとバウマイスター騎士爵家の継承権は放棄できないので、俺はまだ一応は貴族の身分にある。

 エルも俺と同じような境遇なので呼ばれたのかもしれないし、イーナとルイーゼは自分の所の陪臣の娘だ。

 その二人が優秀な成績で冒険者予備校に入ったので、今のうちにツバを付けておこうという腹なのかもしれない。

 貴族とは、なんとも裏で色々と企む生き物である。

 あくまでも、俺の想像にしか過ぎないのだが。

 パーティーは、ブライヒブルクの中心部にあるブライヒレーダー辺境伯家の屋敷の庭で行われている。

 さすがは領主の屋敷の庭。

 その広さは、数百人の招待客がノンビリと食事や酒や歓談を行えるほどであった。

 この園遊会は年に一度開催される。

 ブライヒレーダー辺境伯家が、縁のある貴族とその家族、陪臣とその家族、取り引きのある商人たち、各種ギルドや教会関係者などを招待しているらしい。

 それに加えて、冒険者予備校の校長や一部講師たちに、一般・特待生クラスを問わずにいまだ貴族籍を持つ生徒たちも招待されているようだ。

 一部、見知った顔も確認できた。


「こういう時に、自分が貴族だって確認できるんだよなぁ」


「エルは、こういうパーティーに参加したことがあるのか?」


「まあね。うちにも寄親はいるからな。その寄り親が、定期的にパーティーを開くんだよ」


 エルは五男なので優先順位は低かったが、それでも何回かはこの手のパーティーに参加したことがあるらしい。


「でも、さすがは南部の筆頭貴族であるブライヒレーダー辺境伯家のパーティーだな。飯も酒も豪勢だ。うちの寄親は子爵だから、もう少し内容が落ちるんだ」


 エルは、そう言いながら積極的に料理に手を出していた。

 その気持ちはわからなくもない。

 突然に、『最近稼げているよな』という淡い嬉しさを奪う。

 パーティーに着ていく正装代金という手痛い出費。

 ならば、せめて銅貨一枚分でもそれを取り戻そうと、必死に食事を食べているのだ。

 特に単価の高い肉に集中しているようだ。

 俺もここで食事を済ませて一食浮かせてしまおう。


「ヴェルは、食べないの?」


 同じく、女の子であるはずのイーナやルイーゼも、まずは色気よりも食い気なようで。

 持っている皿には、肉類を中心に料理が山盛りに積まれていた。


「勿論食べるさ。食べて、この正装代金の一部でも回収せな。しかし……」


 エルも俺もイーナもルイーゼも、身も蓋もない言動であったが、これが零細貴族や陪臣の子供の現実なのであろう。

 ふと脇を見ると他の予備校生なども同様で、みんな数少ないご馳走を食べる機会だからと、忙しく料理が置かれたテーブルを回っていた。

 みんなも正装代は痛いはずで、せめてご馳走を沢山食べて元を取らなければと思っているのであろう。


「しかし?」


「いやね。このブライヒブルクに来てから思うんだけど……」


 あのバウマイスター騎士爵家で出る、毎食の硬い黒パンと、まるで病人食のように塩味が薄い、細切れの肉片が多いとラッキーだと感じてしまうスープの食事とは、一体なんだったのであろうと思ってしまうのだ。

 俺が狩りに出るようになったら、メニューに何品か加わるようになったが、それでもあの硬い黒パンと薄い塩スープに変化はなかった。

 初めてこっそりとブライヒブルクに来た時、バザーで売った獲物の代金で食べた食堂のシチューをどれだけ美味しいと感じたことか。

 前世が食に拘る日本人であったとは思えないほど、俺はあの薄不味い塩スープに慣れてしまっていたのだ。


「ああ、バウマイスター騎士爵家の件ね」


「イーナはなにか知っているのか?」


「子供の頃に、父上から聞いたことがあるのよ」


 簡単に言うと、あの出兵でバウマイスター騎士爵家の財政は危機的状態に陥ったらしい。

 領地が孤立しているので特産品を外部に売ろうにも、年に決まった回数山脈を越えて来る商隊が、わざわざ苦労して持ち帰ろうとするまでの品がなかった。

 確かに、魔法の袋もないのに唯一余裕のある食料を荷駄で山道を運ぶのは、手間的にもコスト的にも厳しい。

 そこで比較的需要が高い、長持ちする小麦などをブライヒレーダー辺境伯家が儲けなしのボランティアで受け入れることにしたそうだ。

 小麦を買い取ってもらえるようになったので、父は少しでも多く小麦を売れるように農地の拡大を指揮し、俺などまるで眼中になかった。

 それが、俺の子供の頃の父や兄の姿である。

 なるほど。

 そういう事情があったのかと思うのと同時に、『そこで時間を稼げたのだから、他の特産品を考えろよ!』とも俺は考えてしまう。

 しかも父は、現金収入になる小麦の生産で領民たちを縛り、そのせいで彼らは狩りや狩猟に行く時間を大幅に減らし、結果自分たちも含めて領民たちの食事がえらく質素になった。

 少々主食のパンが少なくても、自然の恵みの多いバウマイスター騎士爵領では、狩猟で得られる肉や、採集で得られる果物、山菜、川魚、自然薯、ハチミツなどがあるのにだ。

 ただこれらの品々は、リーグ大山脈を越えたブライヒレーダー辺境伯領でも普通に産出する。

 なので輸出には使えず、そんなものを取っている暇があったら小麦を作れと父が発破をかけたのであろう。

 そして領民たちには小麦の栽培に適さない土地でライ麦を作らせ、それを材料にした黒パンが領内の主食となった。

 それは、名主のクラウスが俺に当主になってほしいと懇願するわけだ。

 彼本人の欲望は、考えないものとして。


「……」


「どうかしたの? ヴェル」


「いや、うちの実家って衰退する未来しか想像できないから」


「ご愁傷様」


 と、素っ気なくイーナは言うが、彼女からすればよく知らないバウマイスター騎士爵領の将来に興味などなくて当然というか。

 俺は八男でまず継承の目がない実家の領地であったし、イーナにとっても関係のない隣の領地の話だ。

 もし彼女が実家を継ぐ身であったら、主家の寄子が治める領地の話なので少しは気になっていたのであろうが。

 俺たちが生まれるか生まれないかの頃に起こった魔の森への遠征で、イーナやルイーゼの実家に犠牲が出て、隔意を持っている可能性であろうか?

 ただこれも、本人たちは『そんな、記憶もない赤ん坊の頃のことを言われても……』というのが正直な感想であった。


「あと三年で縁が切れるから、気にならないな」


「いや、それは少し甘いと思いますよ。ヴェンデリン・フォン・ベンノ・バウマイスター君」


 突如、イーナではなく若い男性の声が聞こえ、俺は声の方を向く。

 するとそこには、三十代前半ほどに見える、品のよさそうなシルバーの髪にグレーの瞳をした青年が立っていた。

 年齢的に見て、ギリギリ青年扱いでも構わないであろう。


「ええと、どちら様でしょうか?」


「ヴェル、バカ!」


 その青年に名を尋ねると、隣にいたイーナが慌てた態度で俺の腕を引っ張る。


「そのお方は……」


「ああ、申し遅れました。私の名は、アマデウス・フライターク・フォン・ブライヒレーダーと申します。君が、あのバウマイスター騎士爵家に生まれた魔法使いですか。お会いできて光栄です」


 なんと、俺に挨拶をして来た青年は、我がバウマイスター家の寄り親であるブライヒレーダー家の若き当主であった。


「これは無礼をいたしました。平にご容赦を」


「ヴェンデリン君は、今までこの手の席に顔を出したことがないと聞いております。しかも、君はバウマイスター騎士爵家の跡取りでもない。私の顔を知らなくて当然ですよ」


 寄親の顔を知らない寄子の子供というのは前代未聞のような気がしたが、当人であるブライヒレーダー辺境伯は気にしていない様子であった。


「しかし、君が冒険者予備校に入学していて助かりました。バウマイスター騎士爵家の方々を、この手の集まりに呼ぶのは不憫だったので……」

  

 パーティーのために、山脈を一つ越えるのだ。

 それに、現在のバウマイスター家の財政状態は決してよくない。

 しかもその原因の一つは自分たちなのだから、パーティーに来られない父たちを非難するわけにもいかず、かと言って形式だけでも招待状を出さないわけにはいかないのだが、毎度父たちは断るので、ブライヒレーダー辺境伯家の家臣たちが無責任に非難していたらしい。


「『寄親の誘いを断るなんて、なんて無礼な!』と、こんな感じです。だからこそ、君が来てくれて助かっています」


 この手の礼儀作法も習っていなかったし、貴族の嗜みであるダンスは今日が園遊会で助かったくらいの、最大の目的がいかに値段の高い飯を大量に食べるかしか考えていない俺でも、バウマイスター騎士爵家の人間が出席したことに意義があるらしい。


「(まるでオリンピックだな……)」


 なんとも、貴族とは面倒な生き物であった。


「挨拶も終わりましたので、これが本題です。少々、お時間を頂けませんでしょうか?」


「大丈夫ですが、なにか私に用事でも?」


「大した用事ではないのですが、是非、内々のお話がありまして……」


「(大した用事じゃないわけないよなぁ……)」


 そのようにブライヒレーダー辺境伯に誘われて屋敷へと向かった俺であったものの、それが真っ赤な嘘であることに気がつくのに、そう時間を必要としなかったのであった。

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