第27話 鍵のペンダント
相馬くんは、私からのプレゼントをそれはそれは喜んでくれた。
「二見さんが僕の彼女になった事実だけでも史上最高のプレゼントなのに。嬉しいなぁ」
「大袈裟だよ」
「むしろ言い足らないくらい」
相馬くんは箱の中からペンダントを取り出し、天井の蛍光灯にかざす。シャラ、と音を立ててチェーンがほどけ、おもちゃみたいに小さな鍵が揺れる。銀色のそれは、高校生がお小遣いで買えるくらいの価格ではあったけれど、相馬くんの持ち物になっただけで高価なアクセサリーのように見えた。
「ちなみに、鍵のペンダントなんてDomの僕に贈る意味は分かってるの?」
「えっと…カラーをくれたDomのパートナーへは定番の贈り物だって、店員さんが。どういう意味なの?」
それがモチーフとしての飾りの鍵ではなく、一緒になって箱に収められている錠と一対になっていて、それを唯一開け閉めすることができる本物の鍵だというのは私にも分かる。
相馬くんは「まぁいつか教えてあげるよ」と勿体ぶった言い方をして、その別々になっていた錠も一緒にチェーンに通してしまった。
「二見さんにつけて欲しいな」
「いいよ」
気軽に了承したものの、真正面から首の後ろへ両腕を回すのは緊張した。終始上機嫌で微笑みを絶やさず私の顔ばかり見てくる相馬くんには、つい数十分前に泣いていた面影もない。
その遠慮のかけらもない不躾とも言い表せる視線がプレッシャーになるのでダメ元でお願いしたけど、やはり後ろからつけるのも目を瞑っていてもらうのも拒否されてしまった。
指先の感触だけで留め具をしっかり噛み合わせた瞬間、相馬くんは私の背中に手を回した。緊張に強張る身体が、次第にその体温にほぐされていく。
抱きしめられるといえば以前はお仕置きの後のケアくらいだったけど、今となってはそれもなしに相馬くんの腕の中に居座れる。なんて幸せなことだろう。
♦︎
人生で一番の僥倖ともいえる出来事から一夜が明け、もしかしたら昨日のあれは妄想が過ぎた結果の夢なのではないかと思った。
しかし、アラームが鳴り始める前に手に取ったスマホの画面がパッとつくと、昨日二人で撮った写真が表示された。昨晩浮かれて壁紙に設定したのを彼女が知ったら怒るだろうか、それとも呆れるだろうか。とにかく現実だったということが証明されて、口角が自然に上がった。
帰る直前になって、二見さんの写真を撮りたいとお願いした。もう痕跡はほとんど分からないのに「泣いた後だから嫌だ」と言われて、それでもしつこく頼み込んだ挙句の妥協案がこのツーショットだった。僕が後ろから抱きしめる形になり、二見さんは僕の腕の中で遠慮がちにはにかんでいる。泣いている顔も可愛いけど、やっぱり笑顔だって同じくらい可愛い。
今日は土曜日、授業も部活もない。しかし小学生はそうはいかない。
着替えてから隣の部屋のドアをノックし、そっと開けた。
「
二人はきちんと早く布団に入っていることもあり、朝に割と強いタイプだ。のそのそと起き上がってくると、「おはよう」と口々に挨拶をしてくれた。
「おはよう二人とも」
和希くんが僕の服装を見て、羨ましそうな顔をした。
「お兄ちゃん、お休み…?いいな」
「僕は和希くんたちが羨ましいけどな」
「じゃあ私の代わりに行ってくれます?学校」
「それはできないよ」
小学校に、二見さんはいないしね。
「今日はケーキ作って待ってるから。頑張っておいで」
「そっか!」
途端に目を輝かせる姉弟。今夜は僕の誕生日パーティーが一日遅れで開催される。そのため、午後に真由子さんとケーキを手作りする約束をしていた。
それまでは何も予定がなかったけれど、姉弟を送り出した後は机に向かうことにした。一応受験生なので。
二見さんは進路を決めているのだろうか。たとえ同じ大学の同じ学部じゃなくとも、僕は会おうと思えば毎日会える距離に二見さんがいてくれたらと思う。だから二見さんが地方の大学へ行くなら僕もそうするし、万が一それが海外でもついていくつもりだ。
あわよくば一つ屋根の下で暮らしたい。本音を言えば閉じ込めて毎秒愛でていたい。
首元のペンダントに触れて、思わず微笑む。これを本当の意味で使うのはいつだろう。分からないけど、きっと高校を卒業してからだ。
二見さんが僕に選んでくれて、恋人同士に昇格した記念すべき日につけてくへたペンダント。シャワーの時も寝ている時も肌身離さずつけておきたいところだったが、何よりなるべく壊れる可能性を減らしたいのと、それからつけたり外したりするその数秒の幸せを噛み締めるために毎晩外して眠り、朝起きてすぐに身につけることに決めた。
ペンダントに触れるだけで昨日のことをありありと思い出して、身悶えそうになるほどの多幸感が押し寄せる。
今すぐにでも会いたい。週末の二日は長すぎるから小学校のように土曜も授業があってほしいと、今月の頭のゴールデンウィークを耐え忍んだとは到底考えられないような思考に落ち着いた。
一度触れてしまえば、その温度を知ってしまえば、欲はさらに増すものである。分かってはいたけれど、ここまでとは。
幸せが度を超して苦しいくらいだ。
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