第6話 Subの覚醒
「なんで、私、Dom…」
シッと相馬くんが人差し指を口元に当てただけで、またもや私の舌は勝手に動きを止め、喉の奥がギュッと閉まった。
怖い。自分の身体が自分じゃないみたいだ。
まるで操られているように、言うことを全然聞かない。
命じられた通りのKneelの体勢で、命じられた通りに黙ったまま、私の頬を涙が滑り落ちた。
私が泣くのを見て、相馬くんは我に返ったみたいだった。
「ごめ、二見さ……泣かないで。いい子だから」
「いい、子…?」
「いい子」
相馬くんは膝をつくと私のことを抱きしめた。
頭がぼーっとなって、その高い体温の中に身を任せるとすぐに、意識が遠のいた。
私は目を覚ました。
抱きしめられるような格好のまま、私は相馬くんの胸に顔をうずめるようにして眠っていたらしい。醜態に気づいた途端に消えて無くなりたいと思った。
「起きた?二見さん」
至近距離からの声に驚いて飛び退く。机の角に頭を打って鈍い音が響いた。
「……っ」
「大丈夫?」
心配そうな相馬くん。私はこくこくと頷いて相馬くんの膝を慎重に跨ぎ、立ち上がって距離を取る。
気がつけば辺りはもうすっかり薄暗くなっていて、かなり面食らった。壁の時計をちらりと見ると…六時。
「…ろく!?」
「ああ、もうそんな時間か…僕もちょっと寝ちゃって」
相馬くんは眠たそうに欠伸をすると、よろよろと立ち上がった。
確かバレー部のミーティングは一時からで…つまり…五時間弱も眠っていたことになる。
そんな長い時間、相馬くんはこうやって床に座り、私が目覚めるのを待っていてくれたのか。
その忍耐力と器の大きさに驚くと同時に、申し訳なさでいっぱいになった。
「ごめん、本当にごめん…っ」
「いいよ。…顔色、だいぶ良くなった」
言われてみれば、ここのところずっと続いていた倦怠感や眠気が綺麗さっぱりなくなっていた。ここ数日は特に、いくら寝ても眠たかったというのに。
夢も見ないほどぐっすりと五時間も眠るなど、久々かも知れない。
「二見さん、Subだったんだね」
Sub。すなわちDomへの服従を本能的に望むダイナミクス。
考えてみればあの時、Domである相馬くんが私を見下ろした瞬間に、私の身体は支配を欲したのだ。そして受け入れた。
正直心は追いついていないし、怖かった。
けれど自分がSubであることを受け入れざるを得ない。疑う余地はない。自分自身が一番痛感していた。
「…最近体調良くなさそうだったのは、二見さんの従属欲が満たされてなかったからだ」
そして今日、Domから命令を浴びせられて、その欲があまりに急激に満たされた。そして気を失うように深い眠りに落ちたということだ。
「稀だけど、中一の検査の後にダイナミクスが変化する人も一定数はいる。病院に行って再検査して貰えば、きっとSubの診断がおりる。一刻も早く抑制剤を変えてもらわないと」
「…私だけクラス、変わっちゃうのかな」
「だろうね」
自分のブレザーにつけられた、青のバッジに触れる。このクラスの生徒がつける、Domの証。
隣のSubクラスのバッジは赤色だ。
来年も変わらないメンバーだったはずなのに、四月から一人違う教室に放り込まれるのだろうか。
Subのクラスだってメンバーは固定されている。馴染めるのだろうか。
「嫌だ…。修学旅行もあるのに…みんなと一緒に過ごしたい」
「二見さん…」
困ったように、相馬くんはそれっきり黙り込む。
十数秒の沈黙の後、彼は言った。
「二人だけの秘密にしちゃおうか」
「…え?」
「二年後、卒業したらすぐに再検査を受ける。でも高校の間は、隠しておく」
「できる…かな」
満たされてこなかった欲求が暴走する様を、今日私は身をもって体験した。
「取り敢えず、今飲んでる抑制剤はやめた方がいい。逆のダイナミクス用の薬なんて、抑制どころか促進剤になるんだよ」
「そ…そっか、確かに…」
その時、校内放送がかかった。
『もうすぐ最終下校時刻となります。校内に残っている生徒は至急、下校してください。繰り返します――』
「…差し当たり、それで様子を見よう」
「うん、分かった。…ありがとう、相馬くん」
私たちは急いで荷物をまとめると、もう戻ることのない一年生の教室を後にしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます