第25話 不穏

「あいだぁ!」


「ぐわっ」


泰三と岡部が同時にスっ転ぶ。

2人は少し呻いた後、その場でぐったりと動かなくなった。


「ま、今日はこんなもんか」


道場内の時計を見ると、その針は10時近くを指していた。


「竜也。親友なんだから、もっと優しく指導してくれよな」


「友達だからこそ、厳しくしてるんだよ」


泰三が寝言をほざくので、正論で返した。

それでなくとも、訓練は1日2時間程度しか行えないのだ――道場は10時までしか使えない為。

これで訓練内容を手温くしていたら、やる意味自体ほとんどなくなってしまう。


大体、俺の貴重な修練の時間を割いて行っているのだ。

それなりの成果はきちんと上げて貰う。


「強くなりたいんだったら諦めろ」


「確かに……鏡の言う通りだな」


大の字で倒れていた岡部が上半身を起こし、ゆっくりと起き上る。

その眼には闘志が宿っていた。

宇佐田の気を少しでも引きたいという不純な動機とは言え、その思いは本物の様だ。


「もう一本頼む」


「はぁー。女にモテたいだけだってのに、なーんでこんな苦労しなきゃなならねぇんだ。まったく」


泰三もぼやきながらのそのそと立ち上がって来た。

なんだかんだで、こいつも負けん気が強い。

岡部が立ち上がったのに、自分だけ倒れたままと言うのはプライドが許さなかったのだろう。


「そんなもん、お前の顔面の出来が悪いからに決まってるだろ?」


顔の作りが悪い以上、モテたいのなら他の部分で勝負するしかない。

能力ギフトだけでそれが達成できればいいのだろうが、一つの能力を極めるというのは険しい道のりだ。

成長すればする程、壁も多くなり先に進むのが難しくなる。


泰三自身それを痛感しているからこそ、一点特化ではなく、それ以外の売りを作るため俺に指導を仰いだのだろう。


「お前だってそんなに変わんねーだろうが!」


「失敬な!お前よりましだ!」


「やれやれ、そんな下らない事で揉めるなよ」


岡部が、心底どうでも良さそうに溜息を吐く。

それを見て思わずカチンとなる。

こいつ、少し顔が良いからって高みから言いやがって……


「よし!竜也!岡部を2人がかりでぼこぼこにするぞ!」


「ああ、挑まれた勝負は受けて立つしかないからな!」


「え、ちょっと待て!お前ら!?」


「問答無用!」


「死ねい!!」


夜遅くの道場に、岡部の断末魔が響く。

男の嫉妬舐めんな。


「……」


岡部に鉄槌を下し、部屋に戻った俺は直ぐに瞑想を始める。

日課の訓練だ。


まあ髪を伸ばす能力の有用度は兎も角、プラーナによる身体能力向上――特に防御力の向上は魅力的だからな。

高みを目指すのならば、伸ばさない手はないだろう。


「ふむ……」


1時間ちょっとだろうか?

時計を見ると、12時近くを指していた。

本来ならもう1時間程したかったのだが、俺は瞑想を止め立ち上がる。


「面倒毎に首を突っ込むのは、性分なのかねぇ」


ぼやきながら部屋をでて、寮を後にする。

目指すのはグラウンドの方だ。

其方の方角から、殺気がビシバシと伝わって来る。


それは俺に向けられた物では無い。

恐らく、誰かが争っているのだろう。

まあ首を突っ込むかどうかは、様子を見てからにするとしよう。


只の決闘の可能性もあるしな。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ふむ……」


書類から目を離す。

本来ならばもうとっくに屋敷に帰っている時間なのだが、今日は仕事が立て込み、深夜近くまで学校に残る羽目になってしまっていた。


だが、そのお陰で――


「どうかなされましたか?」


「面白い見世物が見れそうじゃ」


椅子から降りる。

偶には夜更かしするのも良い物だと、口の端を歪めて笑う。


「少し出掛ける。グラウンドには誰も近づけるでないぞ」


「はっ」


生徒会のメンバーである黒服の生徒げぼく達が私の言葉に頭を下げた。

いきなりの命令にも関わらず、理由を聞く事無く対応してくれる。

優秀な部下達だ。


生徒会室の大きな窓を開け放ち、その縁に足をかけた。

夜空には大きな満月が輝いている。


月はいい。

かつてのあの赤い光は、妾の血をたぎらせてくれた。

ここでは月は白いが、それはそれで情緒があって悪くない。


「では行って来る」


妾は縁を強く蹴り、月に向かって飛翔する。

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