第26話 見回り

「もうじき12時……今日はこれぐらいでいいかしら」


誰もいない校舎を抜け、中庭を通り過ぎる。

空を見上げると、大きな月が周囲を優しく照らしていた。


不審者がいないかの、日課の見回り。

私がこれを初めてもう1年になる。


風紀委員だから……と言うのは只の建前だ。


私は――


「刹那!どうして!?」


「姉さんには、僕の気持ちは分からないよ……」


目を瞑れば、今でもあの日の事を思い出す。

弟と交わした最後の会話。


ブースターに手を出し、最後には力を暴走させてしまった弟。

命こそ落とさなかった物の、それ以来刹那はずっと眠り続けたままだ。

医者にはもう、目覚める見込みはないと言われている。


「私が……」


弟と私は不仲だった。

正確には、刹那が私の事を毛嫌いしていたと言った方が正しいだろう。

弟が私を嫌っていたから、学園生活の妨げにならない様に距離を置いて生活してきた。


だがそれは大きな間違いだったのだ。

弟からどう思われようと、私は傍に居るべきだった。


傍で見守ってあげてさえいれば、あんな事にはならなかったはず……


そう、私がちゃんと弟の事を見て上げてさえいれば……


「私がちゃんと見ててあげれば……」


だが、今更嘆いても何も変わらない。

だから――私は組織を潰す。

弟をあんな目に合わした奴らを、決して許しはしない。


「必ず、この手で叩き潰して見せる」


例え何年、いいえ、何十年かかろうとも必ず追い詰めてやる。

そして報いを受けさせる。

それが眠り続ける弟の為に、姉としてしてあげられる唯一の事だから。


「ん?」


最後にグラウンドの方を見て周ると、月明りの中、その中央に立つ小さな人影が見えた。

私は冷気の結晶を、その人物を覆う様に飛ばす。


これは別に攻撃ではない。

一種のセンサーだ。


結晶が対象に触れて弾け、極微弱な冷気が相手を覆う。

それによって私はその特徴を把握する事が出来た。


「エレメント・マスター?」


結晶が齎した対象の特徴から、私はその人物を四条王喜と断定する。

この学園でマントを羽織っている酔狂な人物など、彼しかいないだろう。


しかし、何故彼がこんな時間こんな場所に?

そんな疑問が頭を過る。


風紀委員長時代ならば見回りと捉える事も出来たが、彼はもう只の一生徒でしかないのだ。


首になった後に、それでも学園の為に態々見回りを行なう?

当然そんな事はありえない。

そんな殊勝な考えを持ち合わせていたなら、そもそも首に等なっていなかっただろう。


「いい月だと思わないか?氷部澪奈」


遠く離れた場所だというのに、彼の声がはっきりと耳に届く。

恐らく彼の持つ能力ギフト、その一つである風の力を使っての物だろう。

私は黙ってグラウンド中央へと歩を向ける。


四条王喜の声は不穏な空気をはらんだ物だった

只の勘ではあるが、私は本能的に確信を得る。


彼は――エレメントマスターは、ブースターに手を出していると。


「こんな夜は、デートにぴったりだと思わないか?」


「悪いけど、そういうのは間に合っているわ。一度お断りしたはずよ」


「そんな事を言うなよ。これでも幼馴染同士じゃないか?」


氷部家と四条家は古くからの交流がある。

その為、子供の時に彼の家へと連れていかれた事が何度かあった。


「たった数度顔を合わせただけでしょ。その程度で幼馴染だなんて、良く言える物ね?」


「お互いの家の為に、俺とお前は結婚すべきだ?そうだろ?」


「仮に家の為だったとして……それならば貴方ではなく、貴方のお兄さんを選ぶわね」


「…………俺が……俺が兄貴より劣ってるってのか!兄貴は能力ギフトを使えないんだぞ!ギフトを使える俺が!それより劣っているとでもいうつもりか!」


四条王喜の顔が――目をむき、犬歯を覗かせ、怒りの形相に歪む。


彼の兄はギフトこそ持ち合わせてはいないが、能力の高い極めて優秀な人物だ。

それに比べ、ギフト覚醒前の彼は何をやらせても人並み以下の、お世辞にも優秀とは言い難い人間だった。


そんな兄と幼い頃から比べられ続け、無能と蔑まれて来た彼は、お兄さんに対して強いコンプレックスを抱いていた。


「ええ、そうよ。貴方は只ギフトを使えるだけに過ぎない。大きなおもちゃを手に入れて、それに酔いしれている只の愚か者。そんな貴方と結婚するぐらいなら、適当に他の男子を選ぶわ」


私はわざと四条王喜を挑発する。

彼がブースターを使っているかどうかは、戦ってみるのが一番手っ取り早いから。


まあ彼と結婚する位なら、別の誰かを選ぶというのは決して嘘ではないが……一瞬、ある人物の顔が脳裏に浮かぶ。

が、私は慌ててを頭を振り、直ぐにそれを頭から追い出した。


馬鹿馬鹿しい。

出会ったばかりだというのに……だいたい、今の私に恋にかまけている時間などないのだ。


下らない考えを追い払い、私は目の前の相手に集中する。


「俺を……この四条王喜をそこまで愚弄するか……氷部……氷部……こおりべぇ!!!!」


「――っ!?」


彼の狂気にも近い殺気に気圧され、私の持つもう一つのギフト、空間転移を行なう。


空間転移と呼称してはいるが、実際の所、これは特殊な異空間を抜けて移動するという能力でしかなかった。

とは言え発動自体が一瞬である事と、発動中は外部からの干渉を一切受けない為、緊急回避としては最高クラスの力を持っている。


自分で言うのもなんだが、かなり便利な能力だ。

まあ発動には大量のプラーナを消費するため、多用には向かないと言う欠点もあるが。


異空間から抜け出し、四条の背後に飛び出した。

先程まで私の立っていた地面が、まるで塔の様に聳え立っている。


四条王喜の攻撃だ。


その先端は鋭く尖っており、それで私を突き刺すつもりだったのだろう。


「薬を使うなんて、落ちる所まで落ちた物ね」


やはり、私の勘は当たっていた様だ。

以前のエレメント・マスターにこれ程のパワーはなかった。

努力嫌いの彼が、頑張って短期間でこれほどのパワーを得た等というのも考え辛い。


四条王喜はブースターを使用した……そう見なして間違いないだろう。


「貴方……死ぬわよ?」


「死ぬぅ?この俺が?」


私の声に反応し、四条王喜がゆっくりと振り返る。

その顔からは、直前までの怒りの形相が完全に消え去っており、能面の様な気持ち悪い表情で此方を見つめていた。


「そうよ」


ブースターの依存性はそうとう高いらしい。

そして使い続ければ、必ず最後は精神崩壊を起こして命を落とす事になる。

その事は、風紀委員長だった彼も良く知っている筈だ。


「へ、はは……俺は他の凡人共とは違う。俺は天才だ。薬なんて物は、コントロールすればいいだけだ」


とてもコントロール出来ているとは思えないその表情。

既に真面な判断能力を失っている様だ。


「一体何時から……」


症状はかなり進行している様に見えた。

一回や二回の使用で、ここまで精神が不安定になるとは到底思えない。

恐らく以前から使っていたのだろう。


「いつから?これが初めてだぜ。見りゃ分かるだろう?」


初めて?

その言葉に私は顔をしかめる。


もしその言葉が本当だったとしたならば、それはブースターの効果が以前よりも強くなっている事を表しているからだ。

以前よりも強力な薬がばら撒かれているのだとしたら、被害はより深刻な物となるだろう。


これ以上弟の様な犠牲者を出さない為にも、早く組織を何とかしなければ……


「どこで。誰からその薬を渡されたのか。聞かせて貰うわよ」


私は冷気の結晶を周囲に生み出した。


四条王喜を無力化し、組織の情報を引き出す。

これまで何人もの薬物使用者を捕えて来たが、組織に繋がる決定的な情報を持つ者はいなかった。

恐らく彼もそれは同じだろう。


だが、ほんの僅かな情報でも積もれば馬鹿にならない。

点と点を繋ぎ、吟味精査すれば、いずれ組織に辿り着けるはずだ。


「知りたいか?だったら力尽くで聞き出して見せろよ。出来ればだけどなぁ!!」


表情の無かった四条王喜の顔が大きく歪む。

次の瞬間、彼の手から炎の槍が生み出され此方へと打ち出された。


「勿論!そのつもりよ!」


私の結晶と炎の槍がぶつかり、爆発する。

水蒸気と埃が舞い上がり、戦いの火蓋は切られた。

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