第24話 ブースター

「話は聞いている。首になったそうだな」


「こ、これは何かの間違いです。きっと直ぐに戻ってみせます。ええ、これは誤解なんです!父上!」


薄暗い部屋の中、四条王喜は電話に話しかけていた。

通話先は実家。

相手は四条家当主であり、彼の父である四条神鉄しじょうしんてつだ。


「見苦しい言い訳をするな」


王喜の言葉を、神鉄は見苦しいの一言で切り捨てた。

その奇行は既に実家である四条家に知らされており、彼の言葉が口からの出まかせである事を、四条家の当主である神鉄はよく知っている。


「お前には失望した。子供の頃から無能であったが、能力を得た事で少しは使える様になったと思ったのだがな……」


「必ずや!必ずや父上の御期待に応えて見せます!この四条王喜!四条家の名に恥じぬよう!必ずや風紀委員長に復権を!」


「もう何もするな」


「は?」


「余計な事は一切せず、学園そこで一生徒として大人しく卒業まで過ごせと言った。いいな」


「そ、そんな……」


受話器から聞こえた父親の言葉に四条王喜は目を見開き、金魚の様に口をパクパクさせる。

栄えある四条家の一員である自分に、只の生徒として過ごせという父の言葉。

それは彼に取って、役立たずの烙印を押されたに等しかった。


「ま……待ってください。父上。私はもう無能ではありません。かつての何もできなかった私とは……」


見ると、王喜の顔は薄暗い部屋の中ですらはっきりと分かる程に青ざめ、その膝はがくがくと揺れていた。

余りのショックに、立っているのすらやっとという感じだ。


「いいや、お前は今も昔も変わらず無能だ。寧ろ余計な能力おもちゃを持て余している分、無害だった以前以下だ」


今回の件で、四条家に対する荒木家の印象は確実に悪くなっている。

四条家は古くから続く名門の一族ではあるが、世界有数企業である真央グループに本気で睨まれれば、流石に一溜りも無い。


そんな相手の覚えを悪くしたのだ。

言葉こそ淡々とはしているが、四条神鉄の心中は穏やかでは無かった。

本来ならば直ぐにでも学園に働きかけ、息子を退学させたい所ではあったが、それでは家名に傷がついてしまう。


だから王喜にこれ以上傷口を開けない様、静かに卒業まで暮らせと命じたのだ。


「もしそれが守れない様ならば、お前は勘当だ。わかったな」


こんなはずではない。

自分はやれるんだ。

風紀委員長にだって直ぐに戻れる。

自分は天才なのだから。


王喜の頭の中では、そんな夢絵空事がでぐるぐると巡っている。

だがそれを今口にすれば、その場で親から縁を切られる事位は、頭の悪い彼にも理解できた。


「…………………………はい」


「お前に伝える事はそれだけだ」


王喜の絞りだすような返事を聴き、もう用はないと言わんばかりに神鉄は電話を切る。

受話器から流れて来る「ツー、ツー」という音を耳にしながら、彼はその場に膝から崩れ落ちてしまった。


「なんで……どうして……」


端的に言えば、自業自得でしかない。

だがその可能性をはなから外している彼は、その弱い頭を振り絞り、理由を考える。


「あいつ……鏡竜也だ。あいつが邪魔さえしなければ………」


風紀委員を勧誘で増やし、取り巻きを作る。

それを邪魔さえされなければと、彼は一瞬考えた。


「いや、違う。あいつもそうだが……氷部だ。そう……あいつが俺を振りさえしなければ……こんな事にはならなかったんだ」


だがすぐに思い直す。

根幹的な問題は氷部にあると。


氷部の実家は、四条家に並ぶ名家であった。

氷部澪奈を娶る事が出来れば、実家の役に立ち自らの評価も上がる。

そんな理由から、王喜は氷部を口説いて自分の物にしようと試みたのだ。


だがそんな浅はかな思惑は彼女に筒抜けであったため、全く相手にされ無かった。


「そうだ……そうだよ。全部あいつのせいだ……」


氷部に振られた王喜は、彼女の気を引く為だけに女生徒に声をかけまくった。

大量の取り巻きを連れて歩けば、モテる自分を振った事を惜しむと考えたからだ。

子供じみた手法ではあったが、それが効果的だと彼は信じていた。


「あいつが俺の告白を受け入れてれば、そもそもそんな事をする必要は無かったんだ。そうだ!あいつだ!全部あいつが悪い!!」


呟きでしかなかった言葉が力を帯びていき、最後には叫びに変わる。

抜け殻の様だった空虚な目には怒りの炎が灯り、彼を立ち上がらせた。


ドンっと音が響く。

体の中に滾る憎しみを拳に込めて、王喜が力いっぱい壁に叩きつけた音だ。

その衝撃で分厚い壁に罅が入る。


「あいつさえ!氷部さえ!!…………くそっ」


だがその怒り任せの激情は直ぐに萎んで行く。

自分の人生を邪魔をした氷部への憎しみはあるが、父親からはもう何もするなと言われていたからだ。

もし彼が氷部へと報復すれば、間違いなく勘当されてしまうだろう。


まあそれ以前に、彼の能力では到底敵わない相手だというのもある。


「あらあら、復讐を諦めるんですか?」


「!?」


急に声背後から声を掛けられ、四条は驚いて振り返る。


そこには一人の女性が立っていた。


女性は肌を露にした露出の多い服を身に纏っており、まるで痴女の様だ。

顔は口元がヴェールで覆われているため全体は識別できないが、その切れ長の瞳は妖艶で怪しい光を放っていた。


「誰だ!」


王喜は突然自室に現れた不審者を睨み付ける。

同時に、彼は全身にプラーナ巡らせ、いつでも戦える様身構えた。


「初めまして、四条王喜さん。私の名はミディアム。組織の人間と言えば、理解してい頂けるかしら?」


「組織だと!あの危険薬物をちょろちょろ学園内でばら撒いている奴らか!?」


四条の表情が険しくなる。

只の侵入者ならば返り討ちにすればいいと考えていた王喜だったが、相手が危険な存在と知り、彼の中での警戒レベルが一気に跳ね上がる。


「そんな怖い顔をしないで貰いたいわ。今日は貴方の為に来てあげたんだから」


「俺の為だと!?戯言を」


「ふふ、これが何かわかるかしら?」


女は足元に会ったアタッシュケースを持ち上げ、その中を開いて見せる。

そこには複数の注射器と、瓶に入った緑色に光る不気味な液体が収められていた。


「それは……まさかブースターか?」


「ええ。能力者の可能性を引き出す、素晴らしい薬よ」


「可能性を引き出すだと!?依存させ、最後には死に至る様な薬のどこが可能性だ!!」


可能性所か、それは未来を潰す危険薬物だ。

元風紀委員長である彼は、当然その危険性を理解している。


「どんな薬にもリスクはある物よ。市販の薬だって大量に服用すれば、甚大なリスクや命の危機を引き起こす可能性があるでしょ?それと同じ」


「……」


彼女の言葉は詭弁でしかなかった。

確かにどのような薬にもリスクは存在するが、ブースターのそれは他の比ではない。

比べる事自体間違っている。


当然四条王喜もそれ位は理解できる頭を持っている。

だが女の赤く光る瞳を見ていると、彼の頭はぼーっとなり、まるでその言葉が正しい事であるかの様に感じてしまっていた。


「貴方が何故氷部澪奈に振られたか、わかるかしら?」


「あの女に、見る目がなかったから――」


「違うわ。貴方が弱いからよ」


「俺は……俺は四天王だぞ」


「ええ。肩書上は、ね。でも、貴方では氷部澪奈には勝てない。違うかしら?」


「ぬ……く……」


王喜は言葉を返せない。

彼は学園で4番目の力の持ち主――闘祭に出ていない者を除けば――である。

だが2番手3番手である氷部や金剛と比べると、そこには大きな力の隔たりがあった。


それは闘祭バトルフェスティバルで何度も煮え湯を飲まされた彼自身、嫌という程痛感させられている事だ。


「でもこの薬を使えば、貴方は氷部澪奈より強くなれるわ」


「だが、それを使えば俺は……」


「薬は正しく使えばいいのよ。そうでしょう?そして貴方なら、きっと上手く使いこなせるはず。名門、四条家の人間である貴方なら」


「四条家の人間……そうだ、俺は四条王喜だ……俺は凡人とは違う」


熱にうかされた様な表情で、王喜は呟く。

もはや女に対する警戒心は微塵もなく、完全に思考をコントロールされている状態となっていた。


「それで見返すのよ。貴方を振った女を。そして貴方を無能と罵った父親を」


女はアタッシュケースに納められていた注射器を手に取り、四条へと差し出す。

その眼元は歪み、口元こそ見えないが、彼女がその顔に悪意ある醜悪な笑顔を浮かべて居る事は明白だった。

だが四条は構わずそれを手に取る。


「これを使えば……あの女を……父上を……」


その眼は焦点があっておらず、もはやそこに自意識は欠片程も残っていない事が分かる。

彼は手にした注射針を腕に打ち込み、中に満たされている緑色の液体を自らに注ぎ込んだ。

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