第7話 シャワー

「ありがとう?」


氷から脱出すると、氷部澪奈がその場に倒れ込んでしまった。

どうやら力の使い過ぎによる疲労が原因の様だが……一体何に対するお礼だったのだろうか?


「こっちに大勢向かって来てるな……」


人気のない大きなグラウンドとはいえ、氷部が暴れまわった挙句に上空から巨大な氷柱が激突しているのだ。

周囲の人間が異変に気付いて騒ぐのは必然だった。


「面倒だし、見つからない様にさっさと帰るとするか」


あれこれ聞かれて答えるのも面倒くさい。

なにより、氷の中に閉じ込められたせいで糞寒かった。

さっさと帰って風呂でも浴びるとしよう。


「ああ、でもそうか」


倒れている氷部を見る。

彼女はその場で気を失ったままだ。

結局、誤解は解けていない。


このまま放って帰ると、俺が組織とやら――何の組織なのかは知らないが、きっと碌でもない感じなのだろう――の一員と吹聴される可能性大だ。


正直、それは困る。


「取り敢えず、誤解は解かんといかんか」


俺は気絶している氷部を担ぎ上げる。

そしてそのまま人目に付かない様に気配を殺して移動し、部屋へと連れて帰った。


「気絶してるし、先にシャワー浴びるか」


彼女をベッドの上に寝かした俺は、寒いので服を脱いでとっととシャワーを浴びに行く。


「しっかし強かったなぁ」


学生レベルであれなのだ。

学園を卒業して外で働いてる人間の中には、当然氷部以上の使い手もいるはず。


某戦闘民族ではないが、そういう奴らと手合わせしたく少しうずうずしてしまう俺がいたりする。


「いかんいかん。異世界に行ってた影響だな」


アッチの世界だと、結構気軽に喧嘩を吹っかけて腕試しが出来た。

そういう面で、異世界は大らかな――魔王との戦いを除けば――世界だったと言えるだろう。


こっちの世界でそんな事したら、速攻で御用である。


「ふぅ……さっぱりした……」


バスタオルで体を拭き、着替えを取ろうとして気づく。


「あっ……着替え持ってくんの忘れちまった」


まあ忘れた物は仕方がない。

洗濯籠に入っている冷たい服を着る気にもなれないので、そのまま脱衣所から出た。


まあ氷部もまだ――


「……」


「……」


目が合う。

誰と?


勿論――氷部とだ。


「もう気が付いたのか?」


俺は何でもないかの様に声を掛ける。

異世界で4年間暮らして、魔王まで倒しているのだ。

その俺がこの程度で狼狽える分けなどない。


「うおっと!!」


無言で氷の刃が飛んできた。

俺はそれを咄嗟に受け止める。

短気な奴だ。


「なんで裸なのよ!」


「お前さんに氷漬けにされたから、仕方なくシャワーを浴びてたんだよ」


「ぐ……それは……悪かったわね」


氷部は顔を真っ赤にして俺から視線を逸らす。

敵を相手にそれは自殺行為だ。

さっきまでの彼女なら、俺が裸でもきっと攻撃を続行していたに違いない。


それに今、彼女は攻撃した事を謝った。


つまり――


「俺が組織とやらの人間じゃないって、認めて貰えたと思っていいのか?」


「もう疑ってないわよ!それよりも!早く服を着なさい!!」


氷部がヒステリックに叫ぶ。


この寮がしっかりしたつくりで良かった。

彼女がちょっと騒いでも周りには聞こえない。

これが安普請やすぶしんのボロアパートとかだったら、周りの奴らが何事かと押し寄せてくる所だ。


何せここは女性厳禁の男子寮だからな。


「へいへい」


俺は適当に返事して、先程荷ほどきの終わったばかりの服に着替えた。


「もういいぜ」


「……貴方、何者なの?」


俺の言葉に俯いていた顔を上げた瞬間、氷部から質問が飛んできた。

素直に「異世界を救った転生帰りさ」と言ったら、きっと笑われてしまう事だろう。


「この学園の生徒さ。正確には、明後日からの編入組だけど」


「明後日から!?それって最近能力に目覚めたって事!?」


俺の言葉に、氷部が驚いた様に身を乗り出した。

一瞬、着崩れた制服の隙間から胸の谷間がちらりと見えたが、色即是空でなんとか乗り越える。


……彼女はどうやら着やせするタイプの様だな。


「ああ、そうだよ」


「そんなの有り得ない!覚醒したばかりで訓練もしていないのにあれだけの力があるなんて!」


驚いている為か、氷部の声は兎に角デカかった。

アイスクイーンなんて二つ名があるから、もっと落ち着いたイメージがあったのだが……まあ戦ってる時も結構大声だったか。


「そう言われてもなぁ……天才って事で一つ宜しく頼む」


俺の力の源泉は女神から貰ったチートだ。

だがこれも言ってしまえば、才能に違いないだろう。

ただ貰ったタイミングが生まれて来る時か、死んだ瞬間かの違いってだけで。


「天才……ね。まあ確かに世の中には、とんでもない天才がいるから。貴方がそれだってんなら納得するしかないわね」


氷部はその言葉にあっさり納得を示した。

ひょっとしたら、知り合いか誰かにとんでもない天才がいるのかもしれない。


「誰か、他にも凄い天才の事知ってる口ぶりだな」


「ええ、知ってるわ。荒木あらき真央まお超重の制圧者グラビトン・エンドの二つ名を持つ学園最強……いえ、国内最強の能力者よ」


荒木真央?

心なしかどこかで聞いた事がある様な……ま、気のせいか。

能力者の知り合いは泰三だけだからな。


「四天王って奴か」


「入学前なのによく知ってるわね?」


「知り合いから今日聞いたよ。覚えてないだろうけど、今日訓練場前で君とすれ違ったんだぜ」


「……ああ。そう言えば急に大声で挨拶して来た男子生徒の横にいたわね、貴方。今思い出したわ」


正直驚いた。

あんな一瞬すれ違っただけの俺の事を覚えているとは、どうやら記憶力は相当いい様だ。


「それで?その荒木真央ってのはそんなに凄いのか?」


そこそこの実力者である氷部が国内最強とうそぶくぐらいだ。

かなり強いのだろう。

ちょっと興味が湧いて来た。


「ええ、桁違いよ。四天王なんて呼ばれてるけど、他の3人でかかっても勝ち目はまずないでしょうね」


他の四天王の実力はよく分からんが、彼女と同等レベルと考えて、その3人がかりで勝てないとなると相当だな。

ひょっとしたら、俺の全力に匹敵する可能性すらある。


「それでまだ12歳なんだから、とんでもない化け物よ」


「12!?まじでか!?」


12歳の子供がそんなに強いのか。

成程、それはまごう事無き天才だ。

将来どんな化け物に成長する事やら……まさかそいつも神様からチート貰ってないだろうな?


「まあそれはいいや。それよりも、組織ってのは一体何なんだ?」


グラビトン・エンドの事は気になるが、あまり根掘り葉掘りその話を聞くのもあれかと思い話題を変える。

氷部の様子を見る限り、犯罪っぽい事してそうな雰囲気なので知っておいて損はないだろう。


「組織って言うのは――」

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