第6話 vs氷の女王
「えーっとさ……君、絶対勘違いしてるよな?」
「問答無用!」
誤解を解こうと言葉を掛けるが、彼女には完全に無視されてしまった。
氷部澪奈はその宣言通り、問答無用で此方に襲い掛かって来る。
彼女の手が煌めき、そこから氷の結晶が放たれる。
俺は咄嗟に後ろに飛びのき、飛んできたそれを躱す。
「その常人離れした動き。やっぱり貴方は組織の……逃がさないわ!」
攻撃を躱した事で、彼女はより確信を深めた様だ。
氷部の手から、全方位に向かって大量の結晶がばら撒かれた。
それらが一斉に襲い掛かって来る。
勿論喰らってやるつもりはないので、俺は隙間を見つけて攻撃を躱す。
「げっ」
だが躱したそれは、只のばら撒き攻撃では無かった。
飛ばされた結晶は俺を囲う様に空中で留まり、漂っている。
まだ喰らっていないので確定はしてないが、恐らくこの状態でも触れると凍り付いてしまのうだろう。
厨二的に言うなら、
「
あってた。
いやまあそれはどうでもいい。
「待て待て!話を聞いてくれ!」
「話なら聞くわ。貴方を拘束した後にね!」
どうやら、話し合いは本格的に無理そうだ。
彼女が右手を上げ、その手をぐっと握って拳を作る。
その瞬間、俺の周囲の氷の結晶がまるで渦の様に旋回し始めた。
どうやら俺を氷漬けにするつもりの様だ。
「しゃあねぇな」
ちょっと寒そうだが……
この場に留まって全弾喰らうのも流石にあれなので、俺は思い切って自ら結晶の渦の中に飛び込んだ。
そしてそのまま強引に突破する。
「さっむ!」
体は兎も角、身に着けている服は完全に凍ってしまっている。
早々に風呂に入らないと風邪をひいてしまいそうだ。
「そんな!あたしの
余程自信があったのだろう。
実際あの場で動かずに全ての結晶を喰らっていれば、俺も多少はダメージを受けていたはず。
所詮学生と侮っていたが……学園トップランカーと呼ばれる能力者の強さは、俺が考えていたよりもずっと上みたいだな。
「俺は組織なんて物は知らないし、あっちで寝てる奴らとも何の関係も無い。不審者が居たからここまで追って来た善良な一市民だ」
今度は遮られずにちゃんと言い切れた。
とは言え氷部澪奈の表情は硬く、その身から放たれる殺気に揺るぎはない。
俺の言葉を信用する気は微塵もないって感じだな。
氷の女王と呼ばれるだけあって、頑なな心の雪解けは難しそうである。
なんちゃって。
「戯言を!」
彼女の両手が凍り付き、そこから氷の刃が伸びる。
今度は近接戦か?
体つきを見る限り、とても得意そうには見えないのだが……
「――っ!?」
次の瞬間、彼女の姿が消えた。
超スピード!?
いや違う。
それだと気配が消えた理由が説明できない。
「おっと!」
俺は咄嗟に前に飛ぶ。
背後にいきなり気配を感じたからだ。
振り返ると、そこには氷部澪奈の姿があった。
「そんな……」
氷部澪奈が驚愕の表情を浮かべる。
躱されるとは夢にも思わなかったって面だ。
「別のギフトか……」
氷で今の現象が起こせるとは到底思えなかった。
間違いなく別のギフトを使った筈だ。
トップランカーなんだから、ギフトを複数持っていてもおかしくはない。
「瞬間移動……いや、空間転移か」
瞬間移動なら、姿が消えた瞬間攻撃を仕掛けられていた筈。
消えて出るまでにラグがあると言う事は、只の転移と考えた方が自然だ。
俺は使えないが、かつて――という程前でもないが――の仲間だったエルザの転移魔法が同じ感じの仕様だった。
氷部のは、それのギフト版と考えて良いだろう。
「一撃躱したくらいで、いい気にならないで!」
氷部澪奈の全身から無数の氷の結晶が生み出される。
先程よりも遥かに多い。
どうやら、さっきの攻撃はまだ本気の物では無かった様だ。
「これで!」
彼女が手を振ると、結晶が吹雪となって周囲に飛散する。
と同時に、彼女の姿が消えた。
「面白いコンボだ。けど、これじゃ出てくる所がバレバレだぜ」
放たれた結晶の動きは無軌道に見えて、法則性を持った物だった。
それは簡単な逃げ道を作り、ある一点に俺を誘導する流れ。
戦い慣れていれば直ぐに答えの出る稚拙な罠ではあるが、俺は態とそれに乗る。
――カウンターを取るために。
「なっ!?」
氷部が姿を現した瞬間、俺はその腕を取って背後に回り込み締め上げてやった。
彼女は自分の出現場所がバレている事を想定していなかったのだろう。
抵抗する事が出来ずに俺に拘束される。
「ぐっ!く……離しなさい!」
「攻撃してこないなら離してもいいぜ」
「戯言を!離さないと言うのなら!」
「うぉっ!?」
彼女の体が一瞬で凍りつく。
当然腕を掴んでいる俺の手も凍らされそうになったので、咄嗟に後方に飛びのいて間合いを開ける。
「やれやれ」
指先を見ると、表面が完全に凍り付いてた。
俺は手を叩いて氷を払う。
戦ってみて気づいた事だが、結構面倒くさい能力だ。
氷ってのは。
「今度は氷の鎧か……アイスアーマーって所かな?」
彼女の全身は氷に包まれ、まるでそれは鎧の様な形になっていた。
美しい氷の鎧を纏う白銀の美少女。
その姿はとても幻想的だ。
しかしあの格好で寒くないのだろうか?
普通なら低体温症ものだが。
「この鎧はどんな攻撃も弾き返す無敵の鎧よ」
「でも弱点は多そうだな」
そんな便利な物があるにもかかわらず、彼女は出し惜しみしていた。
それ相応のデメリットがあると言う事だろう。
ぱっと見で考えられるのは重量か。
氷――水分っていうのはなんだかんだで重い物だ。
後は、常時氷を展開する為消耗が激しいとかかな。
「投降しなさい」
氷部の唐突な言葉に首を捻る。
彼女はさっき迄、人の話も聞かずに一方的に此方へと攻撃を仕掛けて来ていた。
それなのに、今更いきなり投降を呼びかけて来たその意図が分からない。
「貴方は強い。だから私は全力で攻撃せざる得ないのよ。そして私の本気を受ければ、貴方は間違いなく死ぬわ」
今までは手加減していたと、そう彼女は言いたい訳か。
只のハッタリの様にも思えるが……面白い。
彼女の本気を受け止めてみたいという、悪戯心が俺の中で湧き上がって来る。
「やって見るといい。俺はその上を行ってやるよ」
「後悔するわよ」
「しないさ」
多少の怪我なら回復魔法でどうにでもなる。
即死した場合はあれだが……まあ大丈夫だろう。
転生チートで、今の俺のフィジカルは出鱈目だからな。
「さあ!来な!」
「出来ないとでも思ってるの!組織の人間に容赦する気は無いわ!」
容赦しない?それは嘘だな。
本当に容赦しない人間なら、忠告なんて態々して来ない筈だ。
「安心しろ……俺は強い。それも死ぬ程な。遠慮なく攻撃していいぜ」
指をくいくいと動かし、相手を挑発する。
だいたい、今のままじゃ話し合いにならないからな。
圧倒的実力差を見せつけ、相手のやる気を奪ってからの方が話しを通しやすい。
「そう……なら死になさい!
氷部澪奈は両手を前方で交差させる。
そこから白い光――閃光が放たれた。
「ドラゴンか!」
閃光は吹雪を纏い、巨大な白い竜の姿へと生まれ変わる。
それは巨大な咢を開き、此方へとそのまま突っ込んで来た。
躱す事は難しくない。
だがあえて、俺はそれを真正面から受け止める。
「っと、流石にそのままはまずいか」
全身に
「ぐぉおぉぉぉ!」
突っ込んできた氷竜がその顎を大きく開き、俺を噛み砕こうとする。
「ふん!」
両手両足を使い、上下の牙を押さえる様に俺はそれを受け止めた。
奴から放たれる冷気で体が凍るが、オーラを纏っているのでこれぐらいなら問題ない。
「ぐぅぅぅぅぅ!」
俺に攻撃を止められた氷竜は、角度を変えて下から勝ち上げる様な動きで空高く上昇しだす。
奴の牙を押さえている俺を連れて。
「俺を地面に叩きつけるつもりか!?いや、違う!」
上昇が止まる。
そこから下降して地面に叩きつけられるのかと思ったが、どうやら違う様だ。
氷竜の体に無数の亀裂が走り、その隙間から青白い輝きが漏れ出す。
「自爆かよ!!」
視界が閃光に覆われ、凄まじい冷気が荒れ狂った。
それは俺の体を一瞬で飲み込み、巨大な氷柱へと変わる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……」
上空から落ちて来る氷柱をみて、私は勝利を確信する。
だが、なのに何故。
どうしてこんなに胸が苦しいのだろうか。
悪党を一人あの世へ送っただけだ。
平気で人を苦しめ、私の弟を奪う様な奴らの一員。
そんな悪党を殺しただけなのに、それなのに胸が締め付けられる様に苦しい。
ドオォォォォォォン!と、轟音と共に氷柱がグラウンドに突き刺さる。
その中には、先程まで戦っていた男の躯が閉じ込められていた。
「私と……同い年ぐらい?」
怒りで目が眩み気づかなかったが、氷柱に埋まっている男性が同い年ぐらいだと今更気づく。
「組織なんて知らない。不審者が居たからここまで追って来ただけだ」
――興奮していた気持ちが覚め、脳裏に彼の言葉が思い出される。
そう、彼は自分は関係ないと言っていた。
若いからと言って、組織の構成員ではないとは限らない。
だが彼は、自分からは決して此方に攻撃を仕掛けては来なかった。
もし彼の言葉が本当だったとしたら?
私は……
私は……ひょっとしたら、とんでもない過ちを犯してしまったのではないだろうか?
もし彼の言葉が真実だったなら、私は全く関係のない一般人をその手にかけた事になる。
もしそうなら……私は……
「うっっ……うぉえぇぇぇぇぇ……」
胸が苦しい。
お腹から何かがこみ上げて来て、胃の中の物を全てその場に吐き出す。
自分のしてしまった事に対する恐怖で、体が震えて立っていられない。
私は……私は人を殺して――
その時、急にミシッと大きな音が響いた。
まるで此方の思考を引き裂くかの様なその音に、私は顔を上げ音のした方へと目をやる。
「ひびが……」
私の生み出した巨大な氷柱。
そこに大きな亀裂が走っていた。
その亀裂はミシミシと音を立てながら全体へと広がって行き……
やがて轟音と共に破砕する。
「ふー、死ぬかと思った」
その中から、まるで何事も無かったかの様に男性が姿を現す。
それを見て、正直私は信じられない思いだった。
私の最強奥義である、
その事実に。
だがそれ以上に私は嬉しかった。
彼が生きていてくれた事が。
でなければ、私はとんでもない過ちを犯すところだったから。
「あり……がとう」
力を使い過ぎた反動からか意識が遠のき、私はその場に昏倒する。
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