第8話 雪解け?
「私が知ってるのはそれが全部よ」
「ふむ」
組織の実態は未だ一切掴めておらず、分かっているのはブースターと言われる違法薬物を学園内に陰でばら撒いている事だけだそうだ。
ばら撒かれているブースターなる薬物は一般人には何の影響も及ばさないそうだが、能力者がそれを服用すると劇的に能力が伸びると言う代物だった。
効果だけ聞けば素晴らしい薬に聞こえるが、当然薬物である以上副作用が付いてくる。
高い依存症を発し。
精神が不安定になり。
最終的には精神が崩壊して死に至る。
そういう副作用が。
「やばい奴らだってのは分かったが、なんで俺がその一員だって思ったんだ」
俺は偶々あの場に居合わせただけだ。
にも拘らず、氷部は俺を組織の人間と勘違いしていた。
それが俺には分からない。
「雰囲気から、貴方がかなりの強さだって分かったからよ」
「……え?それだけ?」
その理論だと、強い奴全部組織の構成員になってしまうのだが。
「私を襲った6人は全員、以前私が取り締まった薬物使用者よ。そいつらが私に復讐に来て、しかもその近くにこっちを見張る強い力の持ち主がいる。疑うのは当然でしょ?」
「成程。ていうか氷部が取り締まるって?」
「私が風紀委員の一員だからよ」
風紀委員か。
確かに、真面目そうな彼女にはしっくりくるな。
「学園の治安は、私達風紀委員が守っているのよ」
「治安って……」
随分と大げさだな。
まあでも薬物使用者の摘発みたいな事もしてるなら、全く当て嵌まらない訳でもないのか。
「大げさだと思ったでしょ?でも事実よ。言葉通り、私達風紀委員がこの学園の治安を維持してるの」
「どういう事だ?」
「この学園の生徒は全て能力者よ。何かトラブルが起きても、能力のない人間にそれを抑える事は出来無いわ。マシンガンを乱射し合ってる人間に、一般人が首を突っ込んだらどうなるか分かるでしょ?」
ああ、まあ確かにと納得させられる。
俺の様なゴミみたいな能力の持ち主でも、プラーナを高めれば――身体強化――人外めいた身体能力を得る事が出来るらしい。
そんな奴らを一介の警備員に抑え込めとか言うのは、確かに無理がある。
「学園を出た卒業生に頼むわけにも行かないし。能力者である教師の数も限られているわ。だからこの学園は生徒自ら――つまり私達風紀委員が、何かあった時のトラブルの対処を受け持っているのよ」
理には適っていた。
卒業生の大半は、その様々な能力でエリートコースが約束されている。
そんな連中が、態々学園の警備員なんて仕事を好きこのんで選ぶはずもない。
まあ当の風紀委員が揉めだしたら――所詮学生だし――誰が止めるんだって気がしなくもないが、まあその時は能力を持つ教師の出番になるだけか。
「そこで物は相談なんだけど、あなた――って、そう言えばまだ名前も聞いてなかったわね。私は氷部澪奈。高等部一年よ」
「俺は
「鏡竜也ね。じゃあ改めて、貴方には風紀委員に入って欲しいの」
何かの冗談かとも思ったが、氷部は真面目な表情で此方を見ている。
どうやら彼女は、本気で学園に来たばかりの俺を勧誘している様だ。
「理由を聞いて良いか?」
「勿論。貴方が強いからよ。この学園の性質上、風紀には強い力が必要になる。その点、貴方は正に適任と言えるわ」
言わんとする事は分かる。
だが人間性もよく分からん奴を誘うのはどうかと思うのだが……
まあそこは置いておくとして。
「悪いけど、少し考えさせてくれないか?まだ
「それもそうね。いい返事を期待しているわ」
そう言うと、氷部は座っていたベッドから立ち上がり微笑んだ。
その綺麗な笑顔に思わずドキッとする。
俺の人生で間違いなくトップに位置する造形と言っていいだろう。
これで胸が大きかったら――別に小さくはないが――本当にイチコロだったかもしれん。
危うく泰三の仲間入りをする所だった。
危ない危ない。
「じゃあ、私はこれで失礼させて貰うわ。こんな夜更けに、男子寮にいつまでもいるのもあれだしね」
「夜も遅いし、一応送ってい――「おおい!親友よ!差し入れだ!」」
その時、急に玄関の扉が開き誰かが入って来た。
泰三だ。
外に出ようとしていた氷部とバッタリ鉢合わせした奴は固まり、手にしていた雑誌をバサバサと地面に落とす。
「……え?……あ?え?」
俺とした事が、カギを閉め忘れていた。
つうか、インターホンも無しに人の部屋に勝手に入ってくんなよな。
「なんで!?なんで氷部がっ―― 」
音も無く泰三の背後に回った俺は、素早くその首筋に手刀を叩き込んだ。
そのまま奴は玄関前に崩れ落ちる。
夜遅くに氷部が俺の部屋にいた説明をするのも面倒なので、泰三には夢落ちで押し通すとしよう。
「コミックバインバイン……ね。これがあなたの趣味って訳?」
氷部が泰三の落とした雑誌を拾う。
表紙には、ボンキュッボンのダイナマイツな水着姿のお姉さんが映っていた。
「いや、これはこいつが勝手に持ってきただけで……」
勿論嘘だ。
お宝のシェアは男子にとって基本中の基本。
泰三には俺から打診している。
なんか良いの無いか、と。
だが今は緊急事態だ。
許せ泰三。
「ふーん」
氷の様に冷たい、まるで汚物を見つめる様な目で彼女は俺を見て来る。
その表情にさっきまでの温かさは微塵もない。
やはり苦しい言い訳だった様だ。
「貴方を風紀に誘ったのは失敗だったかもね」
そう言うと、氷部は雑誌を泰三の上に落とし玄関から出て行った。
が、何故か直ぐに戻って来る。
「大事な事を言うのを忘れてたわ。今日は勘違いとはいえ、攻撃してごめんなさい」
そう言って氷部が頭を下げる。
態々謝る為に戻って来るとか、中々礼儀正しい奴だ。
「いや、別に気にしてないよ」
「そう、ありがとう。それじゃおやすみなさい。変態さん」
「あ、ああ。お休み」
一瞬雪解けを期待したが、まあ仕方がない。
氷部も御大層な2つ名を付けられているとはいえ、年頃の女の子だ。
思いっきりエチイ本を見られてしまった以上、その称号は甘んじて受けるしかないだろう。
「取り敢えず、泰三を部屋に戻すか」
泰三を抱えようとするが、その前に俺は雑誌類を拾い集めてそっとベッドの下に滑り込ませた。
「友の心遣いを無駄にするわけには行かないからな」
有難く頂くとしよう。
こうして俺の学園初日は幕を閉じた。
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