続かない日々

 花宮さんは相変わらず高嶺の花というやつで、僕の席は占領されたまま。そういう日常が当たり前だと思っていたのだが、その日は何かがおかしかった。


 僕の席のまわりに集まっていた男子生徒は花宮さんの席の周りにいて、いつも話している女子生徒がそれを遠巻きに見ている。


 何かあったの、と聞けるような友人がいれば良かったのだがあいにく僕は孤独を極めてしまっている。無理をするように笑う花宮さんが一瞬だけ僕を見てすぐに目をそらした。


 ここで僕から話しかけに行ければいいのに。クラスの端っこにいる羽虫くんと高嶺の花に接点があるなんて、誰も思いはしないだろう。突然話しかけに行ってしまったら、僕だけでなく花宮さんまで何か言われてしまうに違いない。


 放課後に聞けばいいかと楽に構えていたのだけれど、その日からしばらく花宮さんは現れなかった。


 美術室の窓から校門あたりを見ると、花宮さんが複数の男子生徒と帰るのが目に入った。



「なにしてんだよ」



 一人だけの美術室に僕のつぶやきがこだまする。


 絵を描くのが好きで入った美術部だったのに、いつの間にか目的が花宮さんになってしまっていたのだろうか。


 その日僕は久しぶりに絵を描いた。顧問のいないこの部活では何から何まで独学だ。昔から、絵を描くのが好きだった。


 完全下校の放送が流れる頃に完成した絵を破ってゴミ箱に捨ててから、僕は美術室を後にした。

 






 今までいじめにあったことはない。不気味がられることはあったけれど、危害を加えられたことはなかった。



「これ、は……」



 上靴の中に異物があるのを感じて足を抜くと、足の裏に小さな紙が張り付いている。


 無地だと思った紙をひっくり返して、息が詰まった。茶色い床の背景にほんの少しの黄色が散らばっている。その紙をポケットにねじ込んで、賑やかな廊下を早足で通り抜けた。特別教室の集まる四階を目指して一段飛ばしで階段を上がる。あれだけ騒がしかった生徒の声も四階には響いていない。


 恐る恐る美術室に入るが、昨日の放課後と何も変わっていなかった。変わっていたのはゴミ箱の中身だけ。



「ない……え、嘘……」



 昨日の帰りにあったゴミはそのままだというのに、僕が捨てた絵だけが丸々なくなっている。



「やば……」



 衝動のままに描いた絵を思い出して全身から血の気が引く。


 僕の靴に入っていたと言うことは絵を拾った犯人はそれが僕の描いたものだと知っているはずだ。


 呆然と立ち尽くしていると、ホームルーム開始の鐘が鳴った。


 遅れて教室に入った僕を見る人はいなかった。花宮さんも、前を向いたまま僕のほうをちらとも見ようとしない。


 怖いくらいにいつも通りの一日が終わって、翌日には二枚、靴の中に絵の破片が入っていた。その次の日には三枚。一日ずつ増えていく絵の破片を家でつなぎ合わせていくと、二週間もする頃には大体のパーツがそろっていた。



「あとは、口か……」



 絵の具の散らばる床に組み敷かれた少女の絵。挑発的な目も、通った鼻筋もそろったのに、美味しそうに絵の具を食べる口の部分だけが返ってきていなかった。


 薄いピンクのカーディガンを着た生徒なんてたくさんいるし、肩より少し長い髪をした生徒もたくさんいる。この絵を見てもきっと、普通ならただの気持ち悪いオタクの妄想絵だと思うのではないだろうか。



「ってことは、いや……」



 わざわざそれを拾ってまで僕の靴箱に入れるということはこの絵が誰のどんな部分を表しているのか知っているということになるだろう。それから、美術室で放課後絵を書いている人がいるなんて、ほとんどの人は知らないはずだ。


 思い当たる人物へ、いったいなんと言うのが正しいのだろうかと紙にペンを走らせる。本人だけに伝わる方法で、他の誰かが拾ってもくだらないメモだと思うようにしなければならない。


 小さな紙にミニキャラの絵と一緒に、絵の具と一言だけ言葉を書く。これなら、他の人が見ても買い物メモに見えることだろう。


 せめて理由だけでも聞ければいい。以前のように彼女の秘密を独り占めしようなんて思わない。そう思って眠りについたからか、いつもより早めにかけたアラームが鳴る前に目が覚めた。


 誰もいない昇降口であたりを見渡しながら彼女の靴箱を開く。急いでメモを入れると、朝練を終えたであろう生徒の声が響いてきた。

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