第49話 最終決戦

 息をのむ。優紀の表情は、真剣に悩んでいる顔だった。

「テメェの覚悟はその程度か、優紀!」

「優紀先輩諦めないで!」

 将の叱咤が、穂乃花の切望が、優紀の心を引き留める。

「他の人たちは黙っていてほしいなぁ」

 穂乃花と将が悲鳴を上げる。無慈悲な尻尾の鞭に跳ね飛ばされたのだ。

 永和の指が、嘴が、こちらを向いた。背中の翼が広がった。冠の瞼がピクリと動く。

 優紀は歯を食いしばった。決断するしか……。

「常磐さん。せめてみんなは、殺さないでくれる?」

 すかさず、美空が優紀を怒鳴りつけた。

「優紀アンタなにバカなこと言ってんの!?」

 永和の足が――尻尾が唸った。美空の腹を的確に捉え、跳ね上げ、叩きつける。

「田中君と一緒に死ねるなら、いいよ? これ以上傷つけないであげる」

「聞いちゃだめだよ優紀君! ――ゥぐッ!?」

 今度はマリヤが空を舞った。

「マリヤさん!」

「他の女の人の名前を呼んじゃダメ」

 次いで、優紀がぶっ飛ばされる。地面を跳ねて転がったすぐ隣、美空が歯を食いしばって震えていた。

 一方、マリヤが落ちたのは、奇しくも将と穂乃花のすぐ近く。

「立ち上がれ優紀君! まだあたしたちは戦えるッ!」

 全身を毒と激痛に蝕まれなお、マリヤは力強く立ち上がった。

「でも! このままじゃみんなが!」

 涙を散らして訴えるが、将も、穂乃花も、聞く耳は持たない。

「テメェ、俺たちの方が先輩だぞ、なめんな……!」

「修羅場の数が段違いなんですよこっちは……!」

 よろける二人をマリヤが支えて、三人揃って永和を見据えた。

 優紀に背を向けたまま、マリヤが静かに問いかける。

「君はその程度の人だったのかい? 好きな人が目の前で苦しんでいて、目を背けるような人でなしなのかな?」

「ま、マリヤさん……」

「全力で駆け抜けろ! 好きなんでしょ!? 大好きなんでしょ!? 道はあたしたちが作るから、その想いを絶対に届けるんだ! 将、穂乃花ちゃん、やるよ!」

「おう!」

「はい!」

 小さく土煙をあげて、三人が突っ込んだ。

 迎え撃つは、熊と猫とカラスと、その他大勢の暴獣たち。

 マリヤの刀が落ちてきた土鳩を一刀両断。左側に大きな隙。そこを突こうとイノシシが飛び込むも、一筋の電撃がひるませる。

 将の身体を竜巻が攫う。一呼吸遅れて大地を割って飛び出たモグラの爪が空振り。

 穂乃花が高速でマリヤの背中側をすり抜ければ、穂乃花を追うイタチがマリヤの裏拳に殴り飛ばされる。

「む、無茶苦茶よ……」

 優紀の隣で、美空が呟いた。

 カラスの嘴が真上から穂乃花目掛けて落ちる。隻眼の猫が将の首を狩り取らんと爪を振りぬく。熊の剛腕がマリヤを背後から砕くべく振り下ろす。

 この時、穂乃花は熊の巨体を吹き飛ばしていた。将はカラスに電撃を浴びせていた。マリヤは刀を投げて猫の腕を貫いていた。

 間一髪のタイミングで、死角からの致命傷を避ける三人。そこへなだれ込む、無数の暴獣。穂乃花がすかさず言いつける。

「マリヤ先輩左に半歩!」

 ズレたマリヤをこするように電撃が通り抜け野犬を撃ち抜く。将が指示。

「穂乃花旋回しろ!」

 マリヤの刀が穂乃花の髪を撫でてフクロウを捉える。マリヤの命令。

「将しゃがんで!」

 突風が将を煽った。木の幹にスズメが叩きつけられる。

 他人の行動なのに、まるで自分の意思のように把握し合った管制指示。

「どうなってんのよあの三人は……!?」

 美空が驚愕する間にも蹂躙は続く。

 互いの死角と隙を潰し合い、互いに指示を出し合って、たった三人で数え切れぬほどの暴獣たちを圧倒。

 それでも、たった三人だ。攻防の手段は、マリヤの両腕で振るう刀、穂乃花が操る風、将の放つ電撃しかない。

 空を断つようにそびえる影。永和の尾が何本も渦を巻いて太くなり、三人を分断せんと振り下ろされた。同時、左右から挟み込むように二本の尾がしなる。

 三方向から迫りくる脅威を分担して弾き飛ばしながら、三人は真上へ飛び跳ねた。

 真下の地面が盛り上がる。

「――どうしても一手足りないかぁ」

「――だがまあ、どうにかなるだろ」

「――それがわたしたちですからね」

 余裕の笑みを浮かべた三人の声が聞こえた気がした。優紀の心に絆が花咲く。

 地面と脚の隙間に、薄紅色の板を作る。地中から飛び出した無数の尾が、狭い隙間に詰まってもがいた。

「優紀、あんた……まだ戦えるっていうの?」

「姉さん。僕、もう諦めないって決めたんだ」

 引き留めてきた美空に、優紀ははっきりと言い残してから駆けだした。

 熊、猫、カラス……マリヤたちが倒した強敵たちを抜いていく。

 頼りがいのある三人の先に、大好きな永和がいる。

 土を蹴る。自分より少し高いところにいる仲間たちへ手を伸ばす。

 右手でマリヤの左手を、左手で将の右手を掴んだ。背中に穂乃花の手が触れる。

 マリヤと将が引っ張ってくれて、穂乃花の風が背中を押してくれる。

 今の優紀に、迷いはなくなった!

 マリヤと将が、繋いだ手を勢いよく振り抜き、穂乃花の風が、激しく唸る!

「「「いっけぇええええええええええええ!!!」」」

 震撼するほどの威力で、優紀が射出。

 まっすぐに永和の元へ。

「田中君……!」

 永和の瞳は泣いていた。彼女の心は、いったいなにを想っているのだろう。

 伸縮自在の無数の尾は、美空が氷で凍てつかせる。背中が優しく見つめられ、優紀の心を温めた。

 猛毒を蓄える黒い羽根は、穂乃花の風が吹き飛ばす。信頼の眼差しが、優紀の気持ちを軽くした。

 サイコアーツを封じる嘴だらけの両手は、右を将の電撃が、左をマリヤの投げた刀が攻撃し、牽制する。激励の視線が、優紀の胸を熱くした。

 他人の意思を奪う冠の瞳たちは、優紀自身が目を瞑って対策とする。

 優紀は両腕を広げて飛び込んだ。瞳を閉じたまま、きっと襲い来る一撃を見越してシールドを張る。

 刹那、確かな衝撃音が響く。次いで聞こえたのは、永和の、驚愕に満ちた声。

「ど……どうして……わかったの……?」

 目を開く。永和の背中側で、黒猫の尻尾が、優紀のシールドに拒まれていた。

 もしもシールドの位置を間違えていれば、尻尾は永和の背中から彼女の心臓を貫通し、優紀の肺すら貫いていたことだろう。

「わかるよ」

 優紀が永和に抱きついた。

「僕、常磐さんのことが大好きだから」

 永和の声が上擦った。

「まだ、そんなこと言って……!」

 少し尖った彼女の耳に口づけするように、優紀は宣言した。

「僕の勝ちだよ常磐さん。もう絶対、離さない」

 小さく、きゅう、と、永和が鳴く。

 刹那、紅色の光の粒がいっぱいに広がって、優紀と永和を包み込んだ。

 永和のサイコアーツの暴走が解けたのだ。永和の身体は元に戻り、変質していた全身が光の粒子になって空間に散っていく。

 柔らかい地面に永和の身体を押しつけて、ぎゅっと抱きしめる。

 すぐに、後ろの方からドサリと誰かが倒れる音。

 身体を上げて振り返って見ると、拳を振りぬいた穂乃花と刀を振りぬいたマリヤの姿をまず認識する。次いで、二人の足元に、泡を吹いて倒れている将が見えた。

「……マリヤさん? 穂乃花ちゃん? いったいなにを……」

 女子二人は顔を真っ赤にしてそっぽを向いたまま、おおげさに咳払い。

「「うおっほん!」」

 そして、顔をこちらに向けないようにしながら、それぞれ指を、優紀の方へ向けた。

 代表で、こちらも顔を赤くした美空が言った。

「優紀、絶対下は見ちゃダメよ」

 言われたそばから、下を向く。

 当然、そこにいるのはただ一人。

 瞳を濡らした永和が、じっと、優紀を見つめていた。

 ……全裸で。

「み……ちゃった……?」

 肩からぶら下がっていたはずの下着も、どこかへ飛んでしまったのだろう。無防備に両腕両脚を広げたまま、綺麗な肌色を称えたまま……。

 頬がどんどん熱くなる。

 優紀の赤面を認めた永和は、恥じらい顔で、甘い声音で、囁いてきた。

「せきにん。とってね……?」

 くらりと眩暈がして、全身から力が抜ける。

 ふわりと意識が遠のいて、優紀は鼻血を噴き出しながら気絶した。

「むぅ……………………」

 永和が、文句ありげに優紀を睨む。

「ハァ……………………」

 美空も、冷めた視線を優紀に送る。

「わわ……………………」

 穂乃花は両手で顔を覆って俯いており、指の隙間から優紀たちを覗き見ている。

 マリヤは空を仰いで、諦め顔で呟いた。

「……うん。なんかもう……ホント締まらないなぁ」

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