第45話 マリヤVS美空(後)
開幕速攻!
マリヤは全力で疾走し、狂気すらその瞳に宿して美空に急接近。
吹雪の渦など構うものか、覚醒が完了するより前に気絶させればいいだけのこと!
大上段から振り下ろす。吹雪の渦を真っ二つ。
しかし刀は、美空の身長より上の部分で止まってしまった。
手応えは、ない。
吹雪の渦が霧散する。
中から出てきたのは、足元から頭部まで、これでもかというほどの重装甲に全身を包んだ美空。全身のシルエットが、腕も脚も、一回りも二回りも太くなっている。
鎧のように纏う氷の装甲板は、光を反射するほどの白。腹部や胸部はもちろん、肩や肘などの関節部分も隙がないようにできている。無論、首周りや頭部も完全な氷の甲冑に保護されており、マリヤの刀は傷一つつけることができていない。
上半身の重装甲の上に装備された武器類は、陸自の戦車もびっくりなほどの銃火器ばかり。これではもはや、氷の人型戦車である。
両肩にはそれぞれ、二リットルペットボトルを三つ繋げたようなミサイルが一つずつ乗っていた。軌道安定用の翼もあり、翼幅は三〇センチ。
分厚い胸の装甲板は平らになっており、両胸を囲むような太い輪郭で、砲口が真円に描かれていた。なぜか砲身はないが、砲口の太さは、一〇式戦車の主砲・四四口径一二〇ミリ滑空砲のそれとなんら変わらない。
背中には、二メートルもある巨大な筒が一門背負われていた。美空のシルエットを横にも縦にも大きくしている原因がこれである。上部の穴からは、殺意に満ちた地対空ミサイルが覗いていた。
両肘から左右の手の甲にかけて、迫撃砲らしき立派な砲身が固定されている。砲口は真円で、直径は一四〇ミリ。腰の左右にも可愛らしい銃口が一門ずつあるが、これで口径一二.七ミリ。手の平に収まりきらないほど太いそれの分類は、立派な重機関銃だ。
脚部から下に武装はないが、その分装甲板がこれでもかと屈強さを主張している。足の裏からは三〇〇ミリの支持材が一平方メートルの太さで地面に沈んでいた。
「木っ端微塵にするわよ」
美空の警告を聞き、マリヤは咄嗟に後退、距離を取る。
分厚く大きな氷が美空の腰から下を凍結、地面に固定させた。
胸の砲身が伸びる。放たれる、一二〇ミリ滑空砲の一撃!
間に合わないと悟り、マリヤは地に転がった。
刹那、美空の胸元の極太砲口が激しく唸る。
発砲と共に激しい雪風巻。衝撃派すら殺人級の威力で轟き、呼吸を許さぬ空気の圧がマリヤを砂粒のように弾き飛ばした。巨木の幹に叩きつけられ、背骨が折れるほどの痛みに涙が滲む。
耳元でジリジリとうるさく音を立てるのは無線機だ。今の衝撃で壊れてしまったらしい。爆風に曝されるだけで、この被害。
「はぁぐ……!?」
なにより目を見張るべきは、その破壊力。先ほどまであった一本の巨木が、根っこごと綺麗になくなっている。その証拠に根が這っていたはずの地面は大きくえぐり取られ、その先の大木の幹は大きな風穴。もし、今の一撃が人体に掠りでもしていたら……。
風花が、舞う。
散りゆく回雪は、消えた巨木のなれの果て……?
顎がガチガチと音を鳴らす。寒さなどまったく感じない、全身を包むのは死の恐怖。
「あははははは……いやいや……ええええ…………」
戸惑い、ここに極まれり。サイコオーラの補助があってなお理解に苦しむ威力を前に、呼吸すら忘れてしまいそうだ。
しかし、くぐもった美空の声が、マリヤの意識を引き戻す。
『三秒後に全門発射するから、それまでに降参なさい』
冷気が、美空の胸に集まっていく。もちろん、背中にも、腕にも、肩にも、腰にも。
『三』
美空の腰を支えていた氷の支柱が消滅。凍った地面にバキバキとひびを入れながら、スケートブレードで立ち位置を修正。
再び氷の支柱が展開。今度は先ほどより輪をかけて太く、数十トンレベルの銅像でも建てるのではないかというほどまで大きくなった。
『二』
両腕の向きを微調整。重機関銃と無反動砲らしき砲身をマリヤへ向けると、肩の後ろから氷のアンカーが伸びて地面に刺さる。
発射シークエンスを完了させた美空を見て、マリヤはゆっくりと立ち上がった。未だ耳障りなノイズを発する無線機を身体から外し、放り投げる。
『ターゲットロックオン――残念よ』
右手を持ち上げ、深呼吸するマリヤ。
覚悟を決めた。
「よしっ」
目を閉じ、マリヤは唱える。
「信じるよサイコストーン、極限の力をあたしにちょうだい」
薬指の指輪に口づけをかわす。紅色の光がマリヤを包み、灼熱の炎に焼かれる痛みが全身を蝕んだ。
「ぐぬ……ぅ、おおおおおおおあああああッッ!」
ズタズタに斬り裂かれるような激痛を、瞼をぎゅっと閉じて耐え忍ぶ。
心が挫けそうになった時、不意に脳裏を過るのは、大好きな優子の姿。
――目を開く。
次々に浮かぶ、穂乃花、将、文雄、優紀、そして永和。守りたい気持ちは、マリヤだって同じだ!
『――掃射ァッ!』
美空の両肩からミサイルが飛び出す。両手の甲からコンマ五秒間隔で氷塊が無限に撃ち出され、腰から伸びて手で持った銃身から細氷の粒が鉄砲雨のごとく放たれる!
迎え撃つマリヤの手札は、サイコアーツで作った無数の刀。
浮遊した一万を超える刀たちは、それぞれが独立して射出した。切っ先で空を斬り、氷の弾丸、砲弾、ミサイルに殺到。
ぶつかり合うたびに氷結の追加効果が空間を凍りつかせるが、マリヤの刀はそれすら砕いて道を作る。
マリヤのしなやかな人差し指が、ゆるりと空を向いた。
森のはるか上空、雲一つない青空が紅のドットに埋め尽くされていく。オーケストラの指揮棒のように人差し指が落ちれば、空が瞬いた。
刀の雨。殺意の豪雨。
美空の背中からロケット弾が撃ち出された。地対空ミサイルを彷彿とさせるそれは殺戮の雨に触れた瞬間激しく爆裂、冷気の衝撃波で以ってすべての刀を紅の粒子に変えて霧散させる。
美空は胸の一二〇ミリ滑空砲を放つと同時、なんとマリヤへ突撃せんと氷の地面を伸ばして滑走、突進する!
対するマリヤは地面を撫でるように身をかがめながら爆走。一二〇ミリ滑空砲を残る数千本の刀で爆散させると同時、その白き煙の中へ刀一本で飛び込んでいく。
美空の装備は戦車級。その重さは数百キロどころか数十トンの領域だ。
そんな物が高速で氷の上を滑ってきているのである、ぶつかり合えば生身の人間などどんな凄惨な末路を迎えるかわかったものではない。
即ち、美空はマリヤにぶつかればそれで勝ち。
それ即ち、マリヤは美空の重武装と重装甲を砕いて一撃を与えなければ即死亡。
絶望的質量差が生みだす圧倒的に不公平な勝敗基準が、マリヤの目を血走らせた。
その口角を不気味に釣り上げ、刀が閃く。
交差。人間戦車と修羅の狂人。
白雪の残滓が、金髪の残像が、儚く虚空を揺らめいて……。
先に頽れたのは、美空だった。覚醒時間が終わりを迎え、重装備が消滅する。
「…………さすがね」
美空のサイコオーラは健在。なれど、脳震盪で動けない。
一方マリヤはサイコオーラそのものが消滅しており、地に膝をついて酸素を取りこむので精いっぱいだ。
「はあ……! はあ……! へへっ、あたしの勝ちです……! ゴホッゴホッ!」
ひどくむせ返ってしばらく。大きく深呼吸をしてから、マリヤは立ち上がる。
立ち眩みが酷い。でも、勝利の余韻が心地良い。
「美空さん。貴女のサイコストーン、一つ分けてくれません……?」
命を懸けて決闘した間柄というのは、ついさっきまで敵対していた相手だろうと心を許すものらしい。
上体を起こした美空は、悪戯心に満ちた笑みを浮かべ、右手で銃を作る。
間髪入れず、人差し指の銃口を跳ね上げて、マリヤを撃った。
「ば~ん。これでホントに撃っていたらアタシの勝ちよ?」
そう言ってサイコオーラを解除し、ヘアゴムを取る。
マリヤは唖然としながら美空がヘアゴムからサイコストーンを一つ取るのを見届けると、大笑いした。
「あはははは! 負けず嫌いにもほどがありません!? あっやばい息がっ」
お腹を押さえて転がるマリヤ。美空はいまさら恥ずかしくなって口を尖らせる。
「貴女に言われたくないわ。ほら、さっさと受け取りなさいよ」
小刻みに震えるマリヤの両手にポツリとサイコストーンが落ちて、サイコオーラを装着した。
研ぎ澄まされた聴覚が、微かに、でも確かに、聞き取る。
永和の絶叫を。
「ああああああ――――――!」
緩んだ気持ちが一気に引きしまる。
二人は顔を見合わせた。
「いったいなにが起きてるってのよ!?」
「わかりません! でも、異常事態なのは確かです。行きま――ぐっ」
立ち上がろうとするも、まだサイコオーラが全身を治しきれていなかった。踏ん張り切れずにその場で倒れる。
「やりすぎちゃったわね……ごめんなさい」
美空はマリヤに手を伸ばす。マリヤは一瞬だけ驚いて、すぐに笑ってその手を取った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます