第44話 マリヤVS美空(前)

 一方、マリヤと美空の戦いは開幕から熾烈を極めていた。

 木々を飛び回り、美空の背後に回ったところで、マリヤは刀を投げつける。

 間一髪でかわす美空。

「ちょこまかと鬱陶しいわね!」

 美空がその場で腕を薙ぐ。拳大の氷塊が六個生まれて、射出した。

 マリヤが横へ飛んでかわそうとするも、氷塊は追いかけるように軌道を変える。

 着弾時に氷が広がる銃弾の次は、追尾仕様の六連大砲。笑えない。

 なんとか四発は木の幹で防いだ。着弾時に氷の拡散は見られない。なら。

「こっちはかわす必要ないんだね」

 土の上に降り立ち、刀の一振りで二発の氷塊を叩き割る。威力は重く、手首が痺れる。

 刹那、マリヤは飛び退った。美空の手の平が向けられていて、そこから吹雪が放たれたのだ。間一髪、マリヤの真横を雪白の濃密な突風が渦を巻いて吹き抜けていく。

「あっぶな……」

 吹雪の渦はマリヤを捉え損ねたが、代わりに一本の巨木を樹氷に変えた。白く煌めく冷気も相まって、芸術ともいえるほどに美しい。

 美空がマリヤを指さす。

「それ」

 正しくは、マリヤの金髪を指さしたのだ。

 言われて気がつく。薄紅色を纏った金髪の先端が、吹雪によって凍りついていたのだ。

「かわしきれなかったか……でも、これがなんだって言うんです?」

「その油断が命取りね」

 パン、と音を立てて合掌する美空。刹那、美空の全身から吹雪が広がる!

「何種類攻撃あるんですか!? 半分ウチの将に分けてやってくださいよ!」

 着弾地点を氷結させる銃弾、対象を追尾する砲弾、広範囲に凍結効果がある吹雪の渦。それぞれ手の形や動きに呼応して発動するらしい。手を叩くパターンは初見だ。

「軽口を叩けるのも今のうちね」

 左右、上空に大きく広がった吹雪のカーテンは、そのままマリヤを飲み込むように、包み込むように迫りくる。その速度は先ほどの吹雪の渦より速い!

 強く地面を蹴りマリヤは距離を取った。すると収束したはずの吹雪は再び拡散し、マリヤを包囲するように広がっていく。

「いやいや、吹雪の渦の上位互換が過ぎる……なるほど」

 マリヤは苦渋の決断を迫られた末、凍りついた金髪の毛先を切り落とす。他の誰でもない優子が褒めてくれた髪なのに……と少し後悔。

 すると、今まさにマリヤを飲み込まんとしていた白魔が霧散した。

 今の技は、対象の一部を凍りつかせていないと発動できない……というような条件があるのだろう。

 実に恐ろしい。能力としても、それを知るに至った経緯を想像するにしても。

 そしてなにより。

「この性格の悪い感じ……貴女のお父さんや弟君を彷彿とさせますね」

「あら、優紀にもそういう面があるの? 意外だわ」

「龍馬さん誘拐作戦、発案は優紀君なんですけど。永和さんを誘き出す餌にするなんて言ってたんですけど」

「やるじゃない。母親似だとばかり思っていたけど、そうでもなかったのかしらね」

「やっぱり褒めるんですね……。父親も姉もこんな調子じゃ、お母さんの苦労が目に浮か……いや、考えるのはよそう」

 ここに来て優紀と美空の母親がどんな人か気になったが、マリヤの直感は好奇心を自制した。優しい人であってほしいと切に願って、気持ちを切り替える。

「そろそろ、こっちからも攻めますね」

 両手に一本ずつ刀を持ち、すぐさま投擲。美空が吹雪で防御幕を作った瞬間、マリヤは再び刀を召喚。今度は明後日の方向へ、回転をかけて山なりに放り投げる。

 吹雪の膜が薄れたタイミングで、さらにもう一本を召喚し、ぶん投げた。

 大きく美空とは別方向に飛んでいく。

「なんのつもり? 手がかじかんだのかしら」

「その油断が命取り……なんてね」

 山なりに投げた刀の着地点に、一直線に飛ばした最後の一本が到着する。

 回転のかかった刀とぶつかり合い、甲高い衝撃音。

 その音を斜め後ろで聞き取った美空は、ハッとして振り返る。

「まさか……!」

 しかし、刀は二本とも地面に落ちるだけ。

 美空のすぐ真後ろで、ドスを利かせたマリヤの低音。

「ハッタリに決まってんでしょーが」

 美空が氷を作るより早く、マリヤの峰打ちが美空の背中を叩いた。

 大きく地面に踏み込んだマリヤは、気合一声!

「シャレた芸当なんざできるかぁぁぁぁ――――!」

 刀を振りぬき、美空を三メートルほど離れた巨木へ叩きつける!

「がはっ……!」

 受け身すら取れず、木の根元に頽れる美空。マリヤは吹っ飛ばした位置で残身、囮に使った刀二本を紅色の粒子に変えた。

「……お願いです、ここは引いてもらえませんか? こちらも、永和ちゃんの命を救うためにそちらが行った不正はすべて見逃しますから」

 美空はすぐに立ち上がる。サイコオーラを纏っているのだ、その治癒力はマリヤもよく知るところ。

「永和ちゃんに声を届けられるとすれば、それは優紀君しかいないんです。というのもですね――」

 マリヤは説明した。

 図書館関係者。それだけが、永和が主に関わってきた人物のすべてだ。中でも特に心の支えとなっていたのは、倉林と優紀くらいだ。それは美空も知っているだろう。

 その倉林はもはや、致命的な隠し事のせいで一番恨まれている恐れすらある。

 優紀も、殺意の矛先だった龍馬の息子という立場だが……それでも、きっと、わざと隠していたことではないと永和にもわかるはずだ。

 そのあたりは、この一年間で優紀と永和が育んだ絆を信じるほかない。

 希望はある。優紀がすでに永和に恋の告白をしていたからだ。本気で彼女のことが好きだと、そこだけはちゃんと伝わっているはず。

「――理屈じゃない、感情だけの話になっちゃいますけど……でも、賭けてみる価値はあると思うんです」

 たった数日とはいえ、マリヤも共に永和を救出すべく行動を共にした仲だ。優紀の彼女への想いの強さくらいは、実の姉の美空より理解しているつもりである。

「なんだかんだ言って、結局優紀一人に押しつけているだけでしょう?」

「あたしだってできることがあるならなんだってやりますよッ! 押しつけたくて押しつけているわけじゃない!」

 さすがに口にはしなかったが、大切な人を守るために人を殺したことだってあるのだ。自慢にはならないが、文字通り、なんだってやるつもりである。

「でも……今回ばかりは……ッ」

 刀が音を鳴らすほどにマリヤの拳が力んでいた。それを見てなお、美空は冷気を纏う。

「アタシ、他力本願は嫌いなの」

「他の誰でもない、貴女の弟さんですよ! そりゃ、何年も会ってないとはいえ……信じてあげてください!」

「五年前。あの子はなにもできなかった。アタシがいくら両親の仲を取り持つのを手伝ってって優紀に頼んでも、理解するのを拒んでただ塞ぎ込んでいただけ」

「今は違う!」

「でしょうね。恋の告白なんて、素直に驚いたわ。でも、事の流れを鑑みるに、あの子がサイコストーンを手にしたのはここ最近のことなのでしょう? ……残念ね、力不足よ」

「だとしても――」

「万が一、優紀が殺されちゃ意味ないの。そりゃ、常磐さんを救う手段は、できるだけ彼女の負担にならない方法を取りたいわ。一緒にSACTで頑張って、お休みの日はこれまでずっと眠っていた分まで色々な所へ遊びに連れて行きたい」

 マリヤはいよいよ言葉を失った。

 美空は何年かけて、いったい何度、永和が眠り続けているところを見てきたのだろう。彼女を救いたいという気持ちは、倉林と同じくらいに膨れ上がっているはずだ。

「でも、優紀を失うくらいなら、手荒な真似だって辞さないわ! お父さんも、常磐さんも、優紀だって、ぜったい全員生かしてこの一件を終わらせてみせる! アイツにアイツなりの覚悟があるように、アタシにだって譲れないものがあるのよ! もうこれ以上、家族をバラバラになんてさせないわ!」

 叫び、美空は白く凍りついたポニーテールの結び目に手をやった。

 一瞬だけサイコオーラを解除すれば、その刹那に髪の色が美しい黒色に戻る。解凍されたヘアゴムを美しい仕草で髪から取って、顔の前に掲げて、両手で握りしめた。

「祈るわ、サイコスト――」

 マリヤは目を見張る。

「サイコストーンの覚醒――知っていたんですか!?」

 優紀から聞いた話では、永和が旧辻見堂医院脱走後にひとりでに偶然見つけたメカニズムということだったが。

 美空は祝詞を中断し、眉を顰める。

「去年常磐さんが脱走してから、いずれ戦うことは予想できたわ。さらなる力を引き出す方法を探すのは当然じゃない。そのせいで、サイコオーラを纏うたびに髪の毛が雪で凍りつくようになっちゃったんだから」

 氷のポニーテール――旧辻見堂医院で相対してからずっと疑問には思っていたが、まさか自力で覚醒メカニズムを見つけた代償だったとは!

「でも、ここでそれを使ってあたしを倒したとしても、この後は――」

「ちゃんと用意しているに決まってるじゃない」

 しれっと言ってのけ、手の中からヘアゴムを垂らす。そこには確かに、四つものサイコストーンがアクセサリーのように飾りつけられていた。

 絶句するマリヤに怪訝そうな視線を向けた美空だったが、それも一秒と満たない。すぐに察して、嫌悪の眼差しに変わる。

「まさか、知らなかったとはね」

「昨日までですけどね……!」

 マリヤの頬がひきつった。まずい、こちらにスペアがないことを曝してしまった。

「よかったわ、一つの消費で済みそうね」

 冷や汗を垂らすマリヤの正面、美空は改めて両手を構える。

「祈るわ、サイコストーン――秘めし力をアタシに宿せ!」

 瞬間、美空の纏うサイコオーラの輝きが増す!

「ぐっ……あああああああ!」

 金切り声が森中に響き渡った。歯を食いしばり、両の眼を爛爛と開く。痛みに耐えきった美空は慣れた手つきでポニーテールを作り直した。

 瞳に決意を宿したその時、紅色の光が純白の輝きに変わり、吹雪の渦が、美空を包む!

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