第42話 そして最終決戦へ

 美空が永和を追いかける、その直前。

 永和はSACT棒銀班VS暴獣の戦闘を、二十メートル離れた木の枝の上から観戦していた。

 熊と猫の暴獣。永和が暴獣化させた動物たちの中でも特に強力な二体を中心に組んだ怪物軍団は、美空を含めた九人のSACT隊員たちと戦闘を繰り広げている。

 SACTの戦力は、実験素体として扱われていた数年間の内にある程度把握していた。その記憶によれば、SACTは十人一班が二つで二十人の構成員がいる。

 となれば、九人という数字はイレギュラーだ。おそらく光学迷彩服を着た隊員がいるのだろうと、永和の目は眉間にしわが寄るほど細くなっていた。

 じっと観察しながら、龍馬殺害作戦の内容を振り返る。

 永和でも敵わない強敵・美空は熊と数体の仲間たちに足留めしてもらう。

 他の仲間たちには、残るSACT構成員十九名に対応。

 永和は昨日パワーアップさせたカラスの個体と共に龍馬を連れ去り、色々と尋問の後に殺害する、という予定だった。

「美空さんの足留めはうまくいけそう。このまま私たち飛行部隊だけでも向かうべきかな……? だけど、少なくとも猫には旧辻見堂医院の襲撃に加わってほしいし……」

 旧辻見堂医院に残るSACT隊員十名を相手するとなると、土鳩やフクロウたち鳥類メンバーだけでは不安が残る。

 焦燥の中、判断にあぐねていると、パタパタと小さな羽ばたきが聞こえてきた。

 空から、スズメの暴獣が一羽、降りてきたのだ。

 暴獣化生物には珍しい小柄な個体の中でも、とりわけ小さい。

 その特徴を活かして、スズメには今まで、龍馬の監視を任せていた。もちろん、監視役は他にもたくさんいるのだが。

「……へ?」

 スズメからの報告によれば、マリヤと将と優紀が旧辻見堂医院を襲撃し、十分とかからず宮藤龍馬を連れ去ったようだ。

 瞬間、永和の脳裏で作戦変更の四文字が瞬く。

 このチャンスを逃すわけにはいかない!

 強く、枝を蹴り飛び上がる。翼のサイコアーツを出して、羽ばたかせた。

 少し遠くで待機させていたカラスの暴獣も合流し、二対の黒い翼が森の木々を撫でるように流れていく。

 スズメの可愛らしい尾びれを追いかけながら、永和は呼吸を落ち着けた。

 敵は三人。全員が、高校生のサイコホルダー。

 うち一人は龍馬を抱えているだろうから、実質相手は二人。

 それなら作戦はシンプルだ。

 永和が二人を相手して、龍馬を連れている者をカラスに攫わせ逃走するだけでいい。

「チュン」

 スズメが短く鳴いて、知らせてくれる。前方遠く、視界の中を高速で流れる枝葉の向こう。将が龍馬を米俵のように背負い、マリヤが優紀の手を引っ張って走っている。

 優紀になにがあったのかわからないが、彼だけサイコオーラを纏っていない。

 刹那、金髪をたなびかせているマリヤだけが急ブレーキ。そしてなんと迷いのない視線を永和に向けてくる。

 斜め後ろ、十メートルは離れている。この距離で気づかれた!?

 ハクチョウ引越センタートラック内で会った時から気づいていたが、格が違う。

 マリヤの視線が永和からそれた。マリヤたちが走ってきた道の方へ向いたのだ。

 ハッとして永和もそちらを窺えば、なんと、美空が永和たちを追尾してきていたではないか。

 ほぼ同じ場所にいたはずなのに、高速飛行する永和に遅れをとらないその速度。スケートの要領で地面を凍らせ滑るその様は、氷の魔女と呼ぶに相応しい。

 マリヤが美空に刀を投げつけるも、美空は無視してかわそうとする。

 ぞわり。

 唐突に、永和の心臓が跳ねた。恐怖が全身を支配し、夏の風は身体を冷やす。

 視界の中、美空が足を止めていた。永和の隣ではカラスもスズメも怯えている。

 殺気だ。マリヤの殺気が、みんなの心臓を震え上がらせたのだ。

 マリヤのナイフのような視線が永和を撫でる。しかしそれは一瞬のことで、その矛先は美空へ向かった。

 右手に持つ刀の切っ先も美空を狙う。

 逆ではないのかと、永和は首をひねった。

 宮藤龍馬の命を狙う永和と、永和捕獲を目的とする美空。危険分子は永和である。

 マリヤと美空はこの場で協力する理由こそあれど、敵対しあう理由はないはずだ。

 しかしまあよい、それならば。

 永和はカラスとスズメを引き連れて、将と優紀を追いかける。彼らの姿はもう見えていた。身動きを取れないように手足を封じられた龍馬、龍馬を米俵のように担いで走る将。そして、サイコオーラを纏わず、のろのろと走る優紀。

 いつでも襲撃できる。絶対に、逃がさない。

 二人を追尾し、様子を伺いながら飛び続けること五秒後。

 スズメに仲間を呼んでくるよう言い残して、永和はカラスと共に急降下した。


***


 マリヤは、永和が去っていくのを気配で感じると、意識を美空の方へ集中させていく。

「そこを退いて! 常磐永和は強敵よ! そっちの二人じゃ敵いっこない!」

 必死な叫び。対して、マリヤは切っ先を向けたまま青筋を浮かべた。

「あたしの仲間なめんなよ、美空さん」

 怒気をはらんだ声を落ち着かせ、マリヤは言う。

「どのみち貴女を近づけさせるわけにはいかないんですよ、優紀君の作戦の都合上」

 細くなったエメラルドグリーンの眼光が、サイコオーラと混ざり怪しく光る。

「あんなやつの考える作戦なんて、どうせろくでもないわよ!」

「ふふ、それはもう本当に。ええ、とんでもなくどうしようもない作戦ですよ」

 大きく息を吐くと、マリヤは刀を下ろして問いかけた。

「美空さん。ひとつだけ聞きたいことがあります」

「……なによ?」

「永和ちゃんのこと、どう思ってます?」

 美空がやるせなさそうに顔を強ばらせる。

「さっき、龍馬さんと少し話をしまして。状況はだいたい把握しました。今は観念して、協力してもらっています」

「はあ!?」

「去年までの五年間、永和ちゃんに意識があったんですよ」

 美空は瞠目、息を飲む。

「……っ、だからか!」

 やはり親子だ。反応は似ているし、理解速度も尋常じゃない。

「色々、裏目に出ましたね。特に倉林さんの正体を隠して永和ちゃんに近づけた件は、極めて悪手です」

「……それで協力……ねぇ。まあそれはいいわ」

 美空は一応納得したようだ。

「で、なんだったかしら? アタシが常磐さんのことをどう思っているかどうか?」

「ええ。彼女の状況をすべて知っていながら、対立せざるを得なくなった……どういう心境で今ここにいるのか、気になりまして」

「そりゃあ、どうにかしてあげたいと思っているわよ。サイコストーンなしでは生きられない身体、目が覚めたら家族がいない、時間が飛んでいる……これ以上、見ていられないもの」

 そう答えて、ぐっと歯を食いしばった。まるで、言葉を噛み殺すように。

「どうしました?」

「……なんでもないわ。それより、話は終わり?」

 戦闘態勢になる美空を見て、マリヤは軽く手を挙げる。

「じゃあついでにもう一つ聞かせてください。どうしてSACTに入ったんですか?」

「なんでそんなことまで答えなきゃいけないのよ」

「優紀君が気にしていましたよ。貴女がSACTに入った動機を知りたいって」

 美空は決まりが悪そうに眉を顰めた。

「……笑わない?」

「ええ」

「……元の四人家族に戻るためよ。常磐さんを治療するために危ない橋を渡ったお父さんは、もしもの時にお母さんやアタシたちが『不正を働いた国家官僚の家族』として扱われることを恐れたわ。だからお父さんは離婚なんて言い出したの」

 目的はなんであれ、不正は不正。龍馬とは先ほど少し話しただけだが、確かに彼ならそう言いそうだとマリヤは頷く。

 美空は続けた。

「逆に言えば、常磐さんに関わることをうまく処理できれば再婚の余地が見込めるわ。そうすれば、また四人で一緒に暮らせる……そのためなら、アタシは!」

 纏う純白の冷気が、決意の強さを訴える。

「だからそこをどきなさい! この事件、アタシが決着をつけなければいけないの!」

「具体的にはどうするおつもりで?」

「決まっているわ。常磐さんを制圧・捕縛して、お父さんの無実を証明するッ! それしかないのよ!」

「そういうことなら、仕方ないですね」

 マリヤは肩を竦めてから、刀を構えた。

「……あっそう。手加減しないわよ?」

「望むところです」

 拳銃を模した美空の右手。左手が添えられた直後、中指が小さく動くのを、マリヤは見逃さなかった。

 地面を蹴ってそばの木の幹へ。横へ伸びる枝を掴んで元居た場所を見れば、氷の弾丸が破裂して人間大の氷塊になっていた。

 もしも刀で氷の弾丸を斬ろうとしていたら、今頃は……!

 攻撃のいなし方一つ、間違えたなら即敗北。

「おっかなすぎるでしょ……!」

 足留め役を買って出て正解だった。こんなのが優紀の作戦に乱入したら最後、優紀一人では絶対に処理しきれない。

 マリヤは美空の指先から逃れるように跳び回りながら、優紀たちが駆けて行った方へ一瞬だけ目を向けた。

「後は任せたからね……!」

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