第41話 美空の意志

 優紀たちが、旧辻見堂医院に強襲を仕掛けている真っ最中。

 少し離れた森の中では、園原を除く九名のSACT第一分隊が、数えるのも億劫になるほどの暴獣の群れと戦闘を開始していた。もちろん美空もこのうちの一人だ。

 特に強力なのは、その中でも二体。

 一体は、巨木を抉るパワーと、屈強な身体を持つ熊の暴獣。そのタフさは、数発銃弾を撃ち込んでも衰えを見せないほどだ。

 もう一体は、目にも留まらぬ速さで動く猫の暴獣。右目に刻まれた刀傷が、猛者であることを窺わせた。猫はあまりに速すぎてあらゆる銃火器が意味をなさないため、猫と戦うSACT隊員たちはサバイバルナイフ片手に格闘戦を繰り広げている。

 熊と猫には、SACT隊員が二人ずつ対応していた。残る五名の内、美空以外は個々に他の暴獣と戦闘。

 最初のうちこそ、遠慮のない九ミリ機関拳銃がえげつない戦果をあげていたものの、獣たちが順応するにつれ被弾する数はみるみる減少。残弾数の都合もあり、攻めきれないのが現状だ。

 美空は一人、暴獣たちが自分たちを無視して旧辻見堂医院に向かわないように戦っていた。

 地面に吹雪を滑らせて、敵の足を氷漬けにしようとした時、無線が届く。

『矢倉班棋聖より棒銀班各位。盤面にSETの駒が三枚打たれた。船橋マリヤ、穂坂将、そして田中優紀。これより取りにいく』

 怪物たちとの戦闘を的確にこなしながら、美空は舌打ちした。

 やはり介入して来たか……と。

 空を飛べる永和相手に、美空たちが全員での籠城戦をとらなかったのは、ひとえにSETの存在があったからだ。

 SETの立ち位置的に、最高の展開は――。

 永和が龍馬を殺害しようとする。SETはぎりぎりでそれを阻止し、永和を逮捕。同時に龍馬の犯した数々の違法行為への捜査着手。そんなところだろう。

 こうなれば、今回の一件を基礎にして、超常事件発生時の捜査から解決までの範例とすることができるし、それも個人的な犯罪から組織的な犯罪まで見事にカバーできる。龍馬の不正は、使い方次第で防衛省への大きな貸しにもできるだろう。

 SETがその目標を達成するのに、まさか今回の戦争に最初から参加する義理はない。

 龍馬が殺されそうになるか、それともSACTが永和を捕えそうになったところの、両者が疲弊しきったタイミングを狙って乱入すればいいだけの話。

 まさに漁夫の利。いいとこ取りだ。

 龍馬の保護と永和の確保ができるなら協力を惜しむ気はないが、それで自分たちの立場が危うくなるなら全力で阻止せねばならない。

 SACTとSETのマウンティングは、警視庁と防衛省の利権争いともいえよう。ここでアドバンテージを取られるわけにはいかないのだ。

 従って、SETが介入できないよう、電光石火で永和を捕える必要があった。

 こうして永和を捕える棒銀班、龍馬を護る矢倉班に分かれて、最終決戦に臨んでいる。

「美空!」

 仲間に名前を呼ばれて上を見た。イタチの暴獣が樹上から襲ってくるところ。

 冷静に氷の壁を張り、イタチを受け止める。刹那冷気がイタチを包み、イタチの意識を落とした。優紀のシールドは防ぐだけだが、美空の氷は攻防一体だ。

「どもです」

 美空はお礼に、仲間の取りこぼした個体の足を凍らせる。

 それから戦闘が続く中、再び無線に連絡。

 なんと、龍馬からだった。

『竜王より棒銀班各位。現時刻をもって攻撃対象を暴獣のみとする。常磐永和は見つけ次第、私がSETに囚われたと伝え、SETの元に向かわせよ。以上、通信終わり』

 刹那、誰もが敵から距離をとった。熊や猫たちは美空たちの動きをいぶかしみ、様子をうかがってきている。

 突然の指令に戸惑う仲間たち。そして同時に、誰もが確信した。

 園原も、そして倉林すらも、SETの前に頽れたのだと。

 だとすれば、自分たちはどうするべきか。答えは誰もが一瞬で出したし、そしてその答え通りにせざるを得なくなった。

 ちょうどこの時、少し離れたところから、なにかが飛んでいく影を目にしたのだ。

「常磐永和!」

 こちらに向かってくるでもなく、旧辻見堂医院の方向ともずれていた。まさか、永和も龍馬誘拐を察知したのか! となればまずい、優紀たちが連れ帰る、一番無防備なところを狙われる!

「行け美空、追いかけろ! 暴獣どもはここで俺たちが止めておく!」

「お願いします!」

 スケートブレードを足裏に作り出し、地面を凍らせ滑走する。

 優紀たちの思い通りにさせたら最後、龍馬は永和に殺される恐れがあるのだ。父親の命の行く末を、そうやすやすと他人任せになどできるものか!

「絶対追いついてやるんだからッ!」

 龍馬を護るため、だけじゃない。

 再び四人家族に戻るためにも、なにより一番苦しんでいるであろう彼女を救うためにも……戦わなければ!

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