第40話 真実
「それじゃあ改めまして。宮藤龍馬さん、常磐遥さん殺害容疑で任意同行願います」
左肩を抑えながら告げると、龍馬は一瞬の硬直の後、眉を顰めた。
「む? なにをどう誤解した?」
すぅ、とマリヤは目を細める。
「優紀君から聞いた話ですけれど。……永和ちゃん、交通事故で入院してからだいたい一年後に、意識だけが目覚めたんだそうですよ。即ち、あなたが常磐遥さんにしつこくサイコストーンの話を持ち掛けていることを聞いていたんです」
「っ……それでか!」
驚きと共に、得心が言ったらしきリアクション。
「とぼけるのもいい加減にしてください。うちの天才クラッカーが集めた捜査資料は、結局のところ電子的な書類でしかありません。あなたほどの立場と権力なら、いくらでもやりようがあるでしょうに」
穂乃花が手に入れてくれた捜査資料には、常磐遥の交通事故死について詳しく書かれていた。その内容は、子供を庇おうと道に飛び出した常磐遥が乗用車に轢かれたというものである。
目撃者の中には、なんと都合よく宮藤龍馬がいた。当然のように、救急に通報したのも宮藤龍馬と記されている。
なぜその場にいたのかについての供述はなかったが、当時は永和を実験素体として扱うべく動いていた時期だ。さすがに黙秘を貫いたのだろう。
「……仮に俺が隠蔽したとするならば、無駄がありすぎるとは思わないかね」
マリヤは即答できなかった。龍馬の言うことも一理あり、それは文雄も指摘していた部分だからだ。
曰く「隠蔽工作の由緒正しき鉄則は、隙なく無駄なくさり気なくの三拍子」とのこと。正当防衛とはいえ、マリヤと将が凶悪犯を殺した事件を隠蔽しただけのことはあり、説得力があった――そんな言葉に国家官僚の伝統やら掟やらを感じたくはなかったが――。
即ち、隠蔽するならそもそもそんな事故内容にする必要はないのである。事実はどうあれ、簡潔な短い表現にするのが常套手段。隠蔽工作のキホンのキの字だ。
特に、これが隠蔽工作だとすれば、どう考えても杜撰だと言わざるを得ない点が一つある。
「貴方の他にも、事故を目撃した人たちの名前が残されていることですね」
「そうだ」
証言者の名前がある以上、その人物が架空のものだとすればその調書が偽物だとバレてしまう。仮に実名なのならば、もしその人物に直接話を聞かれてしまえばやはり調書との齟齬が露呈するだろう。
防衛省の幹部の汚職を防ぐための隠蔽工作としては、ましてや殺人級ともなれば、明らかに違和感を覚えるべき点である。
「じゃあ、本当に事故だったと……!?」
龍馬は気迫を込めて頷いた。
「当然だ。人の命をないがしろにして国防が務まるか。遥さんの事故の時、確かに俺は説得にかかっていた。だがそれはサイコストーンの研究のためだけではない。あの子の命が危なかったからだ。救えるのは俺しかいないと確信していた。だから話を持ち掛けた」
マリヤの顔が強張る。だとしたら、永和はひどい誤解をしていることになる。
龍馬が続けた。
「遥さんは死の間際、子供に言ったのだ。『生きろ』と」
脳裏を優子の顔がよぎった。
「そして俺にも謝ってきた。『今さらですが、娘を助けてください』と。約束したのだ、必ず救うと。だから急いでここを買い取り、だからグレーな手札を切ってまで事を動かしたというのに……」
天井を仰いだ龍馬は愁色を濃くする。
「しかしまさか、意識があったとはな。機材には反応がなかったはずだが……油断した」
悔恨に肩を震わせて、深呼吸すると、すっと、表情が消えた。
「さて、SETの少女よ。建設的な話をしようではないか」
ついさっき、悔しそうにしていた龍馬は幻覚だったのだろうか。
感情の抜けた真顔で、淡々と、指を立てて状況を羅列してくる。
「すでに戦いは始まっている。そして暴獣化現象は社会に認知されている。森の中とはいえ、一般人の目からいつまでも逃れられるわけではない。さて、ここで」
龍馬は片手を挙げたまま、もう片方の手も挙げ、指を立てる。
「常磐さんの怒りは根が深い。誤解だと伝えても聞く耳を持たないだろう。不幸なことに今現在、彼女の心まで言葉を届けられる人物は皆、彼女にとっての敵しかいないからだ。言わずとも理解しているだろうが、まさか交通事故の目撃者を用意する時間はない」
ゆっくりと両手が下がった。そして、とりわけゆっくりとした口調で、尋ねてくる。
「さあ、この状況。君ならどうする?」
キッと、マリヤは龍馬を睨んだ。なにを言いたいのか、嫌というほど即座に理解してしまった。
マリヤの声は、怒気に満ちている。
「……親子ですね、言うことの雰囲気が似てますよ。聞いていてとってもイライラする」
「優紀のことかね」
「ええ。こちらの当初の作戦は、あなたを誘拐して永和さんを誘き出す餌にすることだったんですから。ちなみに、言い出しっぺは貴方のお子さんですからね」
息子に誘拐の標的とされ、あまつさえ餌扱いされる気持ちはどうだ! と叫びたかったが、龍馬は感心したように頷くばかり。
「ほう? 意外だな。まさかそこまで言えるようになっていたとは」
「褒めるんかい」
マリヤは話を戻す。
「おほん。先ほどの問いの答えですが……宮藤さんの考える正答は『わかりやすい悪役をでっちあげること』でしょう? 即ち、あなたが本当に遥さんを殺したことにする」
そうすれば、永和の怒りは正当となる。
少なくとも、誤解だと気づいて怒りの矛先が混乱することはなくなる。
あとは簡単。痛快シンプル。
真正面から制圧するだけだ。仮に誤解を解くとしても、その後でいい。
「正解だ。しかし察するに、君の答えは違うようだな?」
「ええ」
したり顔で、後ろをチラリと見やる。けっこう前からこそこそと、階段の踊り場の方から盗み聞きしていた二名の内の片方に。
「まさか、お父さんと同じことは言わないよね!? 出ておいで、優紀君っ!」
***
突然名前を呼ばれ、優紀の背筋が伸びた。
「はいっ」
将と共にマリヤの救援に行こうとした時には、龍馬との対話が始まっていたので耳を澄ませていたのだが……まさか勘づかれていたとは。
階段を降りると、凄惨な戦闘の爪痕が残るリビングという光景を目の当たりにする。
部屋全体に散らばるようにして倒れた六人の男たち。真っ二つに切断された痛々しいさまのソファ。テレビに弾痕。
マリヤの左腕に赤い線が垂れているのを見て、優紀は駆け寄った。
「わ、大丈夫ですか!?」
「これくらいそのうち治るよ。それより優紀君こそ、サイコオーラは?」
「……倉林さんを倒すのに壊してしまいました」
サイコストーンに祈ると、より強力なサイコアーツが使える――このことは既に報告済みである。従って、それだけでマリヤも理解した。
「しゃーないか。それより、どこから話を聞いていたかな?」
「事故の話の途中から……だよね」
一緒に降りてきた将に訊ねると、頷きだけが返ってくる。それを見て、マリヤは優紀に改めて尋ねた。
「さあ、優紀君。常磐さんの誤解を解くことはまずできないこの状況、どうやって収集をつけよっか」
「だとしても、ちゃんと常磐さんには現実と向き合ってもらいます」
「だ、そうですよ?」
嬉しそうに、マリヤは龍馬を見る。
龍馬は値踏みするように優紀を見据えるだけ。
負けじと、睨み返した。二秒の間があって、龍馬が口を開く。
「……久しぶりだな、優紀」
「久しぶり、父さん。色々と言いたいことはあるけど、今は一つだけ」
「なんだ?」
「常磐さんのことは、僕に任せてほしいんだ。僕が救いたい」
そう訴えると、龍馬は観念したように両手を挙げた。
「いいだろう、降参だ。……すまないが、後は頼むぞ」
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