第39話 マリヤ、蹂躙!
時は約三〇〇秒を遡る。
「先に行け。二階はこっちでどうにかする」
「ん」
将に言われ、マリヤは躊躇いなく床を蹴った。
途中で折り返す階段を、二回の跳躍で下りきる。金髪が綺麗な尾を引いていく。
下りたところはリビングになっていた。
内装を確認する間もなく、右から襲い来るSACT隊員。
マリヤはリビングの中央、ソファの背面へ躍り出る。すかさず、円を描くようにSACTの隊員五名がマリヤを取り囲んだ。腰に拳銃があるが、手にしているのはスタンガンか警棒だ。
即算。森の中で優紀と将が一人ずつ倒し、二階でもう一人倒した。そしてまだ二人、二階に残っている。ここまでで合計五人。
SACTの一個分隊は十人構成なので、ここにいる五人を倒せば、残るは宮藤龍馬ただ一人となる。
その龍馬は、なんと病院へ繋がる扉の前に立っていた。腕を組み、仁王立ちで。
「よし」
マリヤは素早く計算すると、ソファを強く蹴りつけた。
直後、床の上を滑るようにソファとは逆側へ駆ける。一人の足を払い、転ばせた。両手に刀を呼び出し、左で真後ろから振り下ろされる警棒を受ける。
右の刀は龍馬の方に投げつけた。すかさず右手にもう一本呼び出し、転ばせた男の首元に峰打ちを決めて気絶させる。
強く前傾姿勢になりつつ、右足を後ろに、真上に伸ばす。踵が背後の男の顎にクリーンヒット。腕を足代わりに腰を捻って腹部を蹴り飛ばし、別のSACT隊員にぶつけた。
先頭不能となった仲間を受け止めた男は、その刹那に二度驚愕する。
一つ。視界中心に捉えていたマリヤが消えた。
二つ。ソファを受け止めた仲間一名、投げられた刀を弾き飛ばす者一名、気絶者二名、自分は仲間を受け止めたばかり。自由に動ける者が、この時点で既に一人もいない。
「三人目」
背後から彼女の声を聞いたのを最後に、男は気絶した。残り二人。
マリヤはすかさず次の相手を見定める。
龍馬目掛けて投げた刀、それを警棒で弾いた男性隊員だ。
懐へ飛び込もうと床を蹴ったマリヤに、覆い被さる大きな影。先ほど蹴り飛ばしたソファが降りかかってきたのだ。
革もスチールもウレタンクッションも関係なく真っ二つに断ち切るあたり、マリヤは化け物だ。だが彼らはそれを上回った。
真っ二つになったソファの影から、二人のSACT隊員がマリヤに肉薄。
先ほどマリヤも使った手だ。まさかの意趣返し。
(しゃーない。一撃くらい、くれたげる!)
腹を括るマリヤに、敵は容赦しない。
防護素材の薄い腋に熱いスタンガン、体重をかけている左足に重い警棒の一撃。スタンガンのショックでうまく身体に力が入らず、マリヤは無防備に転がった。
取り押さえにかかる二人のSACT隊員。
咄嗟に全身を隠すように刀を召喚したマリヤは、即座にすべてを消して紅色の光に身を包む。大人二人に生まれた一瞬の隙をつき、真上へ大きく飛び上がった。
天地逆転、天井に着地。腰に手を回した男へ、刀を投げる。
男は回避し、よろけた。
マリヤは天井を蹴り、よろけてない方へ右足を落とす。
が、交差した男の両腕に防がれた。
ならば、と左足も乗せて足場にすると、刀を再召喚。そのままよろけた男に刀の一撃。もちろん峰打ちで、しかし容赦なく意識を狩り取った。ラスト一人。
足場にしていた男の腕から真上に跳躍。その脚力に耐え切れなかったか、男は尻餅をついた。
すたっ、と、リビングの床にマリヤの両足がつく。
(あたし、そんな重いかな)
帰ったら体重を測ろう。もはやそんな余裕すら見せて、マリヤは最後の一人を倒した。
「ふう。お待たせしました。宮藤龍馬さん」
龍馬は特に驚きもせず、仁王立ちのポーズを崩すこともない。
「もう少し善戦できると思ったのだがな。少し訓練の内容を変える必要がありそうだ」
優紀の声を老けさせると、確かにこんな感じの声になりそうだ、と思いながら、マリヤは笑って答える。
「あははは! 参考になるならなによりです、ええまったく」
笑顔だったが、こめかみに青筋も浮かべていた。眉だってぴくぴく動く。
完全に利用された! SACTの訓練の成果を試す場に!
なるほど確かに、龍馬を誘拐しようとする今のマリヤたちは、サイコストーンを持ったテロリストと考えて相違ないだろう。それでいて命まで奪う気はない。つまり。
マリヤたちは、実戦を想定した訓練相手として、限りなく最高の存在。要するに、隊員たちの練度を試験するために利用されただけ。
「む、こちらの意図にも気づかれていたか。さすがあの来嶋がスカウトした人材だ」
室長って意外とすごい人なんだ? と思いつつ、マリヤは刀の切っ先を向ける。
容赦する気はなくなった。
「お話はあとで、紅茶でも飲みながらゆっくりしましょう? いい茶葉、用意してますから」
返事を待たずに跳びかかろうと、マリヤが膝を曲げる。
刹那!
銃声が聞こえ、身体が右へ吹っ飛ばされた。
遅れて、左肩に尋常じゃない痛み。太い槍に刺されたような痛み。
超人的な反射神経が受け身を取り、テレビ台のそばまでごろごろと転がる。
「――っぅッ!?」
撃たれた! 左から!?
訳も分からず刀を投げつければ、なにもない空中で音を立て、明後日の方向へ跳ね飛んでいく。じんじんと強烈な痛みが全身の骨に響く中、マリヤは必死に思考した。
光学迷彩服を着たやつがいる……となれば、十一人目!?
パニックになりかけつつも、一階に降りる直前のことを思い出す。
『残って正解だったな……来嶋のところのガキどもが先に来るとは』
将と二階で戦っている男のセリフがフラッシュバック。
やられた、とマリヤは大きく息を吐いた。
残って正解だった、と言うからには、本来別分隊の人間だったのだろう。なるほどこれで十一人目、数が揃う。
「肩を撃たれて気絶しないか。恐るべきものだな、サイコホルダーは。無事かい?」
龍馬から真顔でそう言われ、マリヤは脂汗を浮かべながら答えた。
「ああ、こりゃ殺意も沸くわ……!」
心配されている気がまったくしない。もっともこれから誘拐しようとしている相手から心配されたくもないが。
永和は何年も、こんな扱いを受けていたというのか。
左肩からどくどくと血が流れていく。サイコオーラがあったからこそ、弾丸は浅いところで止まり、すぐに肩の外へ排出されたが……さすがに止血は時間がかかりそうだ。
光学迷彩服は、サイコオーラで鋭くなった動体視力でも捕捉するのは難しい。先ほど優紀や将が気づけたのは、装着者が走っていたおかげ。動きが大きいため、映像のブレがわかりやすくなっていたのである。
どうする……? 眼だけではなく、耳も、鼻も、肌も、敵を探した。
硝煙の匂いはあれど、位置を捕捉できるほどではない。機械の音は微弱に聞こえるが、冷蔵庫の音と混じってこちらも位置を特定できる要素にはなりえない。
倒した五人の男たちの呼吸が、気配感知の邪魔をする。
打つ手なし。
なら、直感に任せよう。
刹那、マリヤは勢いよく立ち上がった。その顔に、狂気に満ちた笑顔を貼りつけて。
再びの銃声。弾丸はマリヤの右腕を掠ってテレビに穴をあけた。
一度目の射撃と二度目の射撃、その方向。だいたいの敵の位置は、マリヤの第六感が選んだ場所とほぼ同じ。
「そこかぁ――――ッ!」
薄紅色の剣線と、金髪の残像が、一直線に美しく流れた。
「見事」
龍馬の淡々とした称賛の声。バチンと壊れる機械の音。一呼吸の間をおいて、姿を現した男が床に、ばたりと倒れた。
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