第37話 優紀VS倉林
和室の中、優紀は倉林と対峙していた。
彼女が言っていることに、嘘などないのだろう。事実、図書館の館長は彼女が自衛隊員であると知っている。ただし永和は、きっと知らない。知っていたら、あんな手紙など書かないだろうから――。
「最初の一ヶ月のうちに、身辺調査までしておくべきだったわ」
倉林もこんなことになるとは思っていなかったようだ。その表情には憂愁の色が浮かんでいる。
優紀はやるせなさに拳を震わせた。
「倉林さん。常磐さんに近づいたのは、心の傷を癒すためって言いましたよね」
「もちろん。重ねて言うけどその通りよ。天涯孤独となってしまったあの子に、拠り所を見つけさせる。それが目的だったの。嘘はついていないと誓うわ」
疑っているわけじゃない。この一年間あの図書館に通っていたのだ、むしろ言われて納得の振る舞いですらあった。だから、それはいい。
「……常磐さんに、なんて説明するんですか」
ぐっと倉林が歯を食いしばった。正体を隠して永和に接触した手前、そして永和が龍馬を恨んでいるとわかった以上、正直に打ち明けるのは転んだ上を突き飛ばすようなもの。とてもではないが、今の永和には受け入れられない事実だろう。
かくいう、優紀だって。
「なんなんですか、みんなして……」
こんな真実、知りたくなかった。でも、目を逸らしてはいけない。
「そこをどいてください、倉林さん」
力強く言い放つも、倉林は動じない。
「どうする気なの?」
「父さんを人質に常磐さんを誘き出して、今度こそ口説き落とします」
一瞬だけポカンとした倉林。直後、堪えられずに哄笑した。
「あははは! 言うわね! さすが、永和ちゃんをデートに誘っただけのことはある!」
すぐに真顔に戻り、倉林は続ける。
「でも、そんなバカな作戦を、認めるわけにはいかないわ。大人としても、美空ちゃんの仲間としても、隊長の部下としても」
「すみませんが急いでいるんです。止めるなら押し通ります」
「手加減しないわよ? 彼女を救いたい気持ちは私も同じなのだから」
倉林は目を細めて嘲笑を浮かべる。優紀は呼吸を整えて、まっすぐに飛び込んだ!
「遅いわ」
鳩尾に、倉林の掌底が突き刺さる。そして吹っ飛ばされた。
「かはっ……!?」
優紀は空気を吐き出して、背中から壁に激突。
力なく、狭い床の間にお尻から落ちる。
……見えなかった! 倉林の動きが!
「美空ちゃんは、もう少し動けるわよ」
ぼやける視界の中、倉林にサイコオーラを纏っている様子はない。
「倉林さんは、サイコホルダー……じゃ」
「あいにく、適正はないわね。でも、生身でもそこそこ戦えるわ。実際、SACTの構成員たちはもちろん、美空ちゃんの術科訓練だって私が面倒を見ているのよ?」
「嘘でしょ……」
即ち、こと戦闘においては、美空を差し置いてSACT最強ということではないか。
「できれば田中君には、この戦いから手を引いてくれると嬉しいのだけど」
「嫌です」
パンッ! 一階から銃撃の音。
倉林に生まれた一瞬の隙を、優紀は見逃さなかった。
靴で床の間を蹴りつつ、右手前から左奥へ、斜めにシールドカウンターを展開。
まっすぐ飛び込んできた倉林は、シールドを突き破らんとショルダータックルをシールドにかまし、ぐおんと横へ跳ね飛ぶ。
部屋が揺れるほどの衝撃で、倉林が部屋の隅に叩きつけられる。
今、廊下への道が開かれた。そのまま飛び出すべく駆けだす優紀。
「へえ、面白い!」
楽しそうな彼女の声を聞き、優紀はもう一度、倉林との間に壁を張る。しかし。
「見切った!」
視界の中で倉林がブレる。首を曲げた時にはもう、壁を蹴って飛び込んできていた。 倉林は左足で着地し、右足で優紀の足を払う。壁際につんのめる優紀を押し倒し、組み伏せた。
うつ伏せに抑えつけられた優紀は必死の抵抗を試みるも、左腕を背中に回され腰を抑えつけられてしまえばなにもできない。
もがく間に、倉林は優紀から無線機を奪い、握り潰した。間髪入れずに防護服を撫でまわす。
「……どこにあるかわからないわね。まあいいわ」
息をのむ。まさかサイコストーンを探られていたのかもしれないと思うとぞっとした。その恐怖が脳を刺激し、状況打破の閃きを誘う。
脳裏に過るは、永和の姿。サイコストーンを粉々にしてカラスをさらにパワーアップさせた、あの現象。
優紀が持っているサイコストーンはひとつだけだ。つまり。
チャンスは一度きり、なにが起きるかも不明。そして優紀はただの男子高校生になる。
もしもサイコストーンを壊すだけでなにも起きなかったら? なにか起きたとして、倉林を無力化できないものだったら? もとより優紀のサイコアーツはシールドである。まさか都合よく、攻撃系の能力が発現するとは思えない。
そんなリスクがあろうとも……構うものか!
「叶えてくれサイコストーン、僕に戦う力を!」
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