第36話 運命は仕組まれた
「なっ」
一方、将は優紀が隣の部屋へ消えたことに驚きつつ、その反対側へ指を伸ばしていた。間髪入れずに黄色い閃光と電撃の音が響く。しかし、手応えはない。
簡単に腕を取られた。超人的な腕力があるはずなのに、無抵抗のまま腕を背中側に曲げられ、それどころか床に転がされる。
「残って正解だったな……来嶋のところのガキどもが先に来るとは」
将の耳がピクリと動いた。永和救出直後、文雄と職質ごっこをしたSACTの隊員の声だ。確か名前は園原といったか。二階の図面から鑑みるに、トイレに隠れていたらしい。
「先に行け。二階は俺たちでどうにかする」
「ん」
マリヤが床を蹴り、階段の踊り場に着地。再び下へ跳ねる足音を聞きながら、将は二度目の電撃を試みる。
しかし、遅れて気がつく。サイコストーンを縫い込んであるリストバンドが、手首から無くなっていることに。
「力の源なのだろう? 特徴的だから、すぐわかったぞ」
先ほど手首を取られた時に、摺り取られていたらしい。やられた。
「だからって、なんで電撃すらかわせるんスか。あれ、一応光速超えてんスけど」
「人差し指の直線状にしか飛ばないのなら、そこに自分の身体が入らないようにすればいいだけだろう? さして脅威ではない。サイコオーラの筋力増加の方がよっぽど厄介だ」
「言ってくれるぜ……」
サイコオーラが使えなければ、将はただの野球好きな男子高校生でしかない。どう転んでも自衛隊員相手に勝ち目などない。
それでも抜け出そうと試みるが、それは園原が許さない。空いた手で無線機を触れようにも、それすら園原に阻まれる。無線機は取り上げられるどころか、踏んで破壊される。
「……ウチの室長とは、どういう繋がりなんスか?」
一瞬、奥の手で逆転しようと思ったが、やめた。
先ほどの狙撃手が将の初撃をかわしたことといい、優紀が隣の部屋に引きずり込まれたことといい……SACTの隊員たちはサイコストーンの恩恵なしで自分たちに渡り合っている。
もはや超人集団といっても過言ではない。ジョーカーを切るタイミングを間違えれば、敗北を喫するだろう。
いずれマリヤが宮藤龍馬を連れて戻ってくる。そうすれば逆転できるはずだ。なにもできないのは癪だが、仕方がない。
「独力で逆らえないと悟るや、素早く無線で仲間に連絡。それもダメなら時間稼ぎか。判断の速さは非常に素晴らしい。部下に見習わせたいほどだ……と誉めたいところだが、今は黙っている方が得策だぞ」
格が違うと素直に悟り、将は耳をすました。
優紀が消えた扉の向こうから、凛とした女性の声が聞こえてくる。
『五年間の眠りから覚めた彼女はすぐにここを飛び出していったわ。そりゃあそうよね。彼女からすれば、交通事故に遭って目が覚めたら、胸に意味不明な結晶体が埋め込まれていて、サイコオーラの作用で超人的な力と思考力が身についている……パニックになってここから逃げ出すのも当然よ。しかも、それだけじゃない』
永和のことを話しているらしい、と将は息をのんだ。
『得体のしれない病院で、得体のしれないものを埋め込まれ脱走した。次に本能が求めるのは頼れる存在へのSOSよ。けれど、彼女の中で生きているはずだった母親は、交通事故で死亡している。たぶんこのタイミングでさらにもう一つ……知らない間に五年もの年月が経っている事実を突きつけられてしまうわ。ここまで言えば、もうわかるわよね?』
『……じゃあ、倉林さんが、常磐さんと出会ったのは……偶然じゃない。偶然を装った、必然だったってことですか』
『正解。私が一般人を装って彼女に接触したのは、任務のため。私の任務は、彼女の心の傷を癒すことだから』
「そーゆーことかよ」
将は舌打ちした。優紀の相手は倉林奈々とかいうやつらしい。
同時に、この後の虫酸が走るような会話も予想できてしまう。
『心の傷を……癒す? 父さんは……あなたたちは、常磐さんを実験台にしておいて、よくそんなことが言えますね……!』
『……仕方なかったのよ。あなたにもたくさん、助けられたわ』
『まさか……僕に常磐さんの勉強の面倒を見るよう、頼んだことすら……ッ!?』
『ええ。永和ちゃんが学生として過ごすはずだった五年間の学力不足を補うためでもあるけれど、それ以上に、同世代の友達を作ってほしかったからお願いしたの。だから最初の一ヶ月で君の人柄、図書館に来る頻度を調べたわ』
『全部、全部、全部……! 僕が常磐さんを好きになることすら計画通りだったって言うんですか!? 僕が毎日のように図書館に通うから常磐さんを図書館の職員として働かせたと!? 僕が父さんの子供だというのも知っていて――!?』
『前半はその通りだけど、後半は本当に不幸の巡り合わせよ。昨日美空ちゃんから田中君がSETのメンバーだったって聞いて、ましてや隊長の子供で美空ちゃんの弟だって知って、私もすごく焦ったんだから』
『そんな都合の悪いことばかり、偶然だなんてありえない……ッ』
悲痛な声で否定しようとする優紀の声を聞いて、将はつい、呟いた。
「残念ながら優紀、そいつは違うぜ……。偶然ってのは、悪いことばかり起こるもんだ。それをどう受け止めて、どう対処するかで、その後の人生が大きく変わっちまう。輝くヤツと腐るヤツの違いはここだ。目を背けちゃいけねーんだ」
これには、園原が感心を示す。
「ほう? 成人式もまだだろうに、すごいことを言うな君は」
「あいにくっスけど、俺も一歩間違えば妹を目の前で殺されていたかもしれねーんスわ。守れたけど、守り方が良くなかった……ま、守れたなら些細な問題だって、気づけましたけどね」
そこまで重い過去があるとは思わなかったのだろう。園原が黙り込む。
すると当然、扉の向こうの会話が聞こえてくる。
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