第35話 倉林奈々

「クイーンだよどうぞ」

『マル辻二階西側洋室に絵札一枚、窓からルート上に狙撃銃構えてます。いくらなんでも気がつくの早すぎると思うんですけど、心当たりありますかどうぞ』

「ついさっき光学迷彩を着た絵札二枚と交戦したの。たぶんその時無線吹かれたんじゃないかなどうぞ」

『なっ!? す、すみません! 熱感知機能使っていれば気づけたかもしれないのに』

「反省会はあと。昨晩から監視続きで充電切れが怖かったし、しゃーないよ。それよか、他になにか特段の動きあったかなどうぞ」

『美空先輩のいるSACTの部隊が、暴獣たちとの戦闘を開始しました。常磐先輩の姿は未確認ですどうぞ』

「みつけたら教えてねどうぞ」

『エース了解。そろそろ有効射程距離に入りますのでお気をつけて。通信終わります』

 マリヤは無線から正面へ意識を切り替えると、すぐに前方へ大きく足を踏み出した。

 居合い抜きの要領で腕を振り、刀を出現させる。

 キン! 甲高い金属音と共に弾ける火花。優紀の強化された動体視力が、刀で弾かれる狙撃銃の弾丸を捉えた。視界の先には、旧辻見堂医院ははっきりと見えている。

「いくよッ!」

 マリヤは跳躍し、木の枝から木の枝へ飛び移るような走法へ切り替えた。将は走っている最中に身体を大きく傾けたり突然脇へ飛び跳ねたりして狙撃を回避していく。

 優紀は回避に自信がなかったので、こまめに正面にシールドを張り直しながらまっすぐ走る。一度だけ優紀が狙われ、シールドカウンターが反応。弾丸は来た道を倍速で戻っていった。

 マリヤが地上走行に戻ってきて、いよいよ三人の前に旧辻見堂医院の塀が迫る。

 門の西側からの突入だったのに、こうまで対応されるとは思ってもみなかったが……それでも止まるわけにはいかない。

 ざんっ。強く地面を踏みしめて、三人は高くジャンプ。

 塀の高さは二メートル程度。その上にはびっしりと棘が生えていて、とてもじゃないが足場にはできそうにない。

「それっ!」

 優紀が空中に、地面と平行なシールドを張る。三平方メートルしかないその上に、マリヤ、将、優紀の順で足が乗り、三人はさらに跳躍。塀を乗り越え、雑草だらけの地面に落ちていく。

「優紀君もういっちょ!」

「はい!」

 一階と二階のちょうど中間くらいの高さに再び足場を展開。マリヤは刀を投げつけて、二階の窓ガラスを派手に粉砕した。

 マリヤと将の呼吸に合わせ、二階から派手に突入。家具もない洋室の部屋には、男物の寝袋や荷物が大量に部屋の隅に並んでいた。そこに混ざって狙撃銃もある。

 壁の影からにゅっと出てくるSACTの隊員が視界の隅に入った。

 驚いて、短い悲鳴を上げたのは優紀だけ。

 その優紀ですら、的確にシールドを構えるだけの余裕があった。敵の装備はまさかの九ミリ機関拳銃。要するにサブマシンガンである。ズドドド、と無数に飛び出す弾丸は、しかしすべてが薄紅色の壁にぶつかって止まった。

 すかさず将の人差し指がSACTの男を狙う。電撃の音に混じって驚きの声をあげたのは、将自身だった。

 光速を超越した電撃が、まさかの空振り。しゃがんでかわされたのである。

 素早く二射目。今度はヒットし、サブマシンガンの音がやむ。床にばらばらと弾丸が落ちる音に混ざって、男が倒れた。

「やべ、初撃かわされてつい気絶させちまった」

「おばか!」

 マリヤは将を一喝して、即座に切り替える。本来なら龍馬のいる部屋をこの男に喋らせるべきだったのだが、仕方がない。

 外で光学迷彩服を着ていた二人、ここで一人。残りはまだ七人も残っている。窓ガラスをド派手に割ったのですぐに集まってくるはずだ。おまけに狙撃してきた人がとっくに無線を吹いているだろう。となれば、美空たちが帰ってくる可能性すら……。

 時間がない。

 迷いない足取りで廊下へ飛び出した優紀たち。瞬間、別の部屋の扉が開き、優紀の腕が掴まれた!

「うわっ」

 投げ飛ばされる。畳独特の触感を覚えながら二回転。素早く立ち上がる。

「……まさか、こんな再会の仕方になっちゃうなんてね」

 聞き覚えのある女性の声だ。てっきり男ばかりだと思っていた優紀は、彼女の姿を見てもう一度驚く。

 他の自衛隊員と同じ装備だが、身体つきは女性のそれ。なにより顔立ちが、優紀のよく知る――。

「倉林さん……!?」

 倉林奈々。優紀に、永和の勉強を見るようお願いしてきた人物であり、この一年間、永和の面倒を見てくれていた保護者でもある人物だ。

 そうだった、はずだ。

「改めて、自己紹介するわね。防衛省陸上自衛隊緊急作戦執行部隊、倉林奈々。館長に協力を仰いで、ここ一年間はあの図書館の職員としても働かせてもらっていたけれど、本業はこっちよ」

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