第34話 襲撃と迎撃

 朝焼けが照らす森の中、駆け抜ける三人の人影。

 マリヤの後ろで将と並走している優紀は、届いた無線に耳を傾ける。

『エースからクイーン』

「クイーンだよどうぞ」

『常磐先輩、仲間を引き連れ、旧辻見堂医院へ向けて高速で移動開始しましたどうぞ』

「クイーン了解。こちらももう少しで旧辻見堂医院につくよどうぞ」

『そちらですが、朗報とも悲報ともいえる状況です。第一分隊が迎撃のため飛び出していますどうぞ』

「え、なんで? 相手は空飛ぶ永和ちゃんなんだから、閉じこもっているしかないと思っていたのに……」

 割り込みで文雄の声が入った。

『チッ……漁夫の利作戦が。まあそれはいい。ミッションスタートだどうぞ』

「了解です。ありがとねエース。この後も頼むよどうぞ」

 マリヤの背中を追うように、優紀も速度を上げた。視界を流れる木々の勢いが増す。

 隣には将も一緒だ。なお、穂乃花にはドローンを使ったサポートと、龍馬のパソコン解析をお願いしている。

 走りながら、将がのんきに口を開いた。

「それにしてもまあ、よくもこんな作戦考えたな」

「えへへ……」

「照れるところではないだろ、褒めてないんだから」

 将にげんなりとした顔で見られ、優紀は弁解するように答える。

「だって、それしか方法がないんだし」

 SACTの目的は、常磐永和の確保と暴獣の殲滅だ。

 その動機は、サイコストーンの存在、超常現象の存在をできる限り世間に隠蔽するため。

 対する永和の目的は、もちろん宮藤龍馬の殺害だ。

 その動機は、永和の母・遥の仇討ち。今のところ、優紀が人質として利用されそうになったくらいで、殺意の矛先が龍馬以外に向いたことはない。

 この状況に対し、優紀が出した作戦は、マリヤが引くほどのものだった。

「それにしたって『父さんを誘拐して常磐さんを誘き出す餌にしたいです』なんて普通思いつかないよ。思いついたとしても言わないよ」

「いやあ」

「だから褒めてないんだっての。自分のお父さんをなんだと思ってるのさ」

 マリヤの投げやりなツッコミに、優紀は浮かれた表情を消す。

「形振りなんて構えないんです。常磐さんがSACTに捕まったらアウト、常磐さんが父さんを殺してもアウト。僕の願いは、もう破綻しているようなものですから。だから、手段は択びません。というか、択べるほど余裕がありません」

 双方のぶつかり合いを強制的に中断させるには、永和の狙う攻撃対象を、SACTが守る保護対象を、こちらの手中に収めるほかない。

「優紀の親父さんを確保したら最後、常磐永和の軍勢とSACT二十人を同時に相手しなくちゃならないんだが……」

 龍馬を殺したい永和軍勢はもちろんのこと、SACTだって全力で奪い返しに来るだろう。まさか自分たちのリーダーを守ってくれてありがとうございます、などと殊勝な態度を見せるとは思えない。

 なにせ誘拐した龍馬には、常磐遥殺害容疑がある。穂乃花が盗んだデータから証拠が見つかれば、今度は正規ルートで逮捕用の証拠を手に入れ、逮捕に踏み切る……という流れすらあり得るのだ。従って、SACTも容赦してはくれないだろう。

「そのあたりはもう皆さんに頼り切るしかありません。ほんと、よろしくお願いします」

 前を向いたまま大笑いするマリヤ。隣の将は不満そうに優紀を睨んできた。

「お前なぁ、一番大変な役回りだけ押しつけやがって」

「しょうがないじゃん、能力的にそれが一番なんだから」

 優紀も負けじと言い返す。すると、将の眉が、なにかに驚いたように大きく跳ねた。

「ずいぶん偉くなったなぁ、優紀。ああ?」

「え!? こ、今回だけだからいいでしょ、ね? 怒らないでよ」

 ガンを飛ばされ、ぎこちない笑顔で返した。すかさず、マリヤが真面目な声で窘める。

「二人とも」

 しかし、将のイライラは止まらない。焦っているのか、早口だ。

「なんだその顔は。口答えされただけで不満か?」

「べ、別に、そういうわけじゃないけど」

 いよいよ優紀の眉間にも皺が寄る。将が短く三連続でまばたきするのを見て、優紀は目を見開いた。

 刹那、将が優紀へ人差し指を向ける。優紀も反射的に、将へ手の平を向けた。

 二人のサイコアーツが、まったく同時に発動する。

 将の電撃が黄色い閃光を瞬かせ、優紀の背後で重い衝撃音。対する将の背後でも薄紅色の光が壁を作り、ガツン、と衝撃音が響いた。

 最初にニヤリと笑ったのはマリヤである。

「二人とも、よく気づいた!」

 優紀たちの背後に出現したのは、珍妙な機械染みたコートを着た大人が二人。そのコートは、穂乃花が以前遭遇したという、光学迷彩服だろう。

 優紀に奇襲を仕掛けた方は将の電撃を喰らって気絶。将に奇襲を仕掛けた方は優紀のシールドカウンターで脳が揺れたのか、こちらも気絶していた。

「優紀の気づきがあとちょっと遅れてたら、一撃喰らってたかもな。アドリブの合図を察してくれたのは正直助かったぜ」

「ああ、怖かった……びっくりした……!」

 いまさらになって、優紀の背中に汗が吹き出す。

 光学迷彩服は周囲の光景を自身の衣服に投射する技術だ。もしも穂乃花から光学迷彩についてのレクチャーを受けていなかったら、SACTにそんな装備があることを知っていなかったら、将の意味深な合図がなかったら……。将の背後でわずかに生じていた陽炎のような揺れに気づけなかっただろう。

「それにしても、マリヤさんはどうしてなにも見ずに気づけたんですか」

 マリヤはしれっと即答した。

「気配」

 近接戦闘のスペシャリストは、言うことが違う。首だけ振り返り、ウインクしてくる。

「なーんてねっ。足音だよ足音ー」

「発言が発言だからな、可愛くねえぞ」

「あぁ?」

「なんでもないですすみませんでした」

 二人の気の置けないやりとりに苦笑い。ここで、耳元に穂乃花から無線が届いた。

『エースから各カード』

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