第30話 目覚め/優紀
「う~ん……」
先ほどからしつこく唸り声をあげていた優紀は、ふと揺れが止まったことに気づいて意識を現実に戻す。
熊の暴獣が優紀を下ろし、自由にしたのだ。もっとも、逃げ出そうとすればすぐに捕まってしまうだろうが。
「あ、ここが待機場所なの?」
「フシーッ!」
隻眼の猫に威嚇されるも、なにを言っているのかがわからない。
優紀は再び思考に耽ることにした。
龍馬が、常磐遥を、交通事故に見せかけて殺した……か。
延々と悩んでいるうちに、頭の中ががんじがらめになっていく。このタイミングで答えなど出せるわけがないのに、考えることを止められない。
『無知のままで強がってると、いつか後悔するわよ!』
ふと、美空に言われた言葉が脳裏を過った。
優紀は大きく深呼吸する。
そうだ。わからないなら、知らなくちゃ。
SETの元に戻り、穂乃花に頼んで事実を確認してもらおう。
永和を放っておくのは心配だが……。
ここで、突拍子もない発想が浮かんだ。心配なら、信頼できる相手に、任せればいい。
「ねえみんな。僕の言うこと、わかるのかな」
形振りなんて構っていられない。
永和はこれから龍馬を殺そうとしていて、龍馬は部下を率いて永和を捕えようとしている。両者はもちろん敵同士だ。
そしてこれから頼ろうとしているマリヤたち。彼女らの目的は、野生動物暴獣化現象の犯人である永和の逮捕である。それが終われば、永和誘拐の罪がある龍馬のことを逮捕しに行くかもしれない。
もはや誰もが敵同士。それならもう、頼る相手の立場など、どうでもいい。
「君たちに、話しかけているんだけど」
ある意味自棄に近い、それでいて優紀なりに冷静に下した判断は、自身で既に常軌を逸していると自覚するようなものだった。
でも、実行する。
龍馬を殺したいとか、永和を捕えたいとか、超常現象事件を解決したいとか、そんなことが優紀の目的ではないから。
「まあいいや。理解できたら……でいいから、聞いて」
優紀がやりたいことは、永和も、龍馬も、守ること。つい美空と永和、双方の声で再生される『甘すぎる』という罵倒を思い出すが……構うものかと、拳を握りしめた。
「僕が全部どうにかするまで、常磐さんを守って」
その言葉の矛先は、暴獣の群れ。
優紀にそんなことを言われた熊たちは、微動だにしなかった。微動だにできなかった。
日本語を理解できなかったわけじゃない。暴獣になった時に、その程度の知能は手に入れたから。
だからこそ……『監視すべき人質』であり『標的の身内』である優紀から、まさか自分たちのトップを守るよう指示されたなんて、すぐには理解できなかったのである。
そんな暴獣たちの困惑に気づかず、優紀は続ける。
「僕は常磐さんを守りたい。助けたいんだ。もちろん、父さんを殺させなんてしないけど……だからって、常磐さんが苦しい気持ちを我慢したままっていうのも嫌だ」
隻眼の猫が前傾姿勢になり、大きく威嚇の声をあげた。
優紀は視線を合わせて、思いが通じるように見つめ合う。
対し猫は、爪を伸ばし、優紀を攻撃せんと右の前脚を突き出した。
咄嗟に出した小さなシールドで防ぐも、続く左前脚の打撃に間に合わない。
見事に殴られ、意識がとぶ。地面に叩きつけられて、意識が戻ってくる。
「う、う……」
血と土に服と顔を汚しながらも立ち上がり、もう一度語りかける。
「お願い。どうしたらいいかなんて全然わからないけど、どうしたいかは決めたんだ。全部守りたい……ううん。全部守り抜く! そのために、やらなきゃいけないことがあるんだ。だから、僕を解放して」
次に優紀の正面にやってきたのは熊だ。無防備な優紀を気絶させんと、その剛腕を、優紀の頭に、振り下ろす!
これを優紀は再びシールドで防いだ。ガンッ! と音を立てて止まる一撃。しかし熊は諦めず、シールドに力を加えていく。
今更ながらに、優紀は自分の能力に不満を持った。
反応さえできれば、優紀のシールドは熊の攻撃をも防ぐことができる。発動さえ間に合えば、防御成功率は現在のところ百パーセント。だがしかし、それだけだ。
攻撃手段がまったくない。
反撃しようにもできないのだ。これでは逃走の隙が作れない。
最中、熊は足蹴りを繰り出した。見事に優紀の腹に入り、蹴り飛ばす。
あまりの威力に優紀の意識がとびかけた。背中から木の幹にぶつかり、痛みが意識を引き戻す。背中の筋肉に違和感を覚えた次の瞬間、強烈に身体が捻じ曲がる苦痛が全身の骨に響き渡った。
「あ……が……が……ぐぅ……!」
どうやらまずいダメージの受け方をしてしまったらしいと、全身が脂汗を吹き出して警告する。一方、サイコオーラが全身を治すべく効力を発揮。
優紀はボロボロと涙を流して、壊れた全身が治っていくのを耐えきるしかなかった。
やがて足は地面に投げ出し、両腕はだらりと垂らし、手の甲は地面につく。
サイコオーラが重傷を治し切ったのだ。しかし、粉々に砕けた心は治せない。
一命を取り留めた優紀の周りに、暴獣たちが集まってくる。
ふと、優紀は思い出した。
マリヤと初めて会った時が、まさに今のような状況だった。木に背をあてて地面に座り込んでおり、目の前には化物。今回は、それが複数だ。
あれから途方もなく長い時間が経ったと思えるが、実際のところは二十数時間程度しか経っていない。
そう思い返すと、もうすべてが嫌になりそうだ。
サイコアーツは戦いに向かず、防御特化の能力のわりに満身創痍。心も精神も意思も決意も、ひどくやつれている。
「…………もういいや」
言って、優紀は顔を上げた。
昨日は続いて、なんと言ったのだったか。忘れてしまった。
熊と目が合う。人質としての役割がある以上、まさか殺されないだろうが……気絶させた方が楽だと考えているに違いない。
――ああ、思い出した。昨日のこのシチュエーション。
と、優紀の頬が緩む。その笑顔をなんと受け取ったのか、熊が腕を引いた。
攻撃の、予備動作。
ゴゥ、と耳に届いたのは、熊の剛腕が唸る音。
優紀は歯を食いしばった。
もう二度と、諦めないと決めたはずだ。
後悔なんてしたくないと、死ぬより辛いほど感じたはずだ。
だったらあとは――!
紅色の壁が、目の前に出現する。鈍い衝撃音を強く立てて、熊の拳を受け止めた。
受け止めて、そして。
「死ぬより前に諦めてたまるかァ――――!」
優紀の叫びに合わせ、シールドが熊の腕を跳ね返した。まるで、衝撃を反転したかのように力強く。
その威力は、熊の身体が浮き上がるほど。宙でぐるりと回転し、仰向けに地に落ちた。
静まり返った空間で、優紀は冷静に驚いた。
サイコアーツ《シールドカウンター》――開眼。
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