第29話 美空VS永和
カチコチと音を立て、氷の道が広がっていく。それをなぞるように、氷のスケートシューズで滑走する美空。
氷で作った警棒を持ち、永和に迫る。刹那、美空は死を感じて綺麗に身体を仰け反らせた。目の前で空を切ったのは、黒く細い、鞭のようなそれ。
永和の横をすり抜け距離を取り、振り返る。しかし永和はその場から動いていないようだった。先ほどの攻撃の正体も不明だ。
近距離戦は負ける。確信に近い予感を覚えて手を伸ばした。
永和が目を見張る。美空の手から氷の警棒がなくなっていたことに気づいたのだ。
すれ違いざま、永和の足元に落としておいた氷の警棒を変化させ、永和の足を凍りつかせる。
右手の人さし指を永和に向け、親指を立てて顔の前に。小指と薬指をぎゅっと曲げつつ中指は緩く曲げておく。左手は右手の下に添えて、自身と親指と標的を一列に揃える。
そんな指鉄砲の構えから、トリガーに見立てた中指を折り込めば、人差し指から氷の弾丸が射出された。
九ミリ口径の一撃は、瞬く間に永和の左肩に着弾。
「が……ぁ……!」
永和を強く仰け反らせ、着弾箇所を中心に分厚い氷が展開、永和を飲み込んでいく。
永和は即座に暴れた。自由な右手で広がる氷を砕き、凍りついた左半身は関節を強引に曲げて壊していく。
凍りかけた背中から翼を生やして難を凌ぐと、土煙をあげて舞い上がった。
逃がさない。
指鉄砲の構えを解き、腕を薙ぐ。拳大の氷の塊がニ十個ほど、歪な形で美空の周囲に出現。永和を撃ち落とさんと発射された。
永和を追いかけながらもう一度、さらにもう一度。五十を越える数の氷塊が舞う。
木々の隙間を縫い、際どくも全弾回避する永和と、美空の視線がぶつかり合う。
刹那、美空は永和の腕が動くのを見た。
氷の壁を展開。投げられたのは木の枝だ。どうやら、逃げ回りながら投擲物を集めていたらしい。永和は美空の周囲を旋回し、再び物を投げてきた。
投擲に合わせ、氷の壁を張る。
枝に混じって投げられた石が氷壁を貫通し、美空の頬をかすめた。
「くっ」
埒が明かない。一か八かだ。
濃密な吹雪。真っ白な雪の嵐をドーム状に広げていく。
投擲物ならこの雪と風の壁には無力。
もし飛び込んで来ようものなら雪だるま。――防御を目的とした吹雪の領域である。
そう身構えること一秒、二秒。
三秒。なにもない……まさか逃げたか!?
吹雪の領域はそのままに、美空は外へ飛び出す。
永和の姿がない――違う後ろかッ!
振り返った美空が目にしたのは、大迫力で倒れてくる巨木の一撃。
そばの木々の枝葉を巻き込み、容易く吹雪の領域を叩き潰した。
バキパキボキパキと壮快な音を響かせて、純白の雪が汚い土煙と混ざり霧散していく。
どうやら永和は、三メートルはある近くの巨木を美空の方にへし折ったらしい。
「危ないじゃない」
「勘のいいやつ」
永和は両腕を大きく広げて、凍てついた巨木に両手を添える。凍った枝葉の立てる激しい掠れ音が、彼女の腕力の強さを奏でた。歯を食いしばり、巨木を持ち上げたのだ。
いくらサイコオーラで強化されていようと、あれほどの力は出せないはず。
ならばそれこそが、永和固有のアーツか。永和の額から突き出た二つの角が、彼女の怪力のシンボルなのだろう。
再び振り下ろされる巨木。立派に広がる枝葉が、左右への回避を許さない。なら。
美空は突撃を選んだ。今の永和は隙だらけ。
スケート走法で滑り込み、氷の警棒を用意。それを永和の胴体めがけ叩きつける!
「っ!?」
刹那、美空の瞳は確かに捉えた。永和の腰の後ろから突如伸びた黒く細いそれが、氷の警棒を叩き割ったのだ。
黒猫のような尻尾である。
ひゅん、と空気を斬り裂いて、美空の腕に鞭を打つ。その威力はすさまじく、美空の身体がはね飛ばされるほどだ。
肩から木に叩きつけられる。
「がはっ……! くぅッ!」
すぐさま反転、吹雪を広範囲に展開。
永和は翼を羽ばたかせ、上空へ避難。美空は吹雪を止めて思案に耽る。
ここまでの戦闘からして、永和は遠距離攻撃が苦手だ。せいぜい、怪力を活かして物を投げつけるくらいだろう。なら、近接戦闘を仕掛ければもう一度受けてくれるはず。
「死なないでよね」
美空は勝手に祈りながら、全身を猛吹雪で包み込む。そのまましゃがむと、自身を押し上げるように氷の塔をせり上がらせた!
勢いをつけて、美空はジャンプ。凍ったポニーテールが白い残影を創り出す。
対する永和は、美空の望み通りに急降下。短い髪と長い尻尾をたなびかせ、シンプルに右ストレートを振り下ろした。
美空の纏う吹雪に永和の拳が飲み込まれた刹那、吹雪はそのまま凍てついた。一方勢いは永和に分があり、両者はくっついたまま地面へと落下していく。
美空は自身共々永和を凍りつかせ、自爆覚悟で墜落しようと画策していたのだ。
氷がピキピキとひび割れていく。中にいる永和が必死に暴れているわけだが、美空の全力の氷結能力がそれを許さない。
風切り音をあげながら、墜落。
舞い上がった氷の粒と土煙の中から、一人分の影が飛び出した。その人影は地面に足を滑らせて停止。自身に纏わりついた土煙を振り払う。
氷のポニーテールが空を切った。美空だ。美空は顔の前で両手を構え、強く、手の平を合わせる。パン、と手を鳴らせば、全身から濃密な吹雪の風が発生した。
永和を包むように凝縮する吹雪。瞬間、厚い雪の塊の表面だけが氷になり、永和をきつく閉じ込めるドームを形作った。
美空は再び手を鳴らす。また吹雪が美空から永和へ流れ、永和を封印する雪の層と氷壁の層が追加。美空は三度、手を鳴らした。
こうして三重の氷雪ドームを作った美空は、右耳に手を当てる。
「清麗から……名人へ……ッ」
息も絶え絶え、無線を送った。ちなみにSACTの無線用の呼び名は将棋の駒とタイトルの名称を使用している。美空が『清麗』で『名人』は園原だ。
『こちら名人。無事かどうぞ?』
呼吸を整え、返事をした。
「無事です。皆さんはご無事ですかどうぞ」
『だからおれたちをなめるなと言っただろう、と言いたいところだが、ギリギリだ。やたらでかいカラスが乱入してきた時はどうなるかと思った。ま、追い払ったけどなどうぞ』
無線の向こうから、『向こうが勝手に引いた、の間違いでは』と生真面目な声が聞こえたと思ったら、その人物の『いてっ』という悲鳴がかすかに聞こえた。
「ふっ、無事ならなによりです。こちら、対象、捕まえましたどうぞ」
『本当か!?』
「はい。ただ、拘束を解いたら手が負えません。できる限り早く応援に来て頂けると助かりますどうぞ」
『名人了解。三分で向かうそれまで持たせろどうぞ』
「お願いします、以上通信終わり」
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