第28話 サイコストーン同時併用

 一方その頃、SACTは株式会社シンセンのトラックに半分の人員を残し、残りの十人で森の中を移動していた。

「さぁて……どうしたものかしらね!」

 美空はSACTの第一班のメンバーである。仲間たちはいずれも、対テロ戦闘のスペシャリスト集団。リーダーは警視庁での勤務経験もある園原だ。

 そんな美空たちの前に立ちはだかるのは、気性の荒い野生動物たちの一団。もちろんいずれも暴獣化個体であり、ネズミ三匹、犬一頭、イノシシ二頭という組み合わせ。

 もちろん、園原たちだって本気を出せば蹂躙できるだけの実力を持っている。だがそれは、銃撃音を轟かせることを意味した。

 即ち、無限に敵を寄せつけては倒し続けなければならない地獄の無限ループを覚悟しなければならない。

 かといって、美空一人で相手するには、六体はさすがに多すぎる。

「行け、美空」

「おれたちをなめるんじゃない。それに、弟君を救出するんだろう?」

 言うが早いか、園原は拳銃をイノシシの片方に向かってぶっ放した。

 イノシシはなんと弾道を見極め、横へ跳ねてかわすなどという芸当を見せつけてくる。

 発砲音を合図に開戦。ネズミ三匹が散開し、犬がまっすぐ突っ込んできた。

「行け、美空!」

 他の仲間たちも頼もしげに頷いてくれる。

「はい!」

 美空の動きは早かった。低く跳ねると同時、両脚に意識を集中。足の裏にスケートシューズのようなブレードを、氷で形作る。あとは冷気で地面を凍らせ、着地と同時に勢いよく滑り出す。

 進行方向に向けて地面が凍てつき、滑らかな氷が伸びていく。

 行く手を阻もうとしたイノシシはしかし、華麗に飛び跳ねた美空に牙が届かない。

 空中に氷の下り坂を描き、右足を乗せた。さらに増すスピード。

「ここはお願いします!」

 仲間たちに一言残して、美空は一気に猛進していく。白く凍りついたポニーテールからこぼれる冷気が線を描いた。

 抜群の機動力。その速度は、暴獣たちが即座に追うのを諦めるほどである。


***


 バサバサとカラスの暴獣が一羽飛んできて、熊の頭の上に留まった。

「ガァー」

「……先に来たのはSACTの方? うん、ありがと」

 永和がカラスにそう声をかけると、カラスは一声鳴いて永和の膝上に着地する。カラスが大きいのか永和が小さいのか、優紀の視界から永和の上半身が見えなくなった。

「監視役なんだから監視に徹底してほしいところだけど……そこまで言うなら」

 永和はどこからかサイコストーンを二つ取り出した。一つをカラスに飲ませ、もう一つを握りしめる。すぐに永和はその手にサイコオーラを纏い、カラスの頭に乗せた。

「お願いサイコストーン、私に力を貸して……!」

 同時、永和の拳の中でパキリと固い物が砕ける音。すると、永和が苦痛に悶える。

「あああああッ!」

「常磐さん!? 常磐さんッ!」

 立ち上がった優紀の目の前、カラスの全身がドクンと脈動。

 その輪郭が、膨らみ始めた。元より逞しかった翼が特に著しく巨大化し、もはや悪魔と呼ぶにふさわしい形になる。

「ガガァ――アアッ!」

 空気が震えるほどの威圧感。永和と優紀の二人を除けば、動じなかったのは熊と猫の二体だけ。他の個体は、震えて恐怖を抑えられずにいる。

 めきめきと音を立て、嘴が一回り大きく、その先端がより鋭利になったところで、カラスの変化は終了した。

 ゆっくりと永和の拳が開き、地面に粉々になったサイコストーンが散っていく。額から滲んだ大粒の汗が、地面を濡らした。

「ふう……ふぅ……。はぁ――――」

 永和の呼吸が落ち着いていく。それを見届けて、優紀は遠慮がちに尋ねた。

「やっぱり、この暴獣たちは」

「……うん。私のサイコアーツ。サイコストーンに祈りを捧げると、砕ける代わりにより強力なサイコアーツが発現するみたいなの」

 暴獣を無制限に生み出す能力は、サイコアーツの中でも明らかに規格外だ。

 それを可能としているカラクリが、複数のサイコストーンの同時併用なのだろう。となれば、時折テレビで見かけた暴獣たちは、サイコストーンを集めるために動いていたとみて間違いない。……事実、初めて優紀を襲った野犬も、サイコストーンを咥えていたのだから。

「そういうことだったんだね……」

 カラスは脚の力だけで高く飛び、翼を一度羽ばたかせるだけで木をも超えた。そのままどこかへ飛んでいく。

「おすすめはしないよ。これ、死にそうなくらい苦しくなるから」

 そう言って、永和は立ち上がる。

 優紀もつられて立ち上がりながら、再び問いかけた。

「このあとは、どうするの?」

「SACTの隊員一人捕まえて、宮藤龍馬さんの居場所を吐かせる。本当なら、田中君のスマホで電話かけてた」

「な、なるほど……」

 永和にキッと睨まれる。その口から「感心している場合?」と苛立ちの声。

 ここまでされておきながら、不思議と優紀には永和を敵だと思うことができなかった。

 優紀自身、そこを疑問に感じている。

 なぜだろうと自問してみても、答えはでてこない。

 永和の穏やかな人柄を知っているから? 永和に惚れているから?

 浮かんだ選択肢は、どれも自分の奥底の感情にしっくりと嵌らない。もやもやとした変な感覚が、心の隅から膨らんでいく。

 言葉を探して腕を組もうとしたその刹那、一気に空気が張り詰めた。

 暴獣たちが同じ方を向き、優紀は咄嗟にサイコオーラを着装する。

 森の木々よりも上から、ものすごい速度で襲いかかってくるその人を見て、優紀はシールドを展開した。

 永和に奇襲をかけるべく襲いかかってきた美空を、シールドで防いだのだ。

「なっ――!? 優紀、どうしてッ!?」

「田中君……なんで……っ」

 着地した美空は、周囲一メートルに強烈な冷気の空間を発生させて、優紀を睨む。

 左右を熊と猫に挟まれながら、それでも優紀に向けて叫んだ。

「まさか優紀、アンタ! オーラ纏えるくせに状況わかってないの!? そんなに頭悪かったの!?」

 優紀はむっと口をとがらせるも、反論はしない。

 状況は分かっている。先ほどは敵対した美空だが、その目的は脱走した永和の捕獲と、なによりも父の龍馬を守るために戦っているのだろう。今この瞬間に限って言えば、人質に取られた優紀を奪還しに来たのである。

 理屈で考えれば、なんの疑問もなく永和・暴獣たちVS優紀・美空という構図になる。そこは優紀自身、シールドを出すより前にわかっていた。

「でも、不思議と納得がいかないんだ」

「は? あんた一人の納得がどうこうなんて、関係ないのよ。もはや事態はとっくにそんなレベルじゃなくなっているのよ?」

 美空は正論をぶつけ、視線を散らす。敵の数、強さ。そういうのを測っているらしい。

「個人的にって意味じゃないよ。そうじゃないけど……なんて言えばいいのかわからないんだけど…………」

 サイコオーラで思考が活性化されるとはいえ、それは結局優紀の脳みそだ。オーラを纏っただけで語彙が豊富になるわけではない。見聞きしたことのない言葉や習っていない公式が勝手に出てくるわけがない。

 それでも言葉を捻り出そうとする優紀。暴獣たちを気にしつつ、優紀の答えを待ってくれる美空。

 黙っていなかったのは、永和だった。

「みんな、優紀君を連れてここは引いて。あの人とは、私が戦うから」

 ネズミたちは信じられないというようにいっせいに永和を見る。

 ここですかさず動いたのは、熊と猫の暴獣。

 目にも留まらぬ速さで猫が優紀の後ろに回り込み、優紀のジャケットの後ろを大きな口で咥える。

 熊が美空を警戒しながら、優紀と猫を庇うように近づき……猫から優紀を取り上げて、がっちりと抱き込んだ。

 優紀の身体に痛みはない。獣臭さと、むさくるしさに包み込まれるだけ。

「ニィャァ」

 猫がゆっくりとそう言うと、まるで指示を受けた部下のようにネズミたちも動き出す。

「チッ……あの二体、ずいぶん厄介そうね」

 美空が睨むのは、まさに猫と熊の個体だ。永和はどこか辛そうに答えた。

「私のサイコアーツを重ね掛けした、特に強い子たちだから」

 そう言って、永和の額から角が生える。厳密には、そう見えるようにサイコアーツが形作る。

 今にも二人の戦闘が始まりそうだ。なんとしてでも止めなければ、と優紀はがむしゃらにもがくが、熊の拘束はまったく解ける気がしない。

 結局抵抗できないまま、優紀は暴獣たちの群れに運ばれ続けるのだった。

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