第24話 新たな目標

 優紀は深く頷いて、天井のカメラに目を向ける。

「父さんと姉さんのこと、ちゃんと知りたいんです。五年前は、なにもできずに、なにも知らずに、終わってしまったから……」

 しぼんでいく声を自覚して、息を吸う。

「父さんがサイコストーンのことを知って旧辻見堂医院を買い取ったのは五年前、それから父さんは家族にも内緒でサイコストーンの研究を始めた……これ、合ってますよね?」

『証拠がないから頷けん。ただ、現状おれの想像する仮説はその通りだ』

「だとすれば、離婚の原因もそこにあると思うんです。母さんとうまくいかなくなったからじゃない、仕事の都合でやむを得ず……。そう考えると母さんがなにも言わないのも説明がつきます。説明はつきますが……そんなの、いやです。納得できません」

 優紀は真剣な眼差しで思いのたけを打ち明けた。

「だからちゃんと、父さんや姉さんと話し合いたいんです。姉さんがSACTに入った理由も気になるし……。父さんや姉さんに近づくために。そして元の家族に戻るために。SETにいれば、できるかなって思ったんです。それが、皆さんの仲間になりたい、僕の理由です」

 沈黙がこの場を支配する。

 それから最初に動いたのは穂乃花だった。おもむろに立ち上がり、歩き出したかと思えば、熟睡していた将をげしっと蹴り飛ばす。

「いってぇ!?」

「お兄ちゃん起きてください。優紀先輩が正式に仲間になりました」

「マジかよ!?」

『大マジだ。お前、間が悪いにもほどがあるだろ……』

 マリヤは大きく咳払いして、優紀に微笑みかけた。

「こんなあたしたちだけど……よろしくね?」

「はい!」

 こうして優紀のSET加入が確定し、話は次へ進む。

『さて、常磐さん。今度は君から、色々と話を聞かせてもらいたい。というのも、野生動物の暴獣化現象……この原因解明と対策が現在のおれたちのミッションだ。ぶっちゃけ、優紀君や常磐さんを助けたのはついでに近い』

「言い方」

 将のツッコミを無視して文雄は続ける。

『はっきりいってしまえば、どんな手掛かりでも欲しいのだよ。そこでこの一晩、暴獣化した野生動物たちと過ごした君から、できる限りの情報を得たい。そう思っている』

「な、なるほど……」

『嫌なことを思い出させて悪いが、こと詳細に教えてくれないかね?』

「そう言われましても」

 永和はどこから話せばいいのか悩んでいるようだった。すかさず、穂乃花がキーボードを慣れた手つきで叩き始める。すぐに目的の画面を表示して、遠慮がちに永和に向けた。

「その……この点滅する光はすべて、わたしたちが暴獣に仕掛けた発信機です」

「発信機!? それも、こんな……!」

 驚く永和と共に、優紀もパソコンを覗き込む。その数は軽く二十を越え、そのだいたいがこの辺りに集まっていた。

 穂乃花が説明する。

「この間までは、もう少し分布図もばらばらだったんです。ですが、昨日今日になって突然集まり始めました。おそらくは、この異常現象が第二段階に移ったと考えていいはずです」

「…………っ」

 永和がぶるりと身体を震わせた。きっとこの一晩怖い思いをした分、穂乃花の話から受ける恐怖が強いのだろうと、優紀は深読みする。

 穂乃花の説明をマリヤが引き継いだ。

「だから急がないとなんだ。昨日の二人への襲撃を皮切りに、民間人に被害が出るかもしれないことを考えると、悠長にはしていられないからね」

「で、でも、なんて説明したらいいか」

 狼狽する永和に対し、マリヤはにこりと微笑んだ。

「じゃ、質問するから答えてよ。常磐さんは優紀君と別々になった後、どうしてあの場に移動したのかな?」

 永和の視線が忙しなく左右に揺れる。

「熊とネズミの群れに囲まれて、熊の背中に乗せられて……それで」

「なるほど。おそらく暴獣たちの中に連絡係のような存在がいたと思うけど、心当たりは?」

「うーん……カラスや鳩なら何羽もどこかへ行ったり戻ってきたりしたけど……」

 ――問答を繰り返していくうちに、穂乃花の顔色がどんどん悪くなっていく。

 それにマリヤが気づいて、事情聴取を中断した。

「穂乃花ちゃん。どうしたの?」

 問われ、穂乃花は力ない笑みを浮かべる。

「聞けば聞くほど、そこが知れないと思いまして」

 サイコホルダーに引けを取らない個々の戦力。その個体数。高度なチームワークに発達した知能。

 畏怖すべき点を挙げた穂乃花は、対する自分たちの状況を羅列した。

「自衛隊がなにを考えているかわからない以上、こちらの戦力は優紀先輩含めても四人しかいません。暴獣たちを元に戻す方法はおろか、暴獣化する原因すら不明ですからね。打開策がまったく見えません」

 黙り込むマリヤたち。

 この二日間、捜査の最前線に関わってきた優紀も、薄々この野生動物暴獣化現象の裏に何者かの意思が働いていることが感じ取れるようになってきた。

 裏で誰か、人間が糸を引いている……そう考えるようになってきたのだ。

 そういった内容をマリヤたちから直接聞いたことはないが、それでも空気から伝わってくる。マリヤたちもとっくに優紀と同じところまで考えが回っており……だからこそ、自分たちで捜査しているのだ。

「ところで」

 それはそれとして、優紀にはずっと、気にしていることがあった。

 だから、話が途切れたこのタイミングで、永和に訊ねる。

「常磐さん。ちょっといいかな」

「……? なに?」

「実は昨日、図書館の館長さんに会ったんだ。そして、置手紙を、預かった」

 永和の目が丸くなる。その反応を見て、まだ倉林の正体や退職したことについては伝えない方がいいだろうな、と優紀は思った。

「ごめんなさい。手紙を受け取った時は、状況が状況だったから……」

 頭を下げたまま、尋ねる。

「あの時。暴獣から襲撃を受ける、その直前。常磐さん、すごく大切そうなこと、僕に言いかけてたよね」

「あ……うん」

 優紀は言いながら思い出していた。暴獣たちの雄叫びに紛れた――「私には――な人がいる」――という言葉。

 そして、手紙に書かれた、デートの日を『自分の運命と戦う日』という一文。

 この二つは関係しているのだろうか。その真意は、いったいなんなのだろうか。

「教えてほしいんだ。あの時なんて言おうとしていたのか……。常磐さんの現状を知った今、とても気になって」

 永和と離れ離れになってからというもの、二度も三度も無知の自分が嫌になった。これ以上、なにも知らない自分でいたくない。その思いが言霊になって、永和に迫る。

 ただ、永和だってそう簡単に語れる内容ではないだろう。

 なにせ勝手に置手紙を読まれて、ましてや暴獣たちと一夜を過ごす羽目になったのだ。落ち着いて自身の深いところを話せる精神状態とは程遠い。

 優紀自身、心のどこかで焦りすぎた質問だ、とは自覚していた。それでも、尋ねずにはいられなかった。

 永和に視線を逸らされて、早まったな、と後悔する。もっとも思うところがあったのは永和も同じだったのだろう、すぐに視線は再び交錯した。

 そして永和が口を開いた、その瞬間。

 無粋な拡声器の音声が、優紀たちの耳に大音量で届く。

『前を走るトラック! 止まりなさい!』

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