第23話 スカウトの答え
ぐったりとした空気が、ハクチョウ引越センタートラックの荷室に充満する。
「あー……ヤバかった」
床にだらしなく寝転がった将の感想に、そのそばでへたり込む優紀が力なく頷いた。
一方ソファでは、マリヤが穂乃花の肩に手を置く。
「ありがと、助かったよ」
「ホント危ないところでしたよ。最悪ドローン囮にすべきかとも思いましたもん」
『それはダメだ。いくらしたと思ってるんだ』
「室長ー! けちけちしすぎ!」
「マリヤ先輩シー!」
「あ、ごめんごめん」
苦笑して、マリヤはテーブルを挟んだ反対側のソファを見やる。
そこで毛布を掛けられて寝ているのは、ボブカットの小柄な女の子。常磐永和だ。
「正直、もっとひどい怪我をしているものだと覚悟していたけど……」
マリヤの呟きに、穂乃花が安堵の頷きを返す。
「はい。脱水症状が心配ですが、それだって軽微なものでしょう」
床に座ったまま、優紀は永和の横顔を見て微笑んだ。
「生きててよかった……常磐さん」
すると、女子二人がここぞとばかりに動き出す。まず、優紀の両脇を挟むように移動した。次に、それぞれが優紀の肩に手を乗せる。
「助けたんだし、もう聞いていいよね。優紀君?」
「優紀先輩って、彼女のどこに惚れたんですか?」
にやにやにやにや。優紀がドン引くくらいには、女子二人の表情が活き活きしていた。
昨晩図書館の館長から渡された、永和の書いた置手紙。状況が状況だけに、マリヤも穂乃花ももちろん目を通している。
さすがに優紀の精神が参っているところに乙女的好奇心を全開にする二人ではなかったが、永和を救出したら『今日、田中君に告白されました』の部分を根掘り葉掘り追及しようと、密かに燃えていたようだ。
「このこのー。散々彼女のことを友達って言ってたけどあれは照れ隠しなのかなー?」
「顔真っ赤にしちゃって、可愛いですね優紀先輩」
マリヤの肘が優紀をつつき、穂乃花の挑発的な笑みがすぐそばに迫る。
あれからまだ丸一日と経ってないとはいえ、命がけの行動を共にしてきた間柄だ。距離が近くなるのも無理はない。
もちろんそれは、そんなことを知らない人からすれば、見方も変わる。
「ふうん……。田中君って、意外とモテるんだ……」
永和が、目を覚ましていた。いつの間にか、上半身を起こしていた。
どこか不機嫌そうに唇を尖らせて、不満そうな眼差しを優紀に向ける。
「あっ、いや、これは……!」
たじろぐ優紀は、自分で弁解するどころか、左右にいるマリヤと穂乃花に視線を投げてしまう。
小悪魔二人がこんなにおいしい状況をなにもせず手放すわけはなかったが、残念ながら二人の興は――。
「ぐがぁぁ……ふんぐっ!」
――寝落ちしていた将のいびきによって、完全に削がれた。
荷室の中、優紀は永和と並んでソファに座り、向かいに座るマリヤと穂乃花を腕で示していく。
「こちら、船橋マリヤさん。お隣が穂坂穂乃花ちゃん。で、このトラックを運転しているのが来嶋文雄さんって人で、警察庁……なんだっけ? とにかく、僕らを助けてくれた人たちだよ」
すかさず、マリヤと穂乃花が永和に会釈した。
「警察庁じゃなくて警視庁ね。はじめまして、常磐永和さん。警視庁超常事件対策官室の船橋マリヤです。ちなみに本業は女子高生だから。よろしくね」
「お、同じく穂坂穂乃花です。ナチュラルに除外されましたが、床で寝転がっているのがわたしのお兄ちゃんです」
穂乃花は緊張しながらお辞儀する。
「いや除外したつもりじゃ……。名前は穂坂将、この人たちの仲間だよ」
タイミングよく、将がスポーツ刈りの頭をかいた。しかし、寝相のようだ。
永和はおずおずと会釈を返す。
「常磐永和です……。この度は、助けてくださり、ありがとうございました」
マリヤたちがどういたしましてと答えたところで、文雄も混ざってきた。
『スピーカー越しにすまない。おれが室長の来嶋文雄だ。君にはこの後色々話を聞かせてもらうつもりだが、その前に優紀君』
「はい」
『答えは決まったかね』
不明瞭な問いかけはしかし、なんの齟齬もなく理解できた。
「はい。僕なんかでよければ……。ぜひ仲間にしてください」
この回答には、マリヤも穂乃花も、なんなら言い出しっぺの文雄さえ驚く。
明らかに普通じゃない空気に、永和は優紀の袖をつまんで尋ねた。
「えっと、どういう……」
「僕も、SETに――警視庁超常事件対策官室の一員に、なることにしたんだよ」
優紀はちょっと得意げになって、サイコオーラを着装する。腕を伸ばして、紅色のシールドを広げた。
これには永和が目を見開く。
「それ……!」
「サイコオーラとサイコアーツっていうんだって」
「な、なんで田中君がそれ……!?」
ポカンとする永和を放置し、文雄が確認の質問をした。
『スカウトしたおれが聞くのもなんだが……決意の理由を、訊いてもいいか?』
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