第21話 永和救出作戦(前)
肌にスルスルと生地をこすらせ、アサルトスーツを着る。重みのある分厚いチョッキを身につけて、しっかりと固定した。その左胸には面ファスナーのループが五角形に貼りつけられている。
「これ、優紀先輩の分です」
「ありがとう」
穂乃花から受け取ったのは、拳に収まるほど小さな五角形のワッペン。中心にサイコストーンと小型発信機が埋め込まれており、アルファベット『S』を意匠としたデザインが施されていた。
マリヤの指輪、将のリストバンド、穂乃花の眼鏡同様、サイコストーンを装備するためのアイテムだ。
ワッペンの裏面は面ファスナーのフックになっている。それをチョッキの胸元に貼りつけた。
対テロ装備であれば、銃弾から頭部を守るためのヘルメットもあるのだが、これは被らない。五感を抑えるデメリットが響くからだ。
「さ、準備はいいね?」
マリヤの呼びかけを聞いて、優紀は机の上に置いてある紙をチラリと見やる。
昨晩、図書館の館長から預かった置手紙だ。
見慣れた永和の字で、次のようなことが書かれている。一行目に書かれた『奈々さん』とは、倉林の下の名前だった。つまり、優紀に宛てた手紙ではない。
『奈々さんへ。
突然のお手紙、ごめんなさい。
去年、奈々さんに助けていただいた日のこと、今でも鮮明に憶えています。
なにも説明しない私を「昔の自分のようだ」と言っていましたね。そして「再び前を向けるならどれだけ時間がかかってもいい」とも……。
今日、田中君に告白されました。毎日のように図書館に来てくれる、田中優紀君です。
前を向きたいなって、思いました。
このままじゃ、天国にいるお母さんに顔向けできない……。そんな気がして。
だから、未練に終止符を打ちたいんです。過去の私に決着をつけたいんです。
自分の運命と戦う日が、やっと来ました。なので、行ってきます。
もしかしたら帰ってこられなくなるかもしれませんが、お手紙くらいは、きっと書きますから。
今までお世話になりました。勝手にいなくなってごめんなさい。
図書館の皆さんには、改めて謝罪させてもらいますので。ご迷惑おかけします。
PS。ちゃんと野菜も食べてくださいね? 常磐永和より』
これを最初に読んだ時、まったく意味が分からなかった。
永和がこれを書いていた時は、翌日に優紀とのデートを控えていたはずだ。それがどうして、彼女の運命と戦うことになる?
もしも、永和の過去に隠された未練を知っていたならば、この疑問はすぐに解消されたかもしれないのに……。
この一年、如何に自分が臆病者だったのか、優紀はひどく思い知らされた。
でも。
もう諦めないと、決めていたのだ。告白をした、あの日から!
だから。
「準備、できました。今度こそ、見つけ出します!」
「まあ位置はとっくに穂乃花が特定しているけどな」
「お兄ちゃんッ」
防護服越しに穂乃花の肘鉄が入り、将がむせ返る。
「ちゃんと締めるのは無事に救出してからだね。さあ行こう!」
ユルい三人の独特な雰囲気に呑まれつつ、優紀はハクチョウ引越センタートラックから飛び出した。
木々の隙間から、朝陽が照りつけている。
『そろそろ見えてくるはずですよ。十分警戒してください』
インカムから穂乃花の声が聞こえて、優紀は「了解」と答えた。
穂乃花は今回も荷室待機だ。ドローンの映像と、暴獣たちにつけられた発信機、そして優紀たちのサイコストーン装備に仕込まれたGPSを参照しつつ、こうして無線で指示を飛ばしている。
ちなみに、昨日からずっと飛ばしていた穂乃花特製ドローンは、今もなお永和はもちろん暴獣たちにも気づかれることなく、木の枝の隙間に潜んでいるという。
一度対象を捕捉し、穂乃花のパソコンでロックオンすれば、あとはこれまた穂乃花特製自動追尾AIプログラムによって、勝手に追いかけてくれるのだそうだ。
「いた」
先頭を歩いていたマリヤが立ち止まる。マリヤの視線から敵の位置を判断しつつ、草木に隠れて優紀も目視した。
サイコオーラによって強化された視力は、ちょっとした望遠鏡代わりになるらしい。距離にして五十メートル以上先の岩の上に、永和の姿を捕捉した。
「トラックの中で見たドローンの映像とほとんど一緒だね」
「じゃ、作戦に変更なしか。チャンスは一回。用意はいいな?」
「……はい」
優紀は短く深呼吸。目を閉じ、開けて、ゆっくり息を吐く。
マリヤが刀を創り出した。小さく風を切る音と共に、刀を大きく空へ投げ飛ばす。
矢のように、ロケットのように、刀は猛進。山なりの軌道を描いて目指す先は、永和たちのいるところを大きく跳び越えたはるか遠く。
将が指を突き上げた。示す先は怪物たちの真上、日が昇り始めたばかりの澄んだ青空。マリヤの刀の進行方向。
暴獣たちの直上何十メートルという高さを、刀はまっすぐ飛び越える。
刀が将の指の延長線上に到達すると、突然ブルリと震え――雷光が明滅!
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