第20話 報告会
いよいよ時刻は夜七時を回り、完全に夜の帳が空を支配し始める。
ハクチョウ引越センタートラックに乗り込んだ優紀と将は、まずマリヤと文雄の捜査結果から聞くことになった。
「……というわけで、旧辻見堂医院を五年前に買い取ったのは、宮藤龍馬さんで確定さ」
「父さんが?」
「うん。目的は不確定。玉枝さん自身、残された病院を持て余していて、買い取られる理由なんて二の次……みたいな雰囲気を感じたよ」
「ま、そんなトコだろう、とは薄々思っちゃいたぜ」
将が肩を竦め、マリヤが頷く。
「というわけで、穂乃花ちゃんにお願いしたよ」
「はーい」
なんとも投げやりな返事。疲労の濃さが感じられるが、それ以上に現在の作業に意識を割かれているようだ。事実、手と目はパソコンにつきっきりで、右手でキーボードを叩きながら、左手でゲームコントローラーを半分にしたような機械を握っていた。
その見たことのない機械には、いくつかのボタンとスティックが一つ、ついている。
「すみません、マリヤ先輩。結果から言えば不十分です。さすがにこの場で洗える防衛省の人事データとなると、公表されている分しか……」
「あ? 人事データだ?」
訝しげな将の問いかけに、穂乃花は画面から目を離さずに答えた。
「そうです。公開されている幹部名簿に限った話で言えば、優紀先輩のお父さんは、防衛政策局長という役職を五年前まで務めて、それ以降は幹部名簿から名前を消しています」
それを聞いて、優紀は首を傾げた。
「えっと……ごめんなさい、まったく話の流れがわからない……」
しゅん、と俯く優紀に、マリヤが微笑みかける。
「ならサイコオーラを出してみるといいよ。あれ、頭の回転もよくしてくれるから」
「万能なんですね……」
言われて優紀は全身に薄紅色の光を纏う。
「なるほどな。よーするに、マリヤはこう言いたいんだろう?」
優紀の隣で、将が一本、指を立てた。
「優紀の親父さんは、五年前にサイコストーンの放つサイコオーラの存在に気づき、極秘裏に解明するよう命じられた。その研究をするために、それも非公式に行うために、旧辻見堂医院を買い取りそこでサイコストーンの研究を始めた」
「そ。それが正解かどうかを確かめる証拠探しを、穂乃花ちゃんにお願いしたってわけ」
「言われてみりゃ、遠回しな状況証拠だけなら、色々弱いが揃ってはいるな……」
優紀は一拍遅れて頷く。
「じゃあ、五年前には父さん、サイコストーンの存在を知っていたんだね……」
「そういうことになるな。そしてSACTのリーダーも任された」
ここで一つ、少し本筋からずれた疑問が浮かぶ。
「姉さんはなんでSACTに入ったんだろう……」
旧辻見堂医院で受付カウンターに隠れていた時のことを思い出す。
将と相対していた美空は「使えるようになるまで苦労した」と語っていた。その声音は淡々としたものだったが、嫌々やらされた、というニュアンスには聞こえず、むしろ自分から努力したという雰囲気が感じられたのだ。
「ま、そのあたりはいずれ本人から聞いてみればいいと思うよ。それより、そっちはどうだったのさ」
マリヤに促され、将が図書館で得た情報を報告しようと口を開く。
「ああ。こっちも自衛隊絡みだ。それもたぶん、SACTだろうな」
「どういうこと!?」
マリヤが身を乗り出し、優紀は両手で落ち着くように促しながら説明した。
「僕もまだ混乱しているんですけど……。まず、あの図書館には倉林さんっていう女性職員もいました。常磐さんより一ヶ月だけ早く働き始めた二十代後半から三十代くらいの女性です」
「うん。それで?」
「倉林さんの正体は、ただの図書館職員じゃありません。防衛省から『なんらかの密命』を受けて図書館に潜入していた自衛隊員なんだそうです。館長さんから聞きました」
これには穂乃花もパソコンの画面から目を離した。
「その密命ってなんですか?」
「それは館長さんも教えられなかったみたい。ただ、察するに常磐さんの保護だろうって言ってた。だって、倉林さんは常磐さんと一緒に暮らしていたから。まあこれは館長さんの推理なんだけどね」
「ん、常磐さんとその倉林さんって人が一緒に暮らしていたことは、事実なんだね?」
「はい」
図書館で館長から呼び出され、内密に聞かされたのはこのことだったのである。他にも永和が倉林を慕っていたことや、ここ一年間優紀が見てきた倉林の雰囲気などを簡単に説明した。
ふうむ、と将が唸る。
「倉林って自衛隊員は、常磐永和の保護が目的だった。あの館長の推理は一理あるだろ」
その疑問に対して、マリヤが所見を述べる。
「自身が働く図書館に、常磐さんも働かせるくらいそばにいるわけだもんね。優紀君に勉強を教えるように頼んだのは、学校すら安心して通わせられない事情があるから? ……うーん……ここまでは考え過ぎかなぁ? 穂乃花ちゃんはどう思う?」
しかし、穂乃花から返事はない。いつの間にか、パソコンの操作に没頭していた。
マリヤは「おっとそうだった」と気にも留めず、倉林と永和の関係について推理を巡らせ続けるが……将が穂乃花を窘めずにはいられない。
「おい穂乃花。お前ずっとなにやってんだ?」
「なにって、常磐さんの追跡です」
「どういうこと!?」
今度は優紀が身を乗り出した。どうどう、とマリヤが制する。
「お、落ち着いて? 優紀君たちが旧辻見堂医院の爆弾に巻き込まれていた時、あたしたちのすぐそばにいたみたいなんだ……。今、穂乃花ちゃんにドローンで探してもらっている最中なの」
そして穂乃花が補足する。
「暴獣にドローンの存在がバレると困るので、慎重に探しているところです。おそらく常磐さんと一緒にいたとおぼしき個体の足跡は捕捉しましたので、いずれ発見できるかと」
瞬間、優紀は荷室の出口に向かって一歩踏み出した。
「行きましょう!」
「待って!」
数時間前のように一人で飛び出すことはなかったが、ほぼ同じようなものだ。
マリヤは苦笑を浮かべる。
「気持ちは痛いほどよくわかるよ。でも、今日はもうダメ」
「ダメって……でも!」
優紀の拳がぎゅっと音を立てた。
マリヤは優紀を刺激しないよう努めつつ、言葉を選ぶ。
「目が利かない夜中は、どうしても分が悪いの。優紀君を救出した時だって、結構ぎりぎりだったんだよ? 優紀君は偶然にもサイコホルダーの適性があったからなんとかなったけど」
ここで、マリヤの声が、一際真剣なものになった。
「仮に百歩譲って、今出動するとして。きっと常磐さんの元に辿り着くことはできると思う。あたしたちなら、そこまではできると思う。でも、常磐さんを助けて、連れ帰るとなると話は別。彼女は一般人なんだよ?」
「そ、それは……」
「まさかとは思うけど、戦闘ナシで帰ってこられると本気で思ってる? 真っ暗な森の中で、たくさんの夜行性の怪物相手に、サイコストーンの恩恵を受けられるかもわからない常磐さんを傷つけずに、連れて帰れるの?」
力み過ぎて、全身が震えた。
森の中で遭遇した何体もの暴獣たちを思い出す。それらに対する恐怖、自分に対するやるせなさ。混沌と化した武者震いの中に、異質な震えを覚えて、優紀はポケットに手を突っ込んだ。
スマホに着信。相手の番号は、先ほど連絡先を交換したばかりの。
「……館長さん……!」
通話の操作をして耳に当てると、慌てた館長の声が届く。
『田中君。ぼくの方から倉林さんには状況を伝えておいたから、安心してね』
「あ、ありがとうございます……」
『ところで、常磐さんのデスクに封筒があったんだ。宛名が書かれていなくてね。もしかして君宛なんじゃないかと』
「手紙……」
『ほら、デートの予定だったんだよね? なら、今日渡すつもりだったんじゃないかな』
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