第19話 調査
インターホンに呼び出された辻見堂玉枝は、玄関のドアを開けた。
そこには、綺麗な長い金髪とエメラルドグリーンの瞳をした外国人美少女がいる。薄手のスーツを着たそのスタイルはスマートで、まるで海外の女優のようだった。
そしてもう一人、ヨレヨレのワイシャツ姿の中年男性。髪の毛は薄く、お腹が脂肪で大きく膨らんでいるが、顔がごつごつしているせいか、不思議と威厳が感じられる。
「夜分遅くに申し訳ありません。先ほどお電話致しました、来嶋文雄です」
「刑事さん……?」
中年男性の方は分かる。見た目がそれっぽいし、電話越しに聞いた声と相違ない。
しかし、もう一人の外国人美少女はどうなのだろう。
玉枝の怪訝な視線に気づいたのか、マリヤは胸ポケットに手を突っ込み、黒革の二つ折り手帳を取り出す。それを開くこともせず、顔の横に掲げながら名乗った。
「部下の船橋マリヤです」
「女性の外国人刑事さんなんて、初めて見たわ」
おもわず玉枝がそうコメントすると、マリヤは照れ笑いを浮かべながら手帳をポケットにしまう。一方、文雄はぎこちない笑み。汗をだらだらかいている。
「さあ、お上がりになって」
***
一方、私服に着替えた優紀は、将を引き連れて、行きつけの図書館にやって来ていた。
そして目当ての、温和そうな雰囲気を纏った初老の男性に話しかける。
「こんにちは館長さん」
「おや、田中君。こんにちは。……あれ? 今日は常磐さんとデートだったんじゃ」
にこにこと柔和な笑顔でからかってきた。なにせ優紀が図書館に入り浸り始めた、小学校六年生時代からの知り合いだ。優紀からすれば、お爺ちゃんレベルで懐いている相手でもある。
「えっ……いや、その」
優紀は顔を真っ赤にして慌てた。将たちには友達と説明していたのに。
将は優紀にいやらしい笑みを浮かべるも、いじることなく本題に入る。
「こいつ、帰り際にその子とはぐれたらしいんスよ。つーわけで、常磐って子は一人で家に帰ったと思うんスけど、連絡先知らないっスか?」
「それは大変だ。ちょっと待っていて、今倉林さんに……あ」
館長は細長い指が特徴的な手を広げ、おおげさに顔に当てた。
「そうだ、倉林さんはもう、仕事を辞めちゃったんだ」
「え!?」
一年と数ヶ月ほど前に入ってきて、すぐに永和を連れてきて……。かれこれ五年この図書館に通ってきたが、職員の中でもかなり際立って印象的な人だった。
年の離れた姉妹のように、倉林は永和を気にかけていたし、永和も倉林を慕っていた。
「いったいどうして……」
「……いきなりだったからね。今日の十五時くらいかな」
その時刻は、おおよそ旧辻見堂医院で美空と再会した頃である。
「常磐さんはそのことを知っていますか?」
「さあ。でもあの二人は仲が良かったから、直接連絡を受けているかもしれないよ」
しかしずいぶん急な話だ。倉林のことが気にかかり、黙り込む優紀だったが、話が逸れそうな空気に将が黙っていなかった。
「だいたい、常磐さんに連絡取ってほしいって言って、どうして突然倉林って人の名前が出てくるんスか?」
ぶっきらぼうな態度に動じることもなく、館長は穏やかに尋ねる。
「君は?」
「自己紹介が遅れました、穂坂将です。コイツの恋愛相談に乗ってたんスよ」
このでっち上げには優紀が顔を真っ赤にして抗議しようとするが、将が嫌味な顔で黙らせる。
そんなやりとりが気を置けない親友同士に見えたのだろう。館長はあっさりと将を信用して、答えてくれた。
「あの二人、一緒に暮らしているから」
「えええ!?」
館長は優しく人差し指を立てて優紀をなだめると、そのままずらして、お茶目に顎に指を添えた。
「うーん……誰にも言うなって口止めされていたんだけど……優紀君にならいいかな?」
館長に手招きされて、優紀は呆然としつつも人気のない方へ呼び出された。
***
辻見堂玉枝の家を訪れたマリヤは、雑談もそこそこに本題を切り出した。
「ところで、奥様に病院の買い取り話を持ち込んだのは、どなたでしょうか?」
言いつつ、マリヤは数枚の写真をダイニングテーブルに広げる。いずれも仏頂面をした、写真写りの悪い男たちばかりだ。
特に迷うそぶりも見せず、玉枝ははっきりとそのうちの一枚を指さした。
その人物を見て、マリヤも、文雄も、絶句する。
「この人です。廃病院を不届き者に悪用されないように管理するため、といって買い取ってくださったのは。名刺ももらいましたよ。ちょっと探してきますね」
玉枝がリビングを出た途端、マリヤは呟くように言った。
「……室長。病院を買い取った理由は、どう考えても」
「ああ。適当にでっち上げた嘘だろう。こう言っちゃなんだが、奥さんも騙されやすい人みたいだからな」
現在の警察手帳は二つ折りタイプで、警察官バッジは内側についている。だから、警察手帳を身分証明として使うには開かなければならない。だが、先ほどマリヤは開かなかった。これに関しては民間人が見逃すのも仕方がないが、女子高の校章を警察官の証だと勘違いしてしまうのはいかがなものか。
なにより、文雄に関してはなんら身分を確認されていない。なのに玉枝は二人をリビングに招き入れて、こうして協力的に話をしてくれている。
これらのことから、病院を買い取った人間が玉枝を騙すのは容易だっただろう。
問題は、その人物である。
先ほど玉枝が指さした写真。その、人物とは――。
***
ハクチョウ引越センタートラックに一人残っていた穂乃花は、パソコンの電源をつけっぱなしにして、ソファに寝転がっていた。
「……うわー……。あー……なんで気づけなかったんだろ。この場にいたのに……」
気の抜けた、放心状態。
その原因は、パソコンのディスプレイにある。
先ほど旧辻見堂医院周辺の警戒任務時に発見した、暴獣の群れ。そこで撮影した写真。
木陰に、微妙に、人影のようなものが映っているのだ。頭部は完全に木の反対側で映っていないが、肩だけははっきりと見えていた。
肩の位置、及び画像に映る怪物たちとの比較から、身長はおよそ百五十センチ前後。肩の上、不自然な布の膨らみはパーカーのフードだろう。袖から覗く綺麗な腕の肌は、中学生から高校生の女子のそれだと思われる。いずれも、優紀から聞いた情報と矛盾しない。
これだけでは断定できないが、状況的に考えれば常盤永和だろう。
せっかく優紀と将に図書館へ向かってもらったのに、これでは完全に無駄足である。
「……わぁー……優紀先輩になんて説明しよ……」
あれだけ必死になって探していたのだ。もしもこのことを知ったら、また飛び出していきかねない。しかし日がもうすぐ沈む以上、ここから先は動物たちの領分である。夜行性の暴獣だっているのだ。危険性は、日中の三倍はある。
「んんー……」
穂乃花が眉間にしわを寄せた時、荷室の扉が無遠慮に開かれた。
「お疲れー。……どうしたの、ぐでーってしちゃって」
「あ、お帰りなさい。……いえ、それが」
文雄も運転席に乗り込んだのだろう。エンジンがかかってソファも揺れた。
穂乃花が起き上がり、パソコンをマリヤの方に向けると、マリヤは扉を閉めて覗き込む。
「ここです」
「……うわー……。あー……なんで気づけなかったんだろ。この場にいたのに……」
トラックが走り出した。
マリヤは唸りながらソファに座る。
「うーん……まあいいや。とりあえず優紀君と将、回収してからね。その間に、調べてほしいものがあるんだけど」
切り替えの早さは、さすがマリヤだ。穂乃花はそんなところに感心しつつ、指示を仰いだ。
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