第17話 探り合い
将とマリヤが戦場を入れ替える、少し前まで遡る。
旧辻見堂医院の庭で、自衛隊四名からの銃撃をかわしている時、マリヤは額に皺を寄せていた。
「めんどくさいことになったなぁ」
サイコホルダーは超人的な身体能力や生命力を発揮するため、たった一人でも自衛隊にとっては脅威だろう。だから、サイコホルダーとの戦闘に銃を持ち出すのはいい。
問題は、そもそもなんで攻撃してくるのか、という点だ。自衛隊は、マリヤの身元や所属を確認することもせず頭上から不意打ちを仕掛けたどころか、今もなお銃弾をばらまいてきている。
サイコオーラを纏っているとはいえ、格好は警察系特殊部隊のそれである。しいて上げればチョッキの前後に『POLICE』の文字がないが、だからテロリストだと断定されるわけはない。
つまり、訪れた者は誰であろうとすべて迎撃せよ、というような物騒な命令が出ている可能性がある。
だとすれば、ここを目指した永和もまた、自衛隊のひどいお出迎えを喰らってしまったのだろうか。それとも知らぬ間に追い抜いていて、マリヤたちの方が早くついてしまったか。
回避に徹しながら考えていると、視界の隅が白く明滅する。
旧辻見堂医院の中、採光用のガラス壁の向こうも、戦闘が始まったようだ。
屋内での近距離戦だと思われる。遠距離攻撃主体の将にはやや荷が重いだろう。
一方マリヤも、遠距離攻撃ができなければ反撃のしようがない。
だからマリヤは、刀をガラス壁に向かって放り投げた。
「外お願い! 敵、屋根に四!」
「こちら大人三・能力者一! 頼んだぞ!」
旧辻見堂医院の待合室に飛び込んだマリヤは、将とハイタッチ。
躊躇いなく、蹂躙を開始する。
近場にいた男の警棒に刀を叩きつけ、弾き落とす。刀を消滅させ、大きく踏み込む。伸ばした右手が男の腹へ迫った。
突き飛ばそうとしたが、身体を捩ってかわされる。そのまま回し蹴りが飛んできて、マリヤはしゃがんでやりすごした。
すかさず、捻り切った男の腰へ掌打をお見舞い。男を吹っ飛ばした時にはもう、前後を残りの自衛隊員に挟まれていた。
舌打ちしつつ、真上へ高く飛び跳ねる。天井に手が届く。
二つの警棒が、脚の遥か下で衝突。この刹那、マリヤは天井を両手で押して、踵落としを繰り出していた。
警棒二本を蹴り落とすと同時、勢いを利用してマリヤは前転。頭を下にして床に手をつき肘を曲げる。
足を大きく開いて、腕を伸ばす。跳ね上がった両脚が、自衛隊員二名を弾き飛ばした。
「ぐあっ」
マリヤは素早く立ち上がる。凍ったポニーテールの少女がマリヤの蹴り飛ばした自衛隊員をキャッチする隙をついて、病院内を見渡した。
優紀はどこだ?
引き戸が破壊された、診察室や院長の自宅に繋がる廊下。受付兼会計カウンター。
自衛隊に囚われたか……あるいは受付カウンターの向こう側にでも隠れているのか。
「ねえ、あなたたちは自衛隊でしょ? うちらは警察。なんでいきなり撃ってくるのさ」
恨みがましい視線を送るも、氷の美女は表情一つ崩さない。大人の自衛隊員を後ろに下げて、会話に応じた。
「そっちがアタシたちの訓練の邪魔しにきたからじゃない。てっきり上官の悪い癖が出たと思っただけよ。突発的な事態に対応する訓練だと思ったの」
「ふぅん? 訓練ね。ここ、元病院じゃなかったっけ」
訓練なんて、明らかに方便だ。マリヤは心の中で笑い飛ばしながら尋ねる。
「もうとっくにアタシたちのものよ。おたくの天才ハッカーにでも調べさせればわかるはずだわ。いるのよね? ――うちの頭脳担当が、そっちのセキュリティ一つ破ったら二つ破り返されたって愚痴ってたけど」
マリヤの目が細くなった。穂乃花ちゃん、あたしの知らないトコでなにやってんの。
「じゃあ、やっぱりあなたはSACTの宮藤美空さん」
「あら? 今外にいる少年に名乗ったはずよ? 聞いてないのかしら」
マリヤは恥ずかしくなって舌打ちする。将のやつ、所属を聞いたのなら無線を吹け。
「まあいいけど。そうよ、あたしは宮藤美空」
警視庁がそうだったように、防衛省にも新しい非公然部隊が生まれていた。超常現象が人為的に起こせるなら、超常現象を利用してテロを起こそうと考える輩も現れる可能性がある。その時、なんの備えもありませんでしたでは国が潰れる。
だからSACTが作られたのだ。SET同様、超常現象の人為的利用が法律的に想定されていない以上、もちろん非公然を装っているが、立派な予算付きの特殊部隊である。
超常現象の犯罪を防ぐSET。
超常現象から国を護るSACT。両者の違いはここにある。
当然、お互いが腹を探り合う関係だ。片方がもう片方の正義に牙を剥いた時、確実に自分側の正義を執行できるように。
「まあいいや。答えるつもりはないんだろうけど、一応聞いておきたいことがあるんだ」
「なにかしら。お互い平和のために活動しているのは同じこと。協力を惜しむつもりなんてないわ」
マリヤは内心、嘘つけと鼻で笑った。
サイコストーンのメカニズムを解析し、人の子供が運用できると知らしめたのは防衛省の幹部だ。どんな研究をしたのかは知らないが、つつけばなにかしらの犯罪が出てくるに違いない。
超常現象絡みの犯罪を調べるマリヤたちにとって、SACTはぶっちゃけ、優先して捜査するべき対象なのである。
もちろん逆もまた然り。国を守るために万全の用意をしたいが故に、周りをうろちょろされたくないというのがSACTの心境だ。SETの弱みを握っておきたいと思うのは必然である。
「ここに、ある民間人の少女が来たと思うの」
「民間人? 一応こちらの認識を伝えておくと、最初の不法侵入者は貴女のところの穂坂将よ。次が貴女」
嘘はついていないのだろう、と直感でわかる。だが、確信はできない。
「一応名前を言うと、常磐永和――」
美空の表情がほんの少し驚きを見せた。黒だ。これは黒だ。なにかを隠している。
「――なにを知っているのかな?」
「なぜ探しているのか。それを教えてくれたら答えるかどうか考えてあげるわ」
「それ、答える気ないってことじゃん」
二人の雰囲気が一瞬で凍てつく。
最初に動いたのは、マリヤの背後で立ち上がった自衛隊員二名だった。マリヤの耳に、カチャリと嫌な音が届く。
マリヤはあえて、美空の目を見て、口元をニヤリと歪ませた。あたかも、撃てば後悔するのはそっちだと思わせんばかりの不気味な顔である。
すると美空が不満そうな目をして首を横に振った。マリヤの後ろから男の舌打ちの音。どうやら牽制は成功したらしい。表情を変えずに、マリヤは内心ほっとする。
瞬間、マリヤも美空も、それぞれが自らの耳に手を当てた。
『エースからディーラーへ緊急で送ります! 透明化した絵札枚数不明、及び暴獣たちとの戦闘になりました緊急離脱許可お願いしますどうぞ!』
『ディーラー了解、緊急離脱せよ』
『エース了解、以上通信終わります!』
無線の向こうからは、びゅうびゅうと吹きすさぶ風の音がする。穂乃花は飛びながら無線を吹いているのだろう。
一方、美空の方もなんらかの指示を受けたらしく、マリヤへ告げる。
「これ以上長居せずに立ち去るのであれば、あんたたち二人の不法侵入や建造物等損壊罪については不問にしてあげるわ」
「えー、散々人を銃口で追い回しておいてどの口が言うのかな。まあいいや、そういうことならもう一つ見逃してよ」
「なに?」
マリヤは受付カウンターの方へ目をやり、声を一段大きくする。
「不法侵入については、もう一人いるってこと――優紀君、行くよ!」
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