第16話 会敵、会敵

 将は素早く周囲を見渡す。背後で警棒を構えた他三人を見て、大きく舌打ちした。

 防衛省陸上自衛隊緊急作戦執行部隊――英語でSecret Active Clear Teamと書いて、頭文字SACTでサクトと読む――は、将たちSET同様サイコストーン絡みの陸自案件に対応する特殊部隊だ。

 当然、彼らは対サイコホルダーを想定して日々訓練に臨んでいる。サイコホルダーの美空が訓練相手になっているのであれば、対抗策もいくつか用意しているはずだ。

 将のサイコアーツ・電撃は、一撃で大抵の暴獣を気絶させられるだけの威力と、光速を超える速度を誇る。射程距離は十メートルで、無制限に連発可能。

 中距離において猛威を振るう破格の能力だが、欠点もある。

 右手人差し指からしか発射できないのだ。穂乃花の風のように、攻撃範囲を自由に変えることは不可能。発射すれば一直線に飛んでいくだけ。

 屋内近距離戦――それも周りを囲まれている状況で、将の勝ち目は無に近い。

 せめてマリヤが来てくれたら、と願うが、マリヤは外で上からの銃撃に防戦一方だ。

 美空が無言で腕を振る。

 白く輝く氷塊が生みだされたかと思うと、ズドンと将へ発射された!

 将は電撃を飛ばして氷塊を破壊。美空は再び腕を振るい、将も寸分たがわず氷の砲弾を破壊する。懲りることなく、三発、四発。繰り返すごとに氷の破片が宙を舞う。

 美空が右手で将を指さした。指向性のある吹雪の渦が指先から将へ襲いかかる!

 電撃を当てて霧散させるが、続く吹雪が将を飲み込んだ。首から下だけが雪だるまにされ奥歯を噛みしめる。

 そのまま全力で放電、雪の拘束を弾き飛ばす。

 弾けた雪の礫をもろともせず、警棒を持った大人三人が将へ迫った。

 一人は電撃が間に合うが、他二人の対処法は皆無。一撃もらう覚悟を決めなければ。

 将がピンチで頬を引きつらせた瞬間、激しい窓ガラスの破砕音がする!

 同時に甲高い命令。

「外お願い! 敵、屋根に四!」

「こちら大人三・能力者一! 頼んだぞ!」

 将が掲げた左手が、飛び込んできたマリヤの左手とハイタッチ、小気味いい音を立てる。

 そのまま雑草生い茂る庭に躍り出ると、敵影をすばやく確認して電撃を放った。


***


 SET対SACTの戦いは、穂乃花のいる森の中でも、静かに火蓋を切ろうとしていた。

 穂乃花が小型カメラで暴獣たちをシャッターに収めたすぐ後のこと。

 無線で届く、マリヤの報告。

『クイーンから全ハンド傍受願う。場に自衛隊が展開している。あたしたちを敵と認識している模様。各自留意されたし』

 聞いた刹那、穂乃花はサイコオーラを纏った。

 研ぎ澄まされた聴覚が音の違和感に気づき、化け猫たちとは別の方向へ目を凝らす。

 視覚的にも違和感の手掛かりを掴めた。夕日で浮かび上がる遠くの木陰の隙間が、不自然な影に塗りつぶされたのだ。そこに生えていた雑草も同じタイミングで潰れる。

 まさかと思い、穂乃花は腕を振った。

 地面すれすれに風を起こし、その辺りの土をささやかに舞い上がらせる。すると、土煙が空中で、なにかにぶつかったような不自然な動き。

 謎の影、透明な物体、輪郭は筒状に……自衛隊が展開中……以上を総合的に鑑みれば、答えはすぐに想像できる。光学迷彩服を着た自衛隊員がいるのだ!

 すかさずジャンプ、足の裏から絶え間なく風を噴射。同時に手の平から突風を放つ。

 透明とはいえ、それは全方位の映像をリアルタイムで全身に映しているからそう見えるだけである。物理的に存在している以上、影は隠せないし、砂埃の動きは邪魔される。当然サイコアーツによる風の攻撃だって、すり抜けたりはしない。

 見事に当たったようで、なにもない地面に突然人型大の砂埃が舞う。向こうは拳銃を持っているようで、穂乃花がいた位置めがけ鉛玉を飛ばしてきた。

 銃弾が木の枝を折り、暴獣たちが、穂乃花だけに気づく。そして、敵意を向けてきた。

「ニャアアア!」

「ひゃああ!?」

 穂乃花は大きく円を描くように、木々の隙間を縫って飛んだ。攪乱のため、暴風を操り土煙を巻き散らす。

 あとは不可視の自衛隊員――何人いるのか知らないが――と野生の五感を持つ怪物たちに行く末を任せるしかない。

 風の力で樹上へ舞い上がるが、土鳩の暴獣二羽が追ってきた。いずれも特に翼を巨大化させており、大きく広げた横幅は三メートル以上あるだろう。

「地上の光学迷彩自衛隊員……よりは、空中戦の方が、まだ希望がありますかね……」

 両手両足から風を噴射し、穂乃花は逃走を図る。しかし、土鳩の方が明らかに速い!

 左半身を下に、右半身を上に。渦のような軌道を描くと、目の前を土鳩が一羽抜けていった。そのまま急上昇、咄嗟に膝を抱え込むように曲げる。風のコントロールを乱して身体が回った。

 脇腹すれすれを次の土鳩がすり抜ける。

「危なかったぁ……。っ!?」

 危機感を覚えて後ろを振り向けば、嘴が目の前に! 土鳩の三羽めだ!

 さすがにかわせず、左肩に嘴が直撃。直後二の腕をついばまれ、森へと引きずりおろされる!

 肩に鋭くえぐるような痛み、左腕に引きちぎられるような痛みを覚えつつ、穂乃花は一心不乱に右腕を振りぬいた。

 土鳩の胴体にクリーンヒットし、土鳩はたまらず穂乃花の腕を解放する。

 自由落下。穂乃花は再び四肢から風を噴射し、空中追走戦を再開した。

 今度は、左右と上から同時に距離を詰められる。今度こそ嘴が穂乃花の身体をついばもうとした、その刹那!

 穂乃花が急降下、からの急上昇。一ヶ所に集まった土鳩三羽の真上を取り、両腕を振り下ろす。

「あんたらの相手は、地上にいる自衛隊だからっ!」

 土鳩たちは、上から圧し潰さんとする風の重みで、容赦なく森へと叩き落とされた!

 少しだけ余裕ができたその隙に、無線機に触れる。

「エースからディーラーへ緊急で送ります! 透明化した絵札枚数不明、及び暴獣たちとの戦闘になりました緊急離脱許可お願いしますどうぞ!」

『ディーラー了解、緊急離脱せよ』

「エース了解、以上通信終わります!」

 土鳩たちのその後を見届けもせず、穂乃花は四つのジェットで全力の逃走に移った。

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