第15話 雪の少女

 マリヤが四つの銃口と鬼ごっこを始める少し前。

 優紀は、受付カウンターの内側で息をひそめて隠れていた。というのも、爆発が起きた直後、将に押しこまれたのだ。安全が確認できるまでここにいろ、と。

 それからすぐに将が無線を吹き、終わってすぐに複数の足音。

「動くな!」

 どこか懐かしさを覚える凛とした女性の声。不思議と五年前に離れ離れになった姉の顔が浮かんだ。

 リノリウムの床が重そうな靴で叩かれる。カチャガチャ、と嫌な予感しかしない物音。

 腰が抜けてすっかり怖気づいている優紀に目視で状況を確認しようという気は起きなかったが、もしそんなことをしていれば今頃は危なかっただろう。

 将の声が届く。

「……お前ら四人とも、その装備からして自衛隊か?」

「無駄口は叩かないで」

「むっ……」

 将の声がどこまでも重い。自衛隊、の三文字が強く優紀の耳に残る。

「察しはつくけど、念のため聞いておくわ。あなた、いったいどこの誰?」

「……警視庁超常事件対策官室、穂坂将」

 女性が小さく驚く声。将はすかさず「アンタは?」と短く問いかけた。

「それならこっちのことも知っていると思うけれど。……防衛省陸上自衛隊緊急作戦執行部隊、宮藤美空」

 これには、優紀が声をあげそうになる。

 苗字も、名前も、まごうことなき姉の名だ。そして声も、姉の面影を残している。仮に本人だとすれば、問題は所属名だ。この五年の間に、姉はどうしてそんな組織に身をおいたのか。

 美空の声は続けて質問した。

「ここはアタシたちの縄張りよ。用件はなに?」

「爆弾なんて物騒なもの仕掛けて、SACTはいったいなにを」

「こっちの質問に答えなさい!」

 一瞬の沈黙。しかしすぐ後、外からバリバリとサブマシンガンの音。

 それからすぐに、マリヤからの無線も届いた。

『クイーンから全ハンド傍受願う。場に自衛隊が展開している。あたしたちを敵と認識している模様。各自留意されたし』

 同時に、美空もSACT側の無線に応じる。

「はい。対象はSETの構成員です。……清麗了解。確保に努めます」

 瞬間、黄色の発光。ビチバチと電気が飛ぶ。男三人分の短い悲鳴に続いて、ガチャガチャと銃器がリノリウムの床に落ちる音。

「確保? 誰が、誰を、確保するって?」

 威圧感の増した将の声。しかし、姉の声に先ほどとの感情の変化はなさそうだった。

「アタシが、あなたを、よ」

 病院の外では未だ銃撃音がやまず、院内では広がる紅の光が一段と濃くなる。

「……やっぱりあんたもサイコホルダーか」

「使えるようになるまで、苦労したけどね」

 心なしか寒気を感じて、優紀は鳥肌の立つ両腕をさすった。

 将の驚く声がした。

「お前……その髪……!」

 震える膝に鞭を打ち、優紀がおそるおそるカウンターから顔を覗かせる。見えたのは、迷彩柄のヘルメットを取っ払った、首から下だけ自衛隊員装備の姉の顔。

 凛々しく大人びた美人の顔立ち。三つ年上の姉には、母の面影が色濃く残る。記憶の中でサラサラかつ綺麗だった黒髪は真っ白に変色しており、ささやかに冷気を発していた。後頭部で大きくまとめられたポニーテールの結び目から先はカッチリ凍っており、白く美しい槍にも見える。

「…………!」

 優紀は即座に顔を引っ込めた。雪のような白く凍った髪の毛だけが意味不明だが、それでも姉の美空だと断言できる!

「サイコアーツの代償かしら。能力発動中だけ、こうなるの。サイコストーンについてまだまだ分からないことがあるのは、そっちも重々承知でしょう?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る