第14話 敵と敵と
時刻はほんの少し遡る。場所は数十メートルと離れた森の中。
マリヤは、穂乃花の持つタブレットから双眼鏡に視線を移して、小声で話しかけた。
「……元々は別の群れのやつらだよね?」
「そのはずです。マリヤさんが先月戦った野良猫の個体もいますよ」
「うげ、ホントだ」
ここ数ヶ月の任務は、暴獣化した野生動物の調査ばかりだった。
サイコオーラで強化した五感は、野生動物たちのそれを上回る。故に、一般的な野生動物の観察なら、マリヤたちにとって朝飯前の仕事である。
しかし、暴獣相手となるとそうはいかない。こちらと同等、あるいはそれ以上の知覚力で察知し、襲いかかってくるのだ。
穂乃花の言う『マリヤVS野良猫』は、まさにその流れで発生した戦闘だった。
その証拠に、暴獣化した野良猫の右目には縦に刀傷が刻まれ、左後ろ脚には発信機が仕掛けられている。一メートルを超える巨体でありながら、俊敏過ぎて攻撃が当てにくかったあの時の焦燥を、マリヤは思い出した。
「種類だって土鳩の暴獣、ネズミの暴獣……と一貫性はありません。それなのに、まるで統率がとれているかのように、群れていますね……」
双眼鏡を構える二人の視界の遥か先には、穂乃花が言うように動物の種類に関係なく怪物たちが集まっている。二十は越えるが三十には達しない数だ。
「これまで、一ヶ所の暴獣の数が五から十体程度だったことをふまえると」
マリヤの呟きを穂乃花が繋ぐ。
「現状、三から六ヶ所のグループが、集結していることになります」
「だね。まだ増えるのかな」
「この時点で一番遠い場所から来た個体の直線距離をふまえると、山梨県の一部も余裕で範囲に含まれちゃいますけど。あと、ちょっと神奈川県って感じです」
「あは、そりゃヤバいや」
極秘裏に動く必要性と、なにより人員不足と時間不足――なにせ本職は学生である――から、まだマリヤたちは都内の暴獣の数すら把握しきれていない。規模の上限がわからないのだ。
「んっ?」
暴獣たちがいっせいに同じ方向を向いて、マリヤがおもわず唸った。それと同時、小さくもはっきりと、バン! という爆発音が耳に届く。
「なんでしょう」
「さあ」
音のした方角には、確か……。マリヤの無意識が警鐘を鳴らし、それは無線での通信で判明した。マリヤも穂乃花も、すかさず無線の傍受に意識を集中させる。
『キ、キングからディーラー』
将の息が荒い。
『ディーラーだどうぞ』
『マル辻実査中に爆発発生、俺が軽度の負傷、ジャックがしばらく行動不能ですどうぞ』
ジャックとは優紀のことである。
『なんだと? お前、なにやった?』
『ただドアを開けただけっスよ、明らかにトラップです。体感、民間人だったら運が悪くて重傷だが、死なないレベル。ある意味タチが悪いっスどうぞ』
耳ざとい暴獣たちに声が届かないよう、マリヤが小声で通信に割り込んだ。
「クイーンからキングへ割込みで送る、二人の容態の詳細を報告してどうぞ」
『俺は弾けた引き戸の破片で腕に小さな裂傷。行動に支障ナシ。ジャックは受傷ナシでぴんぴんしているが、腰を抜かしてしばらく動けそうにないどうぞ』
マリヤは目を閉じ、短くため息。
「脅かさないでよ……」
『続けてディーラーからクイーン、そっちの状況を報告せよ』
『暴獣たちに特別の動きナシ、爆発についても気にしている程度でその場から動いていませんどうぞ』
『ずいぶんと冷静な怪物どもだな。監視はエースに任せてマル辻班に合流せよどうぞ』
『クイーン了解』
『続けてディーラーからキング、傍受の通りクイーンを追加する。ジャックの介抱をしつつ慎重に調査を進めろどうぞ』
『キング了解』
『以上ディーラー通信終わり』
マリヤは思う。爆弾なんて、いったいどうして。
「穂乃花ちゃん、正直なにが起きているかまったく想像がつかないから、くれぐれも無茶はしないでね」
「はい。マリヤ先輩こそお気をつけて。なにかあったらすぐ伝えます」
「よろしくね」
暴獣たちに気取られないよう、気配を殺して移動する。十分に距離を取ってから、サイコオーラを解放。全身に紅の光を薄くまとった。
人知を超えた脚力を存分に活かしたマリヤは、そう時間をかけずに辻見堂医院に辿り着く。
外から見た感じ爆発があったようには思えない。ただ、病院なのに塀や門があるのが不気味に感じた。
開けっ放しにされた門扉から敷地の中へ。
研ぎ澄まされた第六感が、しきりにマリヤへなにかを訴える。本能に従い、足音を消した。
得体のしれない不安は、聞き覚えのない女性の声として耳に届く。建物の中からだ。
「こっちの質問に答えなさい!」
マリヤは気配を殺したまま、中の様子を窺おうと外壁に沿って移動。採光用の大きな窓の端から中を窺うと、おもわず大声をあげそうになった。
三人もの、拳銃を構えた男たち。いずれも迷彩服を着用し、同じ迷彩柄のヘルメットや手袋など、装備を完璧に装着している。手に持つ拳銃は九ミリ拳銃だ。
プラス、武器を携行していない女性が一人。合計四人に、将が囲まれている。
しかし、優紀の姿は見えない。見当たらない。
さっきの無線からこのたった二分前後の間に、いったいなにが……。
将を取り囲む大人たちの装備品から見て、彼らは警察ではなく自衛隊だ。それも、過激なテロリストを想定した装備。
だとすればむしろ、四人しかいないのは少なすぎる。普通、この倍以上の人数がいるはずなのだ。
その違和感に気づくのがあと一秒遅ければ、マリヤは苦痛に悲鳴を上げていただろう。
咄嗟に地面を蹴って窓枠の下へ跳びこむマリヤ。つい先ほどいた地面に、パシュ、と一発の弾丸が撃ち込まれる。
地面を転がりながら、磁気を右手に集めて刀を創り出し、屋根の上へ投げつける。
そこには狙撃手が一人、狙撃銃を伏射の体勢で構えていたのだ。
刀は狙撃手へ、猛回転して迫る!
その脇にいたスポッターがサブマシンガンを掃射。刀の勢いはすぐに衰えた。
弾幕の流れ弾がマリヤに向かうが、素早く跳ねてかわしきる。
屋根の反対側にもいたのだろう、狙撃手とスポッターがもう一組増えた。
マリヤは舌打ちする。遠距離攻撃主体の将や穂乃花がいないことを悔やんだが、諦めるわけにはいかないと再び刀を投擲。しかしやはり、防がれる。
すばやく無線機に触れた。
『クイーンから全ハンド傍受願う。場に自衛隊が展開している。あたしたちを敵と認識している模様。各自留意されたし』
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