第9話 スカウト
ここで、スピーカーから文雄の不機嫌な声が響いた。
『おい、そろそろおれに田中君と話をさせろ』
穂乃花とマリヤがぎこちなく空笑い。将が目を閉じて嘆息する。
『盛大に話を逸らしやがって。それより田中君。話の流れからして、君もマリヤたちと同じサイコホルダーなのかね?』
「たぶん、そういうことなのかと……」
軽く拳を握る程度に、全身を力ませた。それだけで容易く、薄紅色の光を纏える。腕を伸ばせば、優紀とマリヤの中間地点に手の平大の薄い壁が出現した。
「サイコアーツも問題なく使えるっぽいね」
マリヤが補足する。
『ほう? マリヤから見てどうだ。戦力として、数えられそうか?』
「戦力!?」
素っ頓狂な声をあげたのは優紀だった。マリヤが真剣に唸る中、文雄はスピーカー越しに、さも当然と言わんばかりの雰囲気で説明する。
『さっき穂乃花の説明にもあっただろ。サイコストーンがあれば誰でも使えるってわけじゃないんだ。不甲斐ないことに、おれも使えない側だ。だから君のような人材は貴重なんだよ。正直こちら、なりふり構っていられないくらいには人手不足さ』
「オーラを纏える時点で、身体能力は人の領域を軽く超えています。アーツの方は――」
マリヤがカッと目を見開く。
優紀の瞳は、確かに捉えた。とんでもないスピードでマリヤが刀を創り出し、優紀の出していた壁を横に斬りつけた瞬間を。
遅れて聞こえる。空を切る音。確かな衝撃音。
しかし、壁に傷は一つとしてついていない。
「――あたしの一撃すら……通らないくらいには強力な壁を、作れるようです」
消せる? と聞かれて、優紀は壁が消えるさまを想像する。すると、薄紅色の光の粒になって霧散した。マリヤもまた、刀を消す。
『さて。察しているとは思うが田中君。おれたちの仲間になってほしい』
その誘いを遮ったのは、優紀ではなくマリヤだった。
「待ってください、優紀君はあたしたちと違います! 今日まで平穏に生きてきた、戦う理由がない人です!」
まるで平穏じゃない生活を強いられていたかのような言い草に、優紀はメンバーの顔を窺った。穂乃花は優紀と目が合うなりすっと目を逸らし、将は視線を受けて鼻を鳴らす。
『だからなんだ。暴獣に襲われ、おれたちの存在を知った時点で十分特殊だ。それに、人手があれば今回のようなことは起きなかった』
「でも!」
『デモもテロもない。いいかよく聞』
瞬間。優紀が、立ち上がった。
「いい加減にしてくださいッッ!」
マリヤも、文雄も、押し黙る。
「僕が皆さんの仲間になるならないなんてどうでもいいんですっ! 早く常磐さんを探してください! ただここで無駄な時間を浪費するくらいなら、僕一人でも……ッ」
揺れる車内、優紀はまっすぐに後方の扉へ歩もうとした。しかし、その腕を将が掴む。
「一人で、なんの手掛かりもなく、どうやって探すつもりだ?」
「この石があれば体力も走るスピードも桁違いになるんでしょう!? だったら――!」
「自棄になってんじゃねぇ! 緊急時こそ引くとこ弁えねぇと後悔することになるんだぞッ! ここで飛び出してお前が死んだら、その常磐ってやつが悲しむだろうがッッ!」
眼を剥いて吠える将を、穂乃花が悲しそうな瞳でみつめていた。
「お兄ちゃん……」
しかし、優紀はそれでも止まらない。将のプレッシャーに気圧されることなく、叫び返す。
「もう二度と諦めないッ! 僕はもう、後悔なんてしたくないんだッ!」
脳裏を過るのは、家族の笑顔。家族四人が、揃った食卓。
離婚の話を聞いた時、姉はものすごく抵抗したのだ。泣き叫び、暴れた。優紀にも両親を説得するよう何度も頼みこんできた。けれど優紀は呆然自失な状態になっていて、なにもできなかった。
姉は最初、優紀と共に母に引き取られることになっていたのだが、優紀がまったく動かないことを悟ると、強引に父の元に残ると言って、優紀と母にお別れを告げた。
その時の言葉が『そうやってすぐ諦めるのが、あんたの悪い癖よ』だったのである。
……気づいた時にはもう遅いのだ。失ってからでは、もうどうにもならない。
全身に薄紅色の光を纏い、優紀は将の手を振り払う。
将はギリと奥歯を噛みしめ、こめかみに青筋を浮かべると、吐き捨てるように言った。
「勝手にしろッ!」
大型トラックの背面にある大扉は、外に向かって左右に押し開ける形式の建てつけらしい。優紀が乱暴に押し開くのと、スピーカーから声がするのがほぼ同時。
『いや勝手にさせたらダメだろ!? 田中君、いや優紀君! 止まれッ!』
無視して、優紀は飛び降りた。強化された運動神経と筋力が、優紀に怪我のない受け身を取らせる。トラックが急ブレーキ、タイヤが重苦しい悲鳴を上げた。
『追えマリヤ! この森の異常さは、さっき痛感したばかりだろ!』
優紀は駆け抜ける。捕まってなるものか! 永和を必ず見つけ出す! その意地が、紅く輝くサイコオーラを滾らせた。
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