第7話 動く拠点

 視界の奥から手前にかけて、何本もの木が恐ろしいほどの速さで流れていく。

 マリヤたちはサイコオーラを纏って走っているだけなのに、乗用車と張り合えそうなスピードが出ていた。

 目指す目的地は、拠点としている大型トラックだ。

 先ほどの無線では、怪物たちに囲まれてしまったと報告を受けた。トラックの守りをゼロにしてしまった、完全にマリヤの判断ミスである。

「室長、どれくらい持つかな」

 隣を走る将に訊いてみた。

「意地でも持たせるだろ」

 運転席に座っているはずの中年オヤジは、頭が切れるだけの、本当にただの中年オヤジである。マリヤたちのように特殊な力の恩恵を受けられない。まだ優紀の方が、オーラを纏えるだけよっぽど丈夫だ。

「あそこだ!」

 将が叫んだ。と同時、リストバンドをつけた右手を伸ばす。彼の人差し指から黄色い直線の光が明滅。轟音が後を追う。

 アスファルトこそないが、車が通れるくらいには開けた林道。荒っぽいエンジン音。

 マリヤたちが目撃したのは、大型トラックが豪快にバック走行する場面。その先にいるのは体長二.五メートルはある超巨大な熊の化け物。

 ゴッッ! と音を立て、熊の化け物に飛び込むトラック。その車体には『ハクチョウ引越センター』という和風なロゴと写真のような絵。運転席側から、富士山、湖、湖から富士山に背を向けて飛び立つ立派なハクチョウ、という構図だ。

「熊とハクチョウが相撲を取ってやがる……」

「くだらないこと言ってないで、早く助けましょうお兄ちゃん」

 第一、敵は熊一体だけではない。運転席側には、軽トラックサイズの野犬が三頭、迫っている。

「熊はあたしがやるっ、将と穂乃花ちゃんは犬っころ三頭なんとかして!」

「おう!」

「了解です!」

 穂乃花が風の渦をしならせて、上から野犬たちに叩きつける。俊敏に回避する三頭。

 トラックの向こう側へ跳ねた一頭を追うべく、将が駆けだす。

 運転席の窓の向こう、ごてごてな顔立ちの中年男性が白い歯を二カリと輝かせた。

 途端、前進せんとトラックが唸る。

 トラックを逃がすつもりもないのか、熊の化け物はより両腕に力を入れ、なんと荷台を持ち上げた。後輪が浮いて、エンジンが空回り。

 そこへとびかかる金髪の女武士。

「とぉおおりゃぁあああ!」

 高い跳躍からの、上段振り下ろし。熊の化け物はトラックを離し、地面を転がった。

 トラックの後輪が着地、暴れ馬のように跳ねながら急発進! 運転席の中からドライバーが叫ぶ。

「も・ろ・と・も・ぶっ飛べぇ!」

 しかしトラックの眼前には、野犬を追いかける将がいた!

「俺を含めるんじゃねぇ!」

 低く前転して地面を転がり、なんとか回避。そこへ野犬が跳びかかる! 将は腕で地面を押してもう一回転、ギリギリのところで回避に成功。

「お兄ちゃんなんで車の前に飛び出したの!」

「俺が悪いのかよ!?」

 文句と同時に振り返りつつ、襲ってきた野犬へ電撃。

 当たれば即気絶の威力を誇るその一撃は、自然現象の雷と同等の速度――即ち音を置き去りにするスピードも併せ持つ。しかし。

 狙われた一頭の脇から、もう一頭がそこへ飛び込み……なんと体をぶつけて弾き飛ばし強引に電撃を回避させてみせた! 暴獣の本能は、もはや未来予知の領域である。

「マジか――」

「お兄ちゃん後ろッ!」

 背後に迫っていた一頭の前脚が、将の背中を容赦なく捉える!

「あがぁ――っ」

 一方、熊の怪物のすぐそばの地面が爆ぜた。土煙を巻き上げながら、マリヤは刀をもう一度振り上げる。

「まだまだぁ!」

 仰向けに転がった熊の怪物めがけて、今度こそと刀を振り下ろす。が。

 熊の両腕が、見事に刀を挟んで止めた!

「馬鹿な!? 白刃取りだと……ぐぁっ!」

 しかも屈強な脚でマリヤを豪快に蹴り上げる!

「マリヤさん!?」

 優紀の声が届き、マリヤは遥か上空で強引に体勢を立て直す。見下ろした戦場、優紀の後方に荒れる砂埃。

「優紀君後ろだァ――ッ!」

 咄嗟に振り返る優紀。迫るは、先ほど振り払ったはずのイノシシ三頭!

「させませんっ」

 穂乃花の竜巻が真正面から迎え撃つ。仲間を信じて、マリヤは今自分が対するべき敵に集中した。刀を再び創り出し、熊めがけて真上から投擲する。

 熊は立ち上がり、腕を振り払って刀を弾く。

 マリヤは奥歯を噛みしめながら不敵に笑い、瞳に殺気を満たした。

「だったらぁー!」

 マリヤの周囲に無数の日本刀が出現、両腕で投げ、両足で蹴る。切っ先はすべて熊を狙い、豪雨のように降り注ぐ!

 最後の一本は両腕で掴み、全力の唐竹割り! 大地を左右に割くように振り下ろす!

 刀の雨に全身を削られていく熊の怪物。唸って痛みを耐えていたが、マリヤの渾身の一撃だけは後ろへ跳ねてかわす。

 地面に落ちた刀たちがいっせいに光の粒に。マリヤの姿が光の中に消える。

 熊が両腕を振り下ろし、光の粒を風圧で掻き消す。そこにマリヤの姿はない。

「やあぁっ!」

 熊の背後に飛び出したマリヤが、首めがけて刀を振り下ろす! 今度こそ直撃したものの、熊は両手を地面につけてダメージを耐えきった!

「うっそでしょ!?」

 熊の頭を足場にして、マリヤはトラック方向へ距離を取る。耳に届くのは、馴染みのない少年の雄叫び。

「常磐さんを返せぇー!」

 横を見れば、優紀が腕を振り上げて、イノシシたちに殴り込んでいた。

「ちょ、優紀君なにして――!」

 そばにいたはずの穂乃花は、将のサポートで手一杯なようだった。優紀の奇行に今さら目を丸くする。

 イノシシの禍々しい牙と拳がぶつかり合う直前、その薄い隙間を埋めるように薄紅色の壁が展開。

 優紀はシールドごと押しこもうと力を入れているようだが、びくともしていない。

 対して、イノシシの牙もシールドを貫けていない。それどころか、傷一つつけることすら不可能なようだ。

 即ち、優紀のシールドは一度展開したらその場所から動かせないということ。攻撃には転用できなさそうである。

 空中にいる間にそこまで考えたマリヤは、着地し、熊に対して構えた。

 優紀の叫び声が再び届く。

「常磐さんを……どこへやったんだ!」

 構わず熊を睨むマリヤだが、次の穂乃花の声には振り向かずにいられなかった。

「横から来ますッ!」

 別のイノシシが横合いから優紀へ突進、優紀は呻きながら吹っ飛ばされる。

 穂乃花が優紀を受け止めに飛ぶと同時、トラック運転席の窓が開き、男が叫んだ。

「撤退だ! 全員撤退! 早く乗れ!」

 マリヤは素早く仲間たちに目をやる。

 将は乱暴に放電、群がる野犬たちを牽制して跳躍、トラックの上に飛び乗った。

 穂乃花は優紀を抱えたまま、お得意の両足ジェット噴射でトラックを追いかけている。

 マリヤは一直線に地面を駆け抜けた。穂乃花も屋根の上に着地。二秒後にマリヤも追いつきトラック背面にある取っ手を掴む。即座に運転席にいる室長へ無線を飛ばす。

「クイーンからディーラー! 全員乗りました、お願いします!」

 瞳孔を震わせながらそう言った。振り返った時、イノシシの牙が目の前にあったのだ。

 トラックは危なっかしいエンジンの悲鳴を上げて、イノシシたちの追尾を振り払っていく。

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