第6話 雷の少年

 刹那、カラスが一瞬ブルリと震えて、歪な黄色い線が空中を瞬く。遅れて、ズドンという音が全身を叩く。

 カラスは途端に姿勢を崩し、くるくる回って優紀の頭上に降ってきた。それを横から風が攫い、木の枝の上へ不時着させる。

 黄色い線が伸びてきた方向へ、穂乃花が文句を言いつけた。

「なにが伏せろですかお兄ちゃん! 思いっきり当たるところだったじゃないですか!」

「うるせーな今回はやけに数が多いんだ、文句言ってる場合じゃねえだろ!」

 現れたのは、ツンツンしたスポーツ刈りが特徴的な男の子。身長だけなら年下にも思えるほどだが、穂乃花の兄と考えると、その年齢は想像がつかない。同い年か、先輩なのだろう。

 しかし、服装はマリヤや穂乃花とまったく同じ。服装的違いは、右手首にプロ野球チームのリストバンドをつけていることくらいか。

 そんな少年に、マリヤが片手を挙げて呼びかける。

「それより将、当該少女見なかった?」

「見つけてりゃとっくに保護してら」

「ま、そだよね」

「つーことは、そっちもまだか……って、そいつが」

「うん。田中優紀君」

「なんで三人一緒にいるんだ、穂乃花と二人でトラック行きじゃねぇのか」

 将と呼ばれた少年に下から睨み上げられ、優紀はたまらず一歩下がった。すると視界の隅になにかを捉えて、歩み寄る。その間も、穂乃花たちの会話は続いた。

「怪物に囲まれてて、わたし一人ならともかく守りながらの離脱はちょっと」

「ったく……。おめーはもう少し自信持てよな? ……っておいお前、なにしてる」

 将に呼びかけられるのと、優紀が気になったそれを確認するのがほぼ同時。

 優紀は木に貼りつけられたうさぎのシールを指さして伝えた。

「これ! 常磐さんのシールです!」

「はぁ? なに言ってやがる」

「ですから! 常磐さんにはシールを集める趣味があって、もしかしてたぶん、逃げている時に目印を残しながら逃げたんじゃ……!」

 瞬間、マリヤたち三人の目が見開いた。目を見張る俊敏さで、方々に散らばる。

「テメェの言う常磐ってのは捜索対象のことかよ! にしてもなんでよりにもよって、そんなチマチマしたもん……!」

「将! ぐちぐち言ってないで手掛かり探して! だいたい将はいつもいつも口ばっか」

「お兄ちゃん、つべこべ言わないで黙ってください! 昔から減らず口でしたけど今も」

「お前らにだけは言われたくねぇよ!」

 三人の喧騒を無視して、いくつもの木の幹を見て回る。

 そうして動き回っているうちに、遠くの地面に、なにか紙きれのようなものが見えた。

「っておいお前! 保護対象がそんなに離れんな!」

 将の制止を無視して一歩踏み込んだ瞬間、ガサガサと頭上で木の葉が揺れる音がする。

 ハッとして見上げると、鋭い目をした大きなネズミが、木の枝の上から襲いかかってくるところだった。その体長は明らかに一メートル以上。威圧感が尋常ではない。

「うわあ!?」

 優紀は尻餅をつき、反射的に腕で顔を隠す。バシン! という音が響くも、痛むのはお尻だけ。

 おそるおそる目を開けると、薄紅色の光の壁が目の前に広がり、ネズミを受け止めていた。

「え」

 呆ける優紀の視界の中、ネズミが一瞬ブルリと震え、そこへ眩い閃光と轟音。あとにはビチバチと電気の跳ねる音が残る。

 ネズミは気を失って脱力し、斜めの壁を滑って地面に落ちた。

「お前……サイコアーツが使えたのか」

「えっと……オーラでは?」

 先ほどマリヤから聞いた馴染みのない単語は、確かサイコオーラと言ったはずだ。

 優紀へ向けて、マリヤが助け船を出す。

「サイコアーツっていうのは、サイコオーラをコントロールして発動する特殊な現象のことだよ。あたしは刀の形に固形化できるし、穂乃花ちゃんは風、将は雷を作って操れる」

「すごく大雑把に言えばですけどね」

 穂乃花の合いの手に頷き、マリヤは将の方を向いた。

「――んで、優紀君はさっきもサイコオーラを纏ってたんだ。あとで確認するけど、たぶんサイコストーンを持っていると思う」

「あとでって……まあ今は当該少女の捜索が先か」

 スポーツ刈りの頭をかいた将は、再び優紀の方を見ると改めて怒鳴る。

「って! だから勝手に俺たちのそばを離れんなって言ってんだろうが!」

 優紀は話の途中で足を動かし、先ほど見つけた紙きれを拾いに行っていたのだ。

「どうしたの、優紀君」

 マリヤが肩をすくめて歩み寄る。優紀は紙きれを拾い上げ、目を通したところだ。

「これ……常磐さんの字です」

「メモ用紙?」

 数行使って大きく『辻見堂医院』とだけ殴り書きされたその紙きれには、永和の集めていたアニメキャラクターのシールが一枚、貼りつけられていた。

 受け取ろうと近づいてくるマリヤだが、突然右手を耳に添える。穂乃花と将も同様に。

「どうしたんですか?」

「ん? 上司から連絡。――クイーンですどうぞ。……いえ、当該数字札はまだ。ただいまエース、キングとは合流し、スペード数字札と四人で捜索に――ッ」

 マリヤたちがいっせいに顔をしかめた。謝罪の言葉を口にするあたり、怒られたのだろうか。

「お言葉ですが! 女の子が一人きり、かつ異常に暴獣の数が多い状況で彷徨っているんです! 放っておけませんどうぞ! ……なっ……わかりました至急戻ります」

 無線通信は終わったようだ。マリヤは空笑いする。

「たはは、報告は逐一行えって怒られちゃったよ」

「あの、常磐さん探しは……」

 右手を小さく上げて尋ねるも、マリヤの表情は芳しくない。それどころか、追い詰められた表情だ。

「ごめん。一時中断。すぐに再開するためにも、今はついてきて」

「――ッ」

 すぐにこの三人を振り切って、一人でも捜索を続行するべきかという選択肢が浮かぶ。

 しかし不安も募った。自分一人で、はたして永和を見つけられるのだろうか。

 今はこの人たちに従うべきでは? そうすれば、複数人で捜索が可能だ。頭数は多い方が絶対にいいだろう。――そう、信じて。

「わかりました」

 今はこの人たちに思いを託す。優紀はそう決めて、マリヤたちの背中を追いかけた。

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