第4話 刀の少女

 暴獣化した野犬に対し、マリヤはわずかな姿勢の変化で牽制をかけつつ、無線を繋ぐ。

「クイーンからエース」

『エースですどうぞ』

 右耳につけたイヤホンから、可愛らしい女の子の声が聞こえてくる。

「今スペードの数字札一枚ドローしたの。でもまだもう一枚、ハートの数字札が場に出てる。探すの手伝ってくれないどうぞ」

 スペードは男性、ハートは女性、数字札は民間人のことを指す。マリヤたちの無線の文法は、トランプ関連に置き換えられている。

『なっ……ああもう、仕方ないですね行きますどうぞ!』

「ありがと。特徴は明るい緑色のパーカーと深緑の帽子に半ズボン。あと、白いポシェット。背丈は一五〇だからどうぞ」

『エース了解、サーチ開始します!』

「お願いね。続けてクイーンからキング」

『キングだどうぞ』

 荒々しい男の子の声。怯むことなくマリヤは続ける。

「こっちの状況は傍受の通り。当該カードに心当たりはどうぞ」

『あるわきゃねーだろこっちも捜索するってことでいいんだなどうぞ』

「話が早くて助かるよ。続けてクイーンからディーラー」

 今度は、キングよりも重く低い男の声がした。

『ディーラーだどうぞ』

「傍受の通り作戦行動を変更したので、承認お願いしますどうぞ」

『順番が逆だ。伺い立てが先だろうが』

 お説教にマリヤは口をとがらせる。

『全カードよく聞け。クイーンが保護した数字札はエースに引き渡せ。エースは受け取ったらすぐ帰ってこい。ハートの数字札探しはクイーンとキングの二枚体制だ。キング、エースも聞いているな? わかったかどうぞ』

『キング了解』

『エース了解』

「クイーン了解です以上通信終わり」

 無線を切ったマリヤは右手に意識を集中させる。

 薄紅色の光が右手で輝きを増し、二メートル近い日本刀の形を模した。フラッシュの直後、光の塊は物質化。本物の日本刀に早変わり。刀身の色は怪しい朱色。暗闇に灯る蝋燭の炎だ。

「えっ!?」

 真後ろで驚く優紀を無視して、マリヤは左手に刀を持ち変える。流れるように、暴獣化した野犬にその切っ先を向けた。

「お待たせワンちゃん。悪いけど、一瞬で片付けさせてもらうよ」

 野犬は一吠えして、マリヤに襲い掛かる。マリヤはすぅっと目を細めて、刀を左下に降ろした。右足を前に出し、刀に右手を添える。

 優紀は驚いた。マリヤの輪郭がブレたのだ。

 マリヤが野犬の懐に飛び込み、右上へ刀を滑らせる。綺麗な軌道を描いて、見事にその胴体を捉える!

 刹那、刀身がクルリと回転。峰打ちで腹部を打ち上げ、野犬を大空へ吹っ飛ばした。

 マリヤは刀を振り上げたまま、残心。ゆっくりと息を吐く。

 日本刀がその輪郭をあやふやにして、紅い無数の光の粒となって消えていく。

 最後に大きく息を吸ってから、優紀の方へ振り向いた。

「よしっ、優紀君。そのお友達、どっちにいるかわかる?」

 優紀は足元からなにかを拾い上げたところだったらしい。

 すぐにハッとして、右を見て、左を見て……顔を青くする。

「わ、わかりません……!」

 瞳孔が揺れている。泣きそうだ。

 マリヤは肩を竦めると、すぐに慰めにかかった。

「わかった、わかった。そういうことならあとは任せて? 大丈夫、なんとかするから」

 にかっ、と笑って見せて、力強く優紀の肩を叩く。

「でも……!」

「君が今考えるべきは、今日を生き延びることだよ。優紀君の友達は、必ずあたしと仲間が見つけてみせる。その時君がいなかったら、友達はどんな思いをするのかな」

 マリヤの背中側、はるか遠くから、風の吹き荒れる音がした。優紀の驚いた表情から察しつつも、マリヤは振り返る。

 木々の隙間から見える青空に、竜巻が一本生まれていたのだ。それはすぐに消えて、残るのは形を変えた白い雲のみ。

「あたしも合図を返さないとね」

 マリヤは再び日本刀を創り出すと、大空に向かって放り投げた。そして、優紀の手を取る。

「走って!」

 竜巻が生まれた方向へ駆け抜けながら、マリヤは呼吸を乱すことなく説明した。

「さっきの竜巻はあたしの仲間、穂坂穂乃花ちゃんっていう子の能力だよ。今から合流して、優紀君を安全なところまで送り届けてもらう。その後あたしが君の友達を探すから」

「ぼ、僕も常磐さんを探します!」

 怯え半分、切迫感半分。優紀の震えた声だけで、マリヤはそう判断する。

 そういう感情で言っているなら、連れていけない。

 だから、きっぱり否定した。

「ごめんね。時は一刻を争うんだ。君の心意気は認めるけれど、ただのワガママを容認するわけにはできないよ。それに、一般人を巻き込むわけにはいかないし」

 人知を超えた超速で森の中を駆け抜けていく。

 優紀を引く手に重さを感じないことに不思議がりつつ、後ろから飛んでくる質問に耳を傾けた。

「一般人って……船橋さんっていいましたっけ?」

「マリヤでいいよー」

「……マリヤさんは、いったい何者なんですか」

 そういえば、肩書を名乗っていなかったなと思い出し、マリヤは組織名をそらんじる。

「警視庁超常事件対策官室。英語でShooting Esper Teamと書いて、頭文字のSETを並べて、セットと読むの。あたしはそこの班員で、現場指揮官さ」

「警視庁の、SET……」

「そう。現行法律では裁けない、超常現象絡みの事件を阻止・摘発することが主な仕事。要するに、都内で頻発している野生動物暴獣化現象の原因究明と、犯人がいるなら犯人逮捕が今のミッションってわけ!」

「な、なるほど……」

「わかってくれた? ――って」

 ここでマリヤは一瞬振り返り、とんでもない現実を目の当たりにする。優紀の全身が、マリヤ同様、薄紅色の光に包まれているのだ。つい、二度見してしまう。

「優紀君、なんでサイコオーラ……まとえているの……?」

「さいこ……はい?」

「サイコオーラね、サイコオーラ」

 前を向き、空いている手でカタカナを書きながら説明した。

「今あたしや優紀君が身に纏っている光のことさ。筋力や五感、身体機能全般を見違えるほどに引き上げる効果があるんだ。無意識に使えるようなものじゃないんだけどな」

 そもそもオーラの発動には必要な物がある。それを既に優紀が持っているということになるが、だとすればいつどこで……と考えていた、その時のことだった。

 正面から、とても強力な向かい風。二人は大きく煽られる。

「うぐぅ、これは……!」

「おわあ!?」

 辛うじて踏ん張れたマリヤだが、優紀はそうもいかない。

 優紀が呆気なく吹き飛ばされ、繋いだ手が引っ張られれば、さすがのマリヤも耐えられなかった。

 二人して、湿った地面にずてんと滑り込む。

「びっくりした……優紀君、怪我ない?」

「ぼ、僕は無事ですが……」

 サイコオーラは、無意識の反射神経や自己治癒力をも強化する。この程度の転倒であれば、片手が塞がっていようと運動に支障が出るレベルの捻挫や打撲とは無縁だ。

 二人が立ち上がったところに、甘く可愛らしい女の子の声が遠くから届く。

「ごめんなさ~い!」

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