第5話

5、

 そこからの眺めは丁度、城郭の胸壁の上に立つのに似ていた。強い海風になぶられながら眼下に拡がる蒼海をすがめるが、船影はおろか、海鳥の姿すらない。

 島の外縁に歪な円環を描いて連なる断崖は、まさに城壁の如く侵入者を阻んでいるが、南西のその一郭にはよく見れば、断崖に、海に向かって降りるつづら折りの杣道そまみちが貼り付いているのだった。杣道を降りきった場所は小さな入り江になっていて、船を着けることが出来る。

 では何故、昨日は、危険な洞窟を潜り抜けたのだろう。タルスはいぶかしんだ。まるでその胸の裡を察したようにヴェリタスが話題に出してきた。

「私たちがやって来た洞窟は、〈王宮〉を挟んだ島の反対側にあります。しかし、あの洞穴は今は使えない」

 強風で、声を張り上げないと聞き取りづらかった。タルスも大声で返した。

「と云うと?」

「アスカランテが島に着くのは、おそらく三日後の晩。この島は日ごとの潮位差がかなりあって、その頃にはあの洞穴はすっかり水の下になります。その場合、彼奴らの上陸する箇所はここにならざるを得なくなる、という訳です」

「そして、この道を登ってくるーーか」

 足下の杣道を眺めながらタルスは、頭を廻らした。

 アスカランテがどれ程の権力を持つのかは知らないが、ことの性質からいって正規軍を大っぴらに動員するとは思えなかった。精々が一、二分隊。人数だと二十人に満たないくらいだろう。勿論、たった三人に対しては充分すぎる人数である。どころか、ヴェリタスの依頼と来たら、タルス一人で追手たちを丸々一晩、つまり四日後の夜明けまで留めておいて欲しいという無茶なものであった。

 彼らの云う〈儀式〉には、三日三晩という時間がどうしても必要で、その間は何人足りとも邪魔が入っては困るというのだった。勿論、中途で抜け出すこともかなわない。シスのうたが使えないのはそういう訳だった。

 一旦、退いて身を隠し、再び島にやって来てはとタルスは条理を説いたが二人は頑なだった。その〈儀式〉は星辰が定まった刻に従って行われねばならず、もはや島を離れるのもかなわないという。

 二人の口吻は真剣そのものであり、自らの身命を賭しているのは間違いなかった。そして、どうにも曖昧な仄めかしに終始しているのだが、その〈儀式〉とやらが、かつてレンス海の覇者であった、彼のジンガリアに纏わる事々であるらしいのも確かなのだった。

 というのも、彼らがタルスに報酬として差し出した品物は、色とりどりの珊瑚と、信じられないくらい大粒の真珠とで出来た、凡そ人間ゾブオンの手に成るとは思われない宝冠だったからである。或いは、案外、アスカランテの目当ては、この古代国家の財宝にあるのかもしれない。

 とまれ、タルスの取れる選択はほとんどない。此れからの旅路をかんがみればーー万が一、この危機を生き延びられるとしてーー報酬は喉から手が出るほど欲しいものであった。また、先だって手下てかの者を鏖殺されたアスカランテからすれば、タルスを容赦するとは思えなかった。さらに、例え二人を裏切ったとしても、タルス一人で帆船を操って再びレンス海に戻れるかどうか怪しい。つまり、どのみち闘わなければ道は拓けないのだ。

「武器でも何でもいい、備えになるものはあるのか?」

 ヴェリタスの答えは、色好いものではなかった。

「残念ながら、ほとんど……」

 彼自身の舶刀の他は、これといった装備はないという。タルスは自嘲気味に嗤った。タルスは戦士であって、機略縦横の軍師ではない。起死回生の妙計など、都合良く降って湧いたりはしないのだ。タルスは考え考え、ヴェリタスに確かめる。

「ーー思いつく防衛線は、三つだ。先ずは此処。崖道を登ってくる敵を迎え撃つ。次がーー」

 と、タルスは島の内側を見遣って、

「〈王宮〉を含んだ島域全体。最後が洞窟の入り口。俺が面倒を見れるのは精々そこまでだ。穴の中は手に負えないだろう」

 ヴェリタスたちの〈儀式〉は、あの洞窟で行われるのだという。内部の無数に枝分かれした道のどれかが秘密の場所に通じていて、そこで三日に渡り続くらしい。何れにしてもタルスがその場に居合わせることはないし、今から洞窟内部を駆使した戦術を編み出すのも現実的ではなかった。タルスの決戦は、その前に終わるだろう。

「それで具体的にだが……」

 タルスが苦肉の策を伝えると、ヴェリタスは思案顔になった。やがて長考の末、渋々同意したのだった。

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