YYYYY・サイドストーリーズ

アロハ天狗

町田/神奈川県境の酒場にて

十兵衛の町田来訪しばらく前 


壁に叩きつけられた酒瓶の割れる鋭い音が、店内に響いた。

場所柄、客側も店側も多少の荒事は織り込み済の店である。だが今日のそれは、"多少"では済みそうになかった。


「ホッホッホ、柳生宗家から徴税の権を賜るこの私、クワイ・鑑真様の言葉が聞けぬと言いますか…面白い冗談です、気に入りましたよ、店主」

「その…先月までは、売り上げの75%を献上していましたが…突然97%に上げるなんて…!税が上がったなんて話も聞こえてこねえですし」


そう抗議した店主の息が、その時突然詰まる!店主は声も出せずに苦しみながらその場に浮遊していく。


「これは何か勘違いされているようですねえ…、今回の上げ分は皆さんが支払うべき税をわざわざ朝廷(訳注:柳生朝のこと)に代行してお届けしている私の手数料です…ホッホ、今までは支払を猶予していた分もこれから健全に回収していきますので、不払いの心配はせずとも結構ですよ」


察しの良い読者ならお気づきであることだろう…店主の首を絞め持ち上げているのは、クワイ・鑑真である!彼は背中からバイオ第三腕を生やし、それで店主の首を絞め持ち上げているのだ!バイオ第三腕は透明なので、さながら念力の如し!恐るべき魔技である!


店内は重苦しい沈黙に包まれる。クワイ・鑑真。武侠王朝「梁」から突如結界暴風を越えて渡来し、殺人エビル戒律とバイオ第三腕による圧倒的な力で柳生朝に取り入り、町田/神奈川一帯での徴税官の地位を得るに至った悪漢である。彼に表立って抗議することは、柳生に弓を引くに等しい…それすらも、クワイ・鑑真と対峙して生き残れたらという余りにも楽観的な話である。


店主の首を絞める力が弱まり、どさりと体が落ちる。

「マスター!」

床に横たわりながら激しく咳き込み店主のところに、店の看板娘、阿淫(あみだら)が駆け寄る。


「まあ…私は皆さまの利便性を第一に考えていますので、税の支払い方も現金以外にも様々なオプションをご用意してさしあげましょう。見たところこのお店の場合…現金での支払いが困難なようなので、そこのお嬢さんの身柄が最適な選択肢かと思いますが…いかがでしょうか?」


「ゴホッ、ゲホ…その娘には…どうか…!今月の金なら出すから…」

店主は掠れた声でそう言うと、床下から小型金庫を取り出す。そこには大量とは言えなかったが、今月の支払いを凌ぐには十分な現金が含まれている。


店主から差し出された現金を無造作にひったくるクワイ・鑑真は、そのままバイオ第三腕で阿淫の胴を掴む!

「キャアアアア!?」

「どうして!?」

「ホッホ、私が先ほど支払いをお断りされた時から10秒2%複利の延滞利息が発生していましてねえ!心苦しいですが私の機会損失も相当!やはり彼女はお預かりしていかざるを得ないようですね!」

「マスター!マスター!」

店内に阿淫の悲鳴とクワイ鑑真の声が響き、その後は重苦しい沈黙が続く。


カラン。

氷がグラスで揺れる音が店内に響いた。

店内の片隅、目立たぬカウンターで男が一人、立ちながら酒を飲んでいた。

氷の音はお代わりの合図だ。


「ホッホ…笑える冗談が絶えない良い酒場ですね、ここは…!そこの方、残念ながら今晩はもう閉店ですよ!これで次の店で飲みなおすといいでしょう!」

クワイ・鑑真が床にコインを投げ落とす。


男が振り向く。全身は黒づくめ。室内だというのに帽子を目深に被り、その顔は影に包まれている。しかし、見る者がみたらその顔面が包帯で覆われていることに気づくだろう。

そして、男の足元には、唯一の荷物のギターケース。


「それとも…何か余興でも演じてくれるのですかね?ギター弾きさん」

男はその声には耳を貸さず、阿淫の目を見た。

「たす…けて…」

その口から微かな声が漏れる。


男はギターケースを蹴り開ける。蓋が開くと同時に、バネ仕掛けで鎧のパーツが飛び上がる!男は回転しながら跳びあがると、信じがたき身体制御能力によって中空で鎧を身に着けていく。着地した男の顔面を、最後に髑髏面が覆う。


「…!その鎧…ッ!あなた、まさか…!」

クワイ・鑑真の声から余裕と嘲りの色が消える。

いまや鎧武者姿となった男、その額にはこう刻まれていた。


柳生ベイダー


「コー…ホー…!」


(終わり)


※これはmktbn(@mktbn)さんのリクエスト「柳生ベイダー」を受けて書かれたものです。

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