世界のひっくり返し方〜How to revolve the WORLD〜

サヨナキドリ

未来革命

「一緒に革命を起こそう!独裁者を打ち倒そうじゃないか!」


 私はけげんな顔をする。仕事の依頼と聞いてきたのだけれど。


「独裁者って……日本は民主主義国家ですよ。選挙だってちゃんとしてるし」


 私がそう答えると、あなたは心底呆れたようにため息を吐いた。初対面でこんな調子だったから、はっきり言って印象は最悪だった。


「あのなぁ、じゃあ前回の衆議院選挙の当選者450人のうち、実に三分の一におよぶ150人はいったいどこに消えた?」


 ティースプーンを振りながら話すものだから、コーヒーのしずくが飛んできて顔をしかめる。


「国会議員は選挙の後、総理大臣がふさわしい人を選定してるんですよね。憲法第十五条に基づいて」

「おお!キチンと根拠法まで出てくるとは。よく勉強しているね」


 どう見ても私と同い年くらい、いって20歳くらいに見えるのに、やたら偉そうにあなたは言った。先生にでもなったつもりだろうか?よっぽど手元のカフェオレをぶっかけて帰ろうかと思ったものだけれど。


「その憲法第十五条なんだけどね、条文は『公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である』で、総理大臣の権限については全く書かれていないんだ」


 続いた言葉に私は少し目を見開いた。何も見ずにそらで言ってみせたことと、知ってると思っていた条文の意外さに。


「え?条文に書かれていないなら、なんで総理が国会議員を選定してるんですか?」

「10年前、今の総理が就任してすぐのときに、学者がある特別公務員の任に就くことを総理が拒否した事件があったんだ。その時に持ち出されたのがその『総理大臣には公務員を選定する権利がある』っていう憲法第十五条の解釈」

「10年前って……そんな無茶苦茶なこと、大人たちは許したんですか?」

「もちろん戦った人はいたさ。特に学術界は。500を超える学会から総理の行為を諫め、法律に基づいて正しく任命するようにと要望する声明が出された。国際的に最高の権威を持つ学術雑誌も社説で批判した。双璧とされるふたつの両方が。ほとんど『知』の世界と全面戦争状態にあったといっても過言じゃあない」

「じゃあどうして」


 私の問いに、あなたは一瞬沈痛な顔をした。


「……戦わない人の方が多かった。当時の大人の大多数は『自分には関係がないことだ』と静観を決め込んでいた。実際、任命を拒否された学者はたったの6人で、推薦された特別公務員としての仕事も、政府に科学的なアドバイスをするくらいのものだ。直接国民生活に影響を及ぼすものでは全くない。中には『学者たちは上から目線で偉そうだ、無礼だ。国益に沿わない学者なんて無価値だ。』と、総理を積極的に支持した大人もいた。結果、総理の暴挙は黙殺され、10年経ったらこの通りだ」


 あなたは突き放したように言った。わずかに悔しさをにじませながら。私は手が小さく震えるのを感じた。


「でも、総理大臣だって選挙の結果で選ばれて……あ」

「『国会議員は総理が選定する』。実際、今回の選挙だって150人の就任拒否がなければ与党議席はギリギリ半数を割ってたんだ」

「そんなの、法律に反するなら裁判所が黙ってないはず」


 その言葉にあなたは首を振る。


「駄目なんだ。憲法第七十九条『(前略)その長たる裁判官以外の裁判官は、内閣でこれを任命する』。学者を任命しなかったのと全く同じロジックで、反抗的な裁判官の任命を拒否してる」

「……警察は」

「行政だから直接内閣の管轄下だな」


 視界が、端からじわりと暗くなっていくのを感じる。


「じゃあ、革命でも起こすしかないって言うんですか。フランス革命みたいに」

「暴力革命か?いいね、俺好みだ。でも、よしといた方がいい」

「なんで」


 縋り付いた細い勝ち筋が目の前で絶たれて思わず動揺する。


「個人の葬儀にも自衛隊を担ぎ出す連中のことだ。『暴徒の鎮圧』となれば、喜んで引っ張り出すだろう。火炎瓶と投石で戦車とライフルに勝つつもりか?」


 私は俯いて、手をぎゅっと握った。


「だったら、もう詰みじゃないですか」

「分かるかい?さすがいいセンスをしてる。その通り、チェックメイトだ」


 やけに明るい声にむっとして顔を上げると、あなたはまっすぐ私を見つめていた。


「だから君の力が必要だ」


 その声に、冗談の色はもうなかった。


「盤面はもう詰んでいる。俺たちはゲーム卓に着く前に負けている。でも、最後には絶対勝つ。君とならできる」


 真摯なその言葉。けれど私は目を逸らす。


「それなら、声をかける相手を間違えていますよ?私はただの、高校生兼ゲームクリエイターであって、ゲームの主人公じゃありません」


 その言葉にあなたは興奮した様子で立ち上がって言った。


「だからだよ!君のゲームには『世界』がある!勇者は世界の中で戦うことしかできないが、君には世界を作る力がある!」


 それからあなたは私の手を掴む。あなたの熱が、直接伝わってくる。


「一緒に世界をひっくり返そう」



——「あれから、もう3年になるんだ。……『一緒に』って言ったのに。聡太さんの嘘つき」


 手に持ったリバーシのコマに囁く。これこそが世界をひっくり返すスイッチ。このデザインは彼たっての希望によるものだった。最期まで芝居がかったことが好きな人だった。


 白の面を上にして、緑の盤面に置く。


「さあ、ひっくり返れ」


**


「何がどうなっている!」


 官邸で総理の怒号が飛ぶ。


「分かりません!原因不明ながら、円が下げ止まりません!現在1セント190円、200円を突破!」


 秘書官が緊迫感のある声で返答する。


「セントじゃなくてドルだろう!この非常時に馬鹿みたいな読み間違いをするな!」

「セントで合ってます!」


 戦場の様相を成す官邸。その時、総理のARディスプレイの隅にメッセージの着信を示す通知が灯った。


「少し抜ける。戻るまでに原因と対策をまとめておけ」

「総理!?」


 呼び止める秘書を無視し、総理は部屋を後にした。自室に戻った総理はベッドに横になると、うなじに着いたVRターミナルをフルダイブモードにした。それから、メッセージに書かれていたリンクに飛ぶ。辿り着いた場所は緑色の床が果てしなく続くVR空間だった。総理大臣を呼びつけるには色気のない空間だと思ったが、こういった場所の方が得てしてセキュリティが高いのだと思い直す。


「総理」


 背後からの声に振り返る。そこには、まだ少女と呼べるような歳の女性がいた。3Dモデルではなく、現実の姿をそのままアバターにしているようだった。


「はじめまして。株式会社キーラCEO、ディレクターの桜野ソラです」


「挨拶はいい。私の資産を守るというから、忙しい合間をぬってきたのだが?」


 横柄な態度にも動じずに、桜野は微笑んだ。


「ええ。突然の円安に総理も驚かれていると思います。このままでは、円が紙屑になってしまいますから。我々としても円と『セロ』の交換を中止させていただいているのですが——」


 セロ、というのはキーラが提供する仮想通貨のことだ。現在では、国内で行われるあらゆる決済のうち半分をセロによるものが占めているという。桜野は前屈みになりながら、声を潜めて言った。


「総理には特例としまして、連携なされている口座の全額を、昨日のレートで交換させていただきたい、というご提案になります」


 さすがの総理もこれには目を丸くした。昨日までは、1ドル=100円=100セロ、というレートが成り立っていたのだ。額面で100倍以上の価値になる。


「……君、名前は?勲章は何が欲しい」

「桜野です。大勲位がいいですね」


 そう答えながら桜野は虚空からスクロールを取り出して総理に渡した。VR空間における契約書だ。


「桜井くん、欲張りすぎだ。こういうとき、目上の相手には謙虚さを見せるものだよ」

「桜野です」


 総理がVRの流儀に従って親指で承認ボタンを押す。それを見た桜野はにっこりと笑って頭を下げた。


「では、私はこれで失礼するよ。君のように優秀な人が秘書にいるといいかもしれない」


 そういいながら総理は二本の指を振り下ろした。けれど、現れるはずのメニュー画面が出てこない。


「まだお帰りいただくわけにはいきません。大切な話が残っていますから」


 そう言いながら桜野はゆっくりと顔を上げた。総理が眉をしかめる。


「私は忙しいと言ったはずだが?」

「——MMT、現代貨幣理論って面白いですよね。私は大切な人に教えてもらったんですが」

「なんの話だ?」


 一方的に話を続ける桜野に、総理は苛立ちを募らせる。桜野はそんな総理の様子を気にも留めずに語り続ける。


「『貨幣を貨幣たらしめる要件は、課せられた税金の支払い手段であることだ』なんて凄く刺激的です。我々もある種の貨幣を発行する身ですし、現在3億人が集うこのバーチャルワールド—私としてはVRMMOなんですが—『WORLD of light』に支払う月々のサブスクリプションや、イベント毎に開催されるガチャに使われるセロも、一種の税金と呼べるかもしれません。」


 総理は更に眉間のシワを深くして口を曲げた。ここまで馬鹿にした扱いをされたことは、総理になって以来どころか官房長官の頃から無い。そんな総理とは対照的に、桜野はにっこりと笑って言った。


「——では、そんな私たちへの納税に、円の使用が禁止されて、ドルかセロに限定されたらどうなるでしょうか?」


 長らく錆びついていた総理の思考回路が火花を散らした。


「この円安はお前が仕組んだのか!」

「心配しないでください。警察、自衛隊といった公務員の方には、セロ払いで補償を行う手筈になっていますから。あなたは別ですが」


 こぶしを振り上げ殴りかかるも、当たり判定がなくすり抜けてしまう。


「そうそう、大事な話がまだでした。まったく、前置きが長いのは誰に似てしまったんだか」


 桜野はそう言って手を合わせながら振り返る。それから、顔に笑いを貼り付けたまま言った。


「総理、あなたのアカウントに重大な不正が判明しました。よって、あなたのアカウントは永久BAN。セロは運営が没収となります」


 総理は絶句した。もう一度飛びかかろうとして緑色の地面に倒れる。見ると、足が細かな青いボクセルに分解されはじめていた。


「待て!不正ってなんだ!説明しろ!」


 分解されながら総理が手を伸ばして叫ぶ。それを見た桜野は、本当に嬉しそうににっこり笑って答えた。


「それはできません。運営にも、説明出来ることと出来ないことってありますから。」


 断末魔の叫びを上げて総理が消えると、桜野は膝から崩れ落ちた。


「……仇、討ちました。これでよかったんですよね、聡太さん」


 そう言いながら両眼を手で拭った。


「今日は少しだけ泣いてもいいですか?」





「勝手に殺すな——ってのも妙な話か。実際死んだんだし」


 その声に桜野は弾かれるように顔を上げた。懐かしい姿がそこにはあった。


「聡太さん、ですか?」

「正確には、ニューラルネットワークによるその記憶と思考回路のバックアップ、だけどな。そっちで死んでからはこっちが俺の世界だった。……よく頑張ったな、ソラ」


 ソラは抑えきれず聡太に抱きついた。聡太は彼女を受け止めて、優しく頭を撫でた。


「だが、こっからが大変だぞ。世界がひっくり返ったってことは、俺たちが国を運営しないといけないんだから。他人任せにはできない」

「はい。でも絶対に大丈夫です。2人なら!」

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