第3話

 そんで、なんだっけね?そう、目を抉られた後だね。わたしは、謝りにいったんさね。怖かったからってのもあるけんども。でも、反省したからだよ。目ン玉が片方なくなって、それまで言われなかったようなことを言われるようになったんさ。人間なんてひどいもんだよ。それでさ、わたしは婆さんの気持ちが分かったのさ、馬鹿にされるのは嫌なことだって。

 婆さんは、汚い臭い小屋に住んでてね。胡散臭げにわたしを見てたけどね。わたしが謝ったのを聞いてね、感動して、あんたは、いい子だねぇ、いい子だねぇ、カラスもあんたの目は抉らなければよかったのにねぇ、いい子だねぇ、としきりに言った。それで、あんたの目を返してやろうか、っていうんで、ビンにはいった沢山の目ン玉をもってきたんだ。こん中にあるかい?って言ってね。

 でっかいビンだったよ、あんたの顔の二倍くらいさ。目ン玉がびっちりつまってたよ。綺麗だったんさぁ。おーかきらきらしてさ。あんなに、綺麗なもんはみたことがなかったね。ちょっとずつ、色が違うんだ、模様も違うんだ。感動してたら、婆さんは他にもビンをもってきて、次々に別の目ン玉を見せてくれた。なかには、青い目ン玉もあったね。緑色のもあった。黄色いのもあった、銀色みたいなのもあったね。色んな目玉だよ。色んな人の色んな目玉さ。

 でも、わたしはあることに気づいてわっと泣き出した。切なかったんね。なにがって?だって、こんなに沢山の目玉があるってことは、そんだけ沢山の人間が婆さんを悪く言ったてことだよ。悲しいことだいね。婆さんは、怖いのかい?ときいたけど、わたしの心持ちを言ったら、わたしの頭を撫でてくれたよ。あんたは、いい子だね、いい子だね、人間じゃないみたいにいい子だね、ってね。あんなに優しくわたしを撫でまわしてくれた人はそれまでにいなかったね。

  そういうわけで、わたしは、目盗り婆さんに弟子入りしたんだよ。


 わたしたちは、全国津々浦々を引っ越してまわった。一つのとこにいると、生活の邪魔するやつがでてくるんだよ。女三界に家無し、っていうだろう。女所帯は暮らしにくいんだよ。目玉だけは増えていくんだよ。

 婆さんはちょっとずつ衰えていったんさね。最初から年寄だったけんどもね。年々小さくなっちゃって、最後の数十年は寝たきりだった。数十年てのは、二十年くらいかね?えっ?また、歳の話なのかい?えっ?じゃあ、二年位でいいよ。二年だよ。

 とにかく、寝たきりだった。でも、婆さんは自由だった。カラス越しに世界を見ることができるようになってたから。空が見えて、野が見えて、海が見えて、人間の、動物の生活をいくらでも見ることができたんだよ。婆さんは、そうして下界を見ながらどんど小さくなっていって、赤ん坊みたいになったから、山羊の乳を飲まして、身体を拭いて、ゆすって、おしめを替えてあげたんさぁ。

 さいごには、もっと小さくなって親指ぐらいのなんだかピンク色のぶよぶよになったから、海にそっと戻してやったんだ。生きてるもんは、みんな海から来たっていうくらいの知識は、わたしにもあるんだよ。誰かに聞いたよ。生き物は海から上がって来て、四苦八苦してんだって。海ってのはしょっぱくて、ありゃ血と似た味がするね。涙や、お小水も似た味がするねぇ。海から来たなら、海に返すのが道理だろう。魚にくわれれてないとよいけどねぇ。ええ?

 ああ、そろそろ饅頭が蒸せてるだろうね。もってきてやろうね。

  饅頭が温かくなってるよ。お茶はもう一杯いるかい?ええ、あんた、溜息ついたね。嘘つきっていったね?ええ?頭がおかしいって?わたしゃ、地獄耳なんだよ。聞こえてるよ。ああ!!あんた、舌打ちしたね!そんなことを!よくも、まあ、家に招き入れていれてくれた人間にそんなことを言うね。心の内で思うならともかくさ。

 あっ!またそんな口たたいて!あんた口が悪いねぇ。あんた、後悔するよ。だって、ほらそこにカラスがいるからね。かぁーかぁーかぁーって、いってるだろう。鼻で笑ったね。

 ああ、カラスが来てるね。あれさ。ほら、凄い勢いで飛んでくる。あいつがやるんだいね。あれさ。あんたの目を抉るんだいね。ああ、もう来たね。窓のそとに来たね。

 ありゃ、ありゃ、ありゃあ。ふふん。あはははははは!もう遅いね。あははははは!あっはははははははははははは!包帯をもってきてやろうね。ええ?はは!そうかい、そうかい。あはっははは!

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目盗り婆さんの弟子 @spongeno

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