第2話


 わたしのうちは金もちだったよ。豪農っていうだろ。豪農。うちは、豪農だったんだ。おーかでっかい家に住んでたんさ。それで、目盗り婆さんはわたしが生まれるちょっと前くらいからウチの近くに住んでて、変な婆さんて評判だったけど、なんだか迫力がある婆さんだったんね。だけど、寄る年波には勝てなくて、調子を崩して婆さんはウチに食い物をくれないか、と頼みに来たんさね。それで、うちのおっとうと婆さんは玄関口で話していた。おっとうはウチにはあげてやんなかった。

 わたしとそれぞれ、二、三歳差のおにいたちがそれをみてた。おにいたちは、そっくりで双子みたいだったね。気味悪いくらい似てたんさね。

 婆さんは話しているうちに、急に身体をくねくねさせ始めた。婆さんは、御不浄を、そう、便所だよ、を貸してくれと言った。くねくね、もじもじしていたよ。くねくね、もじもじ...でも、おっとうは意地悪かったから、豪農の旦那様だ、っつんで鼻にかけてたからね、そうさなぁ、そうさなぁ、とかなんかいってすぐに許してやらなかったんさね。

 そうしてると、哀れな婆さんはぶるぶる震えて、そこでお漏らししてしまったんだ。着物にね、じんわりシミが広がって。おっとうは、にやにやしていた。本当に、底意地悪い奴だったね。おっとうは。そんでさ、にやにやしながらいったんさ、どうぞ、どうそ、御不浄に、どうぞ。その時、おにいたちがね、どっと笑って、やーい、やーいお漏らし婆と、言ったんさね。

 おっとうは、諫めもしなかった。ただ、にやにやしてた。おとうはそういうやつで、おにいたちをめちゃくちゃに可愛がってて、おにいたちも調子に乗ってて子供ながら立派にイやななやつらだった。わたしもいじめられてさ。

 婆さんは、こんどはぷるぷると小刻みに震えていた。ぷるぷるしいて、顔を真っ赤にして。その様子が、わたしにもなんだか、おかしくなってさ、おにいたちと三人で、やーい、やーいお漏らし婆と囃し立てた。おっとうも、ひひっと笑いだした。

 婆さんは、その時私ら家族をキッと睨んだんだ。そりゃすごい目だった。カラスの目だった。黒目ばかりで。黒々とした石みたいな。鋭い、喉笛をつついてぶっ殺してやろうか、っていうような。

 それに気づいたのは、わたしだけだった。怖くなって、そこを逃げだした。後ろでは、おにいたちが婆さんを嘲る笑い声がずっと聞こえていたんだ。

 それから、3日後だった。カラスはがわたしたちの目ン玉を抉ったのは。わたしらは、ウチで朝ご飯をくってて、窓は開け放してあった。カラスが来たんだ。3羽のカラスが物凄いいきおいで、部屋に舞い降りた。あっという間に、わたしと、おにいたちと、おっとうの目ン玉を、あの真っ黒な嘴でえぐりとって、それを咥えてとびたってった。カラスはね、その時人間の目をしていたよ。白目があって、黒目があって、賢そうな人間の目をしてたんさね。あっ、これは婆さんだ!婆さんの目なんだっ!て、わたしには分かった。

 そのあとは、阿鼻叫喚さあ。あの痛みときたら、その痛みは口では言えない。焼けるように痛いっていうだろ、焼けてるんだと思ったね、わたしは、生きながらに焼けているんだ、と。とめどもなく血が流れて、口にはいったよ。しょっぱくて生臭い。あんた、血の味わかるだろ?あの味だよ。あったかくて、生臭くて、気持ち悪くて、なんだか懐かしいような味がするんだよ。あの時の血の味は忘れないよ。わたしらは復讐されたんさ。婆さんを馬鹿にしたからさ。でもそれに気づいたんはわたしだけだった。そっから、家の近隣一帯ではカラスを殺すのが流行ったね。

 ああ、お茶も出してなかった。お饅頭も買ってたんだ。出してあげましょうねぇ。ああ、遠慮しない、遠慮しない。美味しい饅頭だよ。蒸かしてやろうね。

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