魔法of騎士

@bravein

早亜矢の誕生日

 その日、時刻は午後5時を迎えようとしていた。

「__…はい、じゃ、時間なんで帰りまーす」

「待て待て待て待て」

 午後5時ぴったり。総司そうしはここ精粋せいすい帝国帝国軍の精鋭部隊・竜騎士団の屯所からいち早く立ち去ろうとしたが、顔馴染みの隊士に呼び止められてしまった。

「…何ですか?定時ですよ、帰りますよ」

「まだ任務から帰ってない隊士だっているでしょーが⁉︎隊長のあんたが待たないでどーするんですか⁉︎」

 正論を捲し立てる隊士の言葉に総司はすんっとその青藍な瞳から光を消して、

「は?竜騎士団の一番隊は隊長がいないと何にもできないんですか?いい大人なのに?精鋭部隊が聞いて呆れますね。てゆーか、もう社会人なんだし時間守るのなんって常識じゃないんですか?隊長がいなきゃならない理由とは?」

 総司のしょうもない返しに困惑する隊士。その様子をはたから見ていた二番隊隊長の一条海琉かいるは、見かねて横から口を挟んだ。

由梨ゆり隊長、本日は何かご予定でもあるんですか?」

 問われて総司はピタッと口を紡ぐと、海琉を振り返って嬉々とした表情を見せた。ドキッと海琉が一瞬ときめいたことは本人にしか分からない。そんな海琉にお構いなく、総司はビシッとよく分からないポーズを決めて、

「そうなんです!(未来の)嫁の誕生日なんで」

「あ、そ」

 ひきっと誰が見てもよく分かるぐらい顔を引きつらせて海琉は、短く答えるとくるっと総司に背を向ける。

「あー!海琉さん!実は折り入ってお願いがあります!」

「嫌です」

 スタスタと立ち去ろうとする海琉の後をスタスタ追いかけてくる総司。

「そんなこと言わないでぇ〜♡お願い♡」

「…一番隊の居残り処理なんてしませんよ」

「そんなの、勝手にやらせるから大丈夫です」

 口調に怒気を込める海琉に、あっさりと返す総司。予想外の反応に、海琉は怪訝そうに振り返った。

「なんですか?お願いって?」

 問う海琉に総司は楽しげな笑顔を見せた。

 

 

 

「おっかえりー!優一ゆういちー!」

 いつもとは打って変わって嬉しそうに出迎えてくる早亜矢さあやに、優一は内心苦笑したが、いつもの無愛想な返事をして、由梨家の屋敷に上り込む。

「ね!ね!優一も夕飯食べてくでしょ!今日はご馳走だよ!何でか知ってる?知ってるでしょ?」

 居間に向かう優一の後をつけながら、早亜矢が無邪気な様子でそんなことを言う。

 優一が、由梨家ここで夕食を取るのは、ほぼ毎日もはや日課みたいなもので珍しいことではない。そんなことはここに居候している早亜矢だって分かりきっていることだが、今日は敢えて優一に絡みにいっている。正直、いつもなら出迎えなどしないし、夕飯の時ですら「なんだ、今日は優一もいるの」と冷淡なものだ。あからさまな普段との変わりようで、

 本来ならツッコミの一つでも入れてやりたくなる場面だが、今日はぐっと堪えることにした。

「ねー!優一ってば!なんか言うこととか、あたしにプレゼントとか、そーゆーのないの?」

 すぐ後ろでギャーギャー騒ぎ立てる早亜矢を無視して居間にたどり着くと、珍しくそこに人はいなかった。

「あれ、総司は?まだ帰ってねーの?」

 早亜矢の問いには答えずに、キョロキョロと辺りを見廻して聞く優一。早亜矢は不服そうに口を尖らせながら「まだだよ」と短く返す。

 奥の台所で、由梨家のお袋さん的立ち位置の千代が仕事をしているかと覗き込んだが、そこにも人の気配はなかった。

 優一が振り返ると、早亜矢は勃然とした様子で頬を膨らませこちらを睨んでいた。要望が通らない子供のようで、吹き出しそうになったが、そこはさらりと流して、優一は懐からそれを取り出す。

「ほれ」

「ジャポ○カ学習帳かぁぁぁぁぁ!」

 とりあえず渡されたものを受け取ってから憤怒する早亜矢。

「誕生日の定番だろーが、文句言うな」

 しれっとした口調でそう言う。

「あんた!これ、近くのホームセンターで安い時に買い溜めしてるやつでしょーが!せめてプレゼント包装とかしてもらってからよこしなさいよ!この前も他の子に全くこれと同じのあげてたでしょーが!」

 わーきゃー捲し立てる早亜矢に「うるせーなぁー」とぼやいてから、

「…じゃあ、これ」

「えっ⁉︎なになに?ちょっと、ちゃんと用意してあるなら最初っからそっち出しなさいよー♡もぉ、素直じゃないんだから♡…って」

 手に渡されたのは、誰もが一度は見たことがあるオレンジのキャップの液体のり。

「文房具縛りすなぁぁぁぁぁ!」

「ばか、伝説ののりだぞ。名前もヤマトでかっこいいだろ」

 地団駄を踏む早亜矢にやはり淡々と返す優一。ひとしきり喚き散らして文句を口にし終わった早亜矢の眼前に、突如、キラキラした蝶の姿が現れた。

「…なにこれ?」

 きょとんとする早亜矢。改めて見れば、それは細かいところまで巧みに作られていた、とてもよくできた蝶の形をした飴細工だった。

「帰りに屋台で売ってたから、土産」

 視線を泳がせながらそう嘘をつく優一。

 そんなことは露知らず、早亜矢は優一から飴細工を奪うと深紅の瞳を輝かせながら嬉しそうにそれを光にかざして、

「すごい綺麗!ありがとう!優一!」

 素直に笑顔を向けられて、優一は再び視線のやり場に困る。言おうと思っていたお祝いの言葉も口に出せなかったが、

「早亜矢っ…」

「はいはーい。いい雰囲気のところすいませんが、お邪魔しますよー」

 優一が意を決して呼びかけたと同時に、ガラッと部屋の襖を勢いよく開けて総司が現れた。

「…」

 憮然とした表情で優一は乱入してきた総司を見やるが、当人は全く気にする様子は見せずにいつもの爽やかな笑顔でズカズカと部屋に入ってくるなり、早亜矢の手を取る。

「行きましょ、早亜矢♡」

「は?えっ…行くってどこにっ…」

 早亜矢の返事は待たずにそのまま手を引いて駆け出す総司。一瞬だが優一のそばを通り過ぎる際にベーっと舌を出していったのは無論、優一しか分からなかいことだった。




 パーン!と景気よくなるクラッカーの音と「おめでとう」の歓声。

 総司が早亜矢を連れてきたのは、なんてことない。屋敷の裏の庭先。そこで早亜矢たちを出迎えてくれたのは、もうすっかり顔馴染みの総司の祖父や千代、そして、帝都で知り合った友人たちだった。

「音色!海琉!桜子!」

 嬉しそうに友人の名を呼んで、早亜矢は靴も履かずに駆け寄っていった。

 久しぶりに会う友人たちと楽しそうに談笑する早亜矢を目を細めて見守る総司。その隣に後からつけてきた優一がポリポリと頭を掻きながら、

「あいつら、お前が呼んだの?」

「まぁ、音色さんはともかく、桜子ちゃんや海琉さんには私が声かけましたけど。お誕生パーティーは大勢でやった方が楽しいでしょ?あちこちお誘いしましたよ♡」

 ピッと人差し指を立てて得意げに言う。

「…呼んでなさそうな連中もいるけど?」

 優一の視線の先には、『高虎こうこ』という組織の首領で、総司たち竜騎士団にとっては天敵でもある亜貴とその相方の蘭の姿があった。

「まぁ、今日ぐらいは無礼講でいいですよ」

 さらりと返して庭に降りる総司。

 亜貴たちは自分たちで釣ってきた鮎を火で炙って皆に振る舞っていた。いつもは犬猿の仲の総司と亜貴だが、今日だけはお互いに不戦条約のようだ。

「早亜矢」

 傍に寄って、声をかける。

「もう時期、もっとびっくりするお客さんが来ますよ」

「え?」

 瞳を輝かせてそれが誰かと問いかける前に、早亜矢は視線の先の人物に向かって驚きの声をあげる。

「田吾作さん!それに、かよちゃんも!」

 思ってもなかった来客に頬を紅潮させる。

「どなたですか?」

 近くにいた海琉が総司に聞く。

「みーんな、早亜矢のお友達ですよ」

 自分のことのように得意げにこたえる総司に、海琉は感嘆の息をついて、

「早亜矢さんは、交友関係が広いんですね」

「そうですね、もうちょっとしたら、多分、アメルシア王女とリィさんも来ますよ」

「…アメルシア王女ってまさか、あのグルド王国の?」

「そうそう」

 頷く総司にそんなまさかと付け足して呟く海琉。しかし、

「あーっ!アメリーちゃん!リィさんも!来てくれたんだ!」

 早亜矢の歓喜な声に振り替えれば、その人物は、海琉も新聞などを通して見知っているグルド王国の姫君だった。

「交流広いとかそういう問題ですか⁉︎」

 思わず驚愕のツッコミを入れる海琉。

「まぁ、いいじゃないですか。みんなが楽しければ♡」

 にっこり笑う総司に海琉は若干の目眩を覚えるが、総司の言う通り、皆が楽しそうにしている様子はとても心温まるものだった。



 広い庭に、テーブルを用意して、千代や総司の用意したご馳走やケーキ、各々で持ち寄ってきた食べ物や飲み物、プレゼントなど。宴の準備は整った。

 

「早亜矢、お誕生日おめでとう」

「ありがとう!」

 お祝いの言葉に目一杯の笑顔で早亜矢はこたえた。

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