いつまでも、お幸せに—— Ayane
負けたくなかった。とりあえず、親友の、冴島ふわりには絶対に。
だから、今まで勉強だって、スポーツだって、ふわりには負けなかった。
でも、負けた。あの時の敗北感は、絶対に忘れない。いや、忘れられない。
あたしはずっと、岸野真央くんが好きだった。中学生の頃から。いつも優しく接してくれる岸野くんが、大好きだった。でも、分かってた。岸野くんは、あたしじゃなくて、いつもふわりを見ていた。あたしはふわりの『おまけちゃん』。ふわりの近くにいるから、仲良くしてるから、優しくしてくれるだけ、話しかけてくれるだけ。それを知っているから、あたしはふわりと仲良くしていた。そんな理由、ずるいよね。
そんなこと、とっくの昔からわかってる。あたしはずるいやつだから。
付き合い始めたの。
そう言ったふわりの顔は、とても綺麗で、またとても、愛らしかった。多分どこかで、あたしが岸野くんを好きだったということを感じ取っていたんだと思う。だから決して、岸野くんとのことを相談したりしなかったし、付き合い始めたことを隠したりしなかった。
あたしは知っていた。二人が両思いだったことを、出会った頃から。だからこそ、苦しかった。
高校に入ってから、あたしが岸野くんとカレカノだと噂されるように仕向けた。だけど、なんの反応もない岸野くんに、特に気に留めない様子のふわりにも、イライラした。
「ははっ‥‥‥。あたし、本当にずるいよね」
西日の差し込む教室で一人窓辺に手をつき、外を眺めていた。
そこにいたのは‥‥‥岸野くん。もう追いかけることになれてしまった目は、意識しても止めることはできない。
岸野くんは後ろを振り返り、少し微笑んだ。
——視線の先に、ふわりがいたから。
ふわりの前では、こんな顔するんだ。自分の知らない岸野くんを見ることができるふわりは、すごく羨ましい。
諦められていない自分に少し呆れ、また、これもいいのかな、なんて思う。実らない恋を追い続けるのも、悪くないだろう。
「——何やってるの?」
教室の後ろから声をかけられた。振り返ると、そこにいたのは中尾大悟くん。岸野くんとふわりの幼なじみで、岸野くんの親友だ。
「なんでもない」
私は二人に背を向けるように中尾くんの方を向いた。
中尾くんは、私の方にツカツカと歩いてきて、私の隣に手をついた。
「やっぱり、か」
いろいろな思いを含み、少し悲しそうに笑った。
「僕さ、今だからいうけど——ふわりのことが好きだったんだ」
――ああ、そんなこと聞きたくない。ふわりに負けたこと、嫌でも思い出させられるから。
「八田は、真央のことが――」
「言わないで!!」
大きな声が、出た。
「そんなこと、あたし言ってない‥‥‥勝手にあたしの心を覗かないでよ‥‥‥」
何度も何度も、そんなこと言わないで、と繰り返す。自分でも何が言いたいのかわからない。
「あたしは、岸野くんが好きだった。中学生の頃からずっとずっと。でも、それと同じくらい、いや、それ以上に、ふわりのことが大好きなの‥‥‥」
負けを認めたわけじゃない。でもこれは、本当に本当に、本心だ。
「今もずっと、ふわりのことが好きなの‥‥‥。苦しいよ、だってあたしの初恋だもの。悔しいよ、だって好きだったんだもの。でもあたしは恨んだりしたくない‥‥‥」
ポタリ、ポタリと、涙が頬をつたい、流れ落ちてゆく。
「ふわりはこんな薄汚いあたしと仲良くしてくれた。嫌な顔一つせず、友達だと、親友だと言ってくれたんだ。だからあたしは――」
「分かったよ」
あたしの言葉を遮るように呟いた中尾くんほ声は、優しく、心地よく、私の胸に響いていく。
「僕は、ふわりのことが小さいときから好きだった。ずっとずっと」
校庭で岸野くんと笑いながら歩いていくふわりを愛おしい、そう言いたげな瞳で見つめた。
「でもさ、僕も一緒だ。真央のことも、ふわりと同じくらい、すごい大事」
そう言いながら、幸せそうに、でも少し悔しそうに、笑った。
「僕のは、二人が幸せでいることを願うよ。ずっとずっと」
――今、ふわりの隣で笑っているのが自分であることを、どれだけ願っただろう。私だってそうだ。岸野くんの隣にいるのは、私でいたいと、そうずっと、願ってきた。
はっきり言ってしまうと、まだ諦めきれていない。
‥‥‥中尾くんは、すごいなあ。
「あたしは‥‥‥まだ岸野くんのこと、諦めきれてない。でも――あたしだって、中尾くんと同じ。大好きな二人には、ずっと幸せでいてほしい」
胸が、スッとした。今まで引っかかっていたもの全部、落ちていった。そんな気がした。
中尾くんは何も言わず、小さく頷いた。
そして、笑いながら校門を出て行くふわりと岸野くんを眺める。
——いつまでも、お幸せに——。
その願いを、込めて。
今日また君に、恋をする。 アキサクラ @hoshiimo_nagatuki
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