拝啓、優しいあなたへ  Miyabi

私の心の中には、ずっとずっと残っています。

あなたとの思い出が沢山、沢山。


ある日、私のもとに届いたのは、もうこの世にいない、あなたからの手紙でした。



拝啓


 一雨ごとに寒くなって参りました。

みやびさんには、いかがお過ごしでしょうか。


 さて、今雅さんがこの手紙を呼んでいるということは、僕は、もうこの世にはいないということですね。そう思うとなんだか寂しいような、おかしいような、不思議な気持ちです。

僕は今、すごく悲しいです。もう雅さんと話ができなくなること。雅さんに会えなくなること。顔を見ることができなくなってしまうこと。全て失ってしまうと思うと、胸が苦しいです。ただ不思議なことに、死ぬことが怖くないです。なぜだと思いますか?

それは、今まで生きてきた人生が、とても幸せだったからです。雅さん、あなたに出会えたからです。

雅さんのことが、本当に大好きです。

話していると、楽しい。一緒にいると、安心する。大きな幸福感と温かいものに包まれているような気持ちになる。あなたの優しさが好きです。あなたの笑顔が好きです。ちょっぴり寂しそうな、別れ際の顔も、飛んでいって抱きしめたくなります。あなたのすべてが好きです。ずっとずっと、きっとこれからも、あなたのことが好きです。ずっと、その笑顔を絶やすことなく生きていて下さい。こんなことを言われても困るでしょうけど、僕のぶんまで、一生懸命に‥‥‥。


 これからもずっと、お元気で。どうか、お幸せに。また会う日まで、さようなら。


        敬具


  9月15日

     田辺たなべ 直弘なおひろ


正木まさき 雅様



涙が、溢れました。

そんなの嫌です。直くん、そんなこと言わないでください‥‥‥。

一粒、二粒と、大粒の滴が零れ落ち、手紙を滲ませていきます。よく見るとその手紙は、ところどころ滲んでいるように見えました。きっと、直くんの涙です。『死ぬことが怖くない』。手紙にはそう書いてあったけれど。それは直くんの最後の強がりだ、とわかってしまいました。私を困らせないように、哀れみを抱かせないように。そうわかってしまったからこそ、もっともっと、涙が溢れてくるのです。泣いたからといって、直くんが戻ってくることはありません。分かってます。分かってるけれど。だからこそ。辛く、苦しいのです。



——突如、病で倒れた直くん。きっとすごく辛かっただろうに、私の前では辛そうな顔を一切見せず、笑顔を絶やしませんでした。

あなたとの思い出は、すべて、鮮明に思い出すことができます。



初めてあったのは、高校の入学式の日。桜の舞う、中庭でしたね。私は高校二年生、あなたは一年生。高校という場所に戸惑い、目に一杯の涙を溜め、今にも零れそうでした。可愛い。私はそう思いました。体育館の場所を教えてください、そう問われ、私は頭の中がパンクしそうでした。こんなこと、この先絶対あなたには言わないけれど。私を頼ってくれたこと、とても嬉しかった。そして何度か会うようになり、あなたのことをよく知りました。



甘いものが大好きで、辛いものが苦手だということ。スポーツ全般は苦手で、友達は狭く浅く付き合うタイプだということ‥‥‥。他にも沢山、沢山。あなたのことをもっと知りたい。そう思いました。私は欲深いですね。

あなたと話している時間は、私にとって宝物で、かけがえのない時間でした。あなたのことが、とても好きになっていたのです。

だから。

好きです。頰を紅潮させ照れながら、でも私の顔を見てはっきりとそう言われたとき、どれほど嬉しかったか、あなたにはわからないでしょう?



それからの私は、毎日が幸せで、この世で一番の幸福者だと、そう思っていました。でもその幸せは、長くは続きませんでした。



少し悲しそうに、でも己の運命を受け入れたその表情は、随分大人びているとそう感じました。

僕、死ぬんです。

そう告げること。どれほど辛かったでしょう。どれほど悩んだでしょう。でも、伝えてくれたことが嬉しかったのです。秘密にしなかったことが、嬉しかったのです。



私が、直くんの病気を代わってあげられたら良かったのに。そうしたら、直くんは――。何度もそう思いました。でも私は、それを言い出すことができなかったのです。そう言ってしまうことは、一生懸命に病気と闘っている直くんや、病気を抱えている人への、侮辱と同じになってしまうのではないか――。そう思ったからです。



そんな言葉の代わりに、励ましてあげればよかった。一緒にいる時間だけは、病のことを忘れられるぐらい、楽しませてあげればよかった。大好きだって、何度も伝えてあげればよかったのです。



あなたのことが、好きです。あなたの優しさ、強さ、ひたむきな愛、決して挫けない心。全てが、今でも大好きです。きっとこれからも、ずっと。



だから。

私を、死の間際まで想い、幸せを願ってくれた、優しいあなたに、私から伝えます。



拝啓

優しいあなたへ――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る