ただの幼なじみだから!  Fuwari

私はつくづく嫌なやつだと思う。



私——冴島さえじまふわり——には、生まれてからずっと隣で育ってきた幼なじみがいた。

岸野きしの真央まお。男の子らしくない名前と色素の薄いサラサラの髪。二重瞼に大きな瞳。幼い頃は気が弱く、ガキ大将らしき男の子によく泣かされていた。皮肉にも幼稚園入園から高二の今までの計14年間、ずっっっっっと同じクラス!

『ふわりちゃん‥‥‥』そう私に涙目で泣きついてきた真央の面影は、今は全くない。



「おいふわり、お前さっきの授業中寝てただろ」


今はすごく偉そうで、


「寝てないもん!」


本当にムカつく!!


「真央も寝てただろ」


そう真央の後ろ頭を小突くのは、小学一年生のときに私と真央の住んでいるマンションに越してきてから仲良くしている、中尾なかお大悟だいご。もう一人の幼なじみで、真央の親友だ。知的なメガネがトレードマーク。弓道部に所属しており、その試合を何度か見に行ったことがあるが、落ち着きを払っていて、凛とした佇まいはとても美しかった。


「うっせえな、寝てねえよ」


真央は小突かれた後ろ頭を撫でながら、大悟を少し睨む。


「あたしも見てたよー、岸野くん、こっくりこっくりしてたー」


そう笑いながらやってきたのは、私の親友、八田綾音やつだあやね。中一から今まで、ずっと同じクラスだ。



きっと綾音は、真央のことが好き。

そして真央も、綾音のことが好き。

二人はきっと、両思いなんだ。



別に、真央のこと、好きなわけじゃないのに‥‥‥胸の奥がモヤモヤして、苦しくて、辛くなる。

中学の時までは、私と真央は、両思いだって、カレカノだって噂されていた。でも今では、噂されるのはもっぱら真央と綾音。



違うけど、違うけれど、私も真央も否定しなかった。否定してもしなくても、真央の隣にいるのが自然だって思ってたから。

——高校に上がるまでは。噂をされるのは、私ではなく真央と綾音。別にいい。だって私の彼氏じゃないから。



夕焼けの道に、2つの影が長く伸びている。


「おなかすいたー。大悟、コンビニよろーよー。もち、大悟のおごりで!」


そう言い、隣を歩く大悟を見る。でも、私の言葉を無視するように、前を向いたまま、黙々とあるき続けていた。

そんなにおごるの嫌なの?

私はムッとして、少し速歩きになった。


「ふわりは、」


大悟は立ち止まって私の名前を呼んだ。


「ん?」


そう言って振り返る。


「ふわりは、いいのか?真央と八田が仲良くて。嫌じゃないのか?」


大悟は真面目な顔でそう言った。まるで私の心を見透かされているようで、胸の底がひやりとする。


「な、にいってんの。私別に真央のこと好きじゃないし。綾音と真央が結ばれれば、‥‥‥万々歳じゃん‥‥‥」


そう思っているはずなのに、思っていることを口にしているはずなのに。なぜだかだんだん声が小さくなり、顔も下を向く。


「そんな事言うなら‥‥‥俺も全部ぶちまけてやる」


ビクリと肩が震える。大悟がこんな大きな声を出すなんて、‥‥‥初めてだ。

大悟はつかつかと私の目の前までやって来る。



「俺はふわりのことがっ!!」



そこまで言うが、続きを言わず、ため息をついた。


「そこで見てんなら、とっとと出てきたらどうだ、真央」


電柱の裏からゆっくりと出てきたのは、真央だった。


「ちゃんと伝えなきゃ、きっとふわりも真央も、悲しむことになる」


大悟は少し、寂しそうな顔をして、一人、あるき出した。



「ふわり」


真央に呼びかけられ、大悟の後ろ姿から視線を外した。


「お前、大悟のこと好きなのに、ほっといていいのかよ」


吐き捨てるように呟く。


「ちがう‥‥‥」


小さく首を振りながら声を絞り出す。そして顔を上げると、真央の顔をしっかりと見据える。


「ちがう!!私の好きな人は、大悟じゃない!!私の好きな人は!!‥‥‥好きな、人は――‥‥‥」


視線がだんだんと下がり、足元を見つめる。


「真央こそ。綾音と帰ればいいのに」


ズキッと胸が痛んだ。

――ああ、好きなんだなあ、真央のこと。小さかった頃から、ずっとずっと。そう、唐突に理解した。


「八田じゃねえ。俺の好きな人は、八田じゃねえ」


何度も繰り返すように言った。



「俺の」

「私の」



「「好きな人は――」」



お互いの視線が、交差した。



「ふわりだよ」


「真央だよ」



私達はお互いにほほえみあった。



「俺はずっと、ふわりのことが好きだった。小さい頃からずっと、頼れる存在であった、温かい存在だった。だからずっと、俺の隣にいてほしい。

俺と、付き合ってください!」



珍しい、照れたような顔。必死に言葉を紡ぐ真央は、幼い頃と重なる。



「‥‥‥もちろん!私も真央のことが好き!!隣にいるということが当たり前すぎて気がつかなかったけど、私はきっと、幼い頃から真央のことが好きだった!」



涙ぐみそうになるのを、必死に堪える。



「真央、大好きだよ」


ただの幼なじみなんかじゃない。

真央は私にとって、とても大切な存在だ——。

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