第42話 兄弟になる





 恋人同士になったはずなのに、親の再婚で俺と終夜さんは兄弟の関係になってしまう。

 俺は信じられず、親と別れてから完全に落ち込んでいた。


「どうした? 夏樹」


 ため息を吐いている俺に、終夜さんが心配そうに聞いてくる。

 その表情はいつも通りで、俺だけが落ち込んでいる。


 本当に俺が落ち込んでいる理由が分からないみたいだ。

 俺への気持ちは、そんなものだったのか。

 あまりのことにうつむく。


「もしかして具合でも……」


「終夜さんは、渚さんが結婚することについて、どう思っているんですか?」


「いい歳だったし、愛する人を見つけられるのは何歳だっていいだろう。冬果さんは素晴らしい女性だからな。きちんと引っ張ってくれるはずだ」


「そう、ですか」


 俺が聞きたかったのはそこじゃなかったけど、それでも聞き直しても答えは同じだ。

 終夜さんは俺と兄弟になっても構わないらしい。

 まさかそんな価値観の違いがあるなんて。

 俺の方が間違っているんだろうか。


 そう思ったけど、俺は間違っていないと考え直す。

 恋人と兄弟になって嬉しい人はいないはずだ。

 俺以外がおかしい。


 でも母親にも幸せになってもらいたいから、反対するのも無理だった。

 こんなに好きなのに、兄弟にならなきゃいけない。

 一緒にこれからも住めると分かっても、全く救いにはならなかった。





 家に帰ってからも気分が上がらず、ソファの上で膝を抱える。

 終夜さんが忙しなく動く音が聞こえてきたけど、そちらを見る元気がなかった。


「夏樹どうした? 具合悪いのか?」


 たまに近くに寄って来て聞かれるけど、ぼんやりとした答えしか返せなかった。

 テレビはつけているのに、全く中身が頭に入ってこない。

 そのまま眺めていれば、終夜さんが隣に座ってきた。


「何があったんだ。俺に話せないことか?」


 優しく話しかけてくるから、俺は視線を合わせないように顔を埋める。


「あの」


「どうした?」


「俺達、兄弟になるんですよね」


「そうだな。嬉しくないのか?」


「嬉しくないって言ったら困りますか?」


「困るって言ったら?」


 お互いに問いかけていったら、終わりが見えない。

 俺は大きく息を吐いて、そして終夜さんに寄りかかった。


「ごめんなさい。困るって言われても嬉しくないんです」


「どうしてだ?」


「どうしてって分からないんですか? 俺達、兄弟になるんですよ?」


「そうだな。兄弟になる。それが嫌なのか」


「嫌です」


 はっきりと言ってしまった。

 俺は終夜さんの顔が見られず、ぐりぐりと肩に顔を押し付けた。


「だって、せっかく恋人になれたのに兄弟になったら……結婚出来ないじゃないですか……」


 本当にみんな酷い。

 せっかく結婚したいと思ったのに、どうして兄弟になってしまうんだろう。

 悲しくてたまらなくて、俺はその気持ちを込め押し付ける力を強くした。


「……な、夏樹」


 じわりと涙がにじんでいたら、終夜さんが俺の頭をそっと撫でてくる。

 少し戸惑っているような感じに、俺はそっと顔を上げた。


「終夜さんは嫌じゃないんですか? 結婚したくないんですか?」


「その、な」


 困った顔をさせたくて、こんなことを言ったわけじゃないのに。


「ごめんなさい。俺、わがままばっか言って」


「違う。困っていると言うか……今日の話をきちんと聞いていなかったのか?」


「えっと再婚する話は聞いたんですけど。それ以降は頭が真っ白になっていて」


「そうだよな。聞いていたら、こんなこと言うはずがない」


 俺は何かを勘違いしているんだろうか。

 少し不安になって、終夜さんの顔を見つめる。


「いいか夏樹。再婚したら兄弟になる。戸籍が一緒になるってことだ。それはつまり結婚と同じだろう」


「同じ、ですか?」


「夏樹。少し確認してもいいか? ……男同士で結婚出来ないのは、知っているよな?」





『あっはっはっはっは。まさか男同士で結婚出来ると思っていたなんてね! それで機嫌が悪かったの?』


「……うるさい。結婚結婚言ったのは、そっちが先だろ」


『だからって、結婚出来ると思い込んでいるとは予想しないでしょ。教育法間違えたかしら。ちゃんと学校行ってる?』


「おかげさまで皆勤賞だよ!」


『それにしても、ふっふっふ。あーおかしい』


 笑いの止まらない母親に、俺は電話するんじゃなかったと後悔する。


 男同士では結婚出来ないから、両親が結婚して戸籍上一緒になる。

 それで俺と終夜さんも結婚したと同じということにする計画らしい。

 なんて強引なのだろうか、そう思ったけど全員本気だった。

 男同士では結婚出来ないから、とっておきの手段として、俺の気持ちが固まったら籍をいれる話が進んでいた。


 俺に言ってくれなかったのは、その話を聞いてプレッシャーを感じさせないためだと説明されれば、仲間外れにされた文句も言えなかった。

 それに勘違いしていた恥ずかしさで、穴があったら入りたい。


『でも良かった。再婚の話をしてから元気が無かったから、反対しているのかと少し心配になっていたのよ。あんたが喜ばないのなら、結婚するのも良くないからね』


「自分の人生なんだから、俺のことで決めるなよ」


『そうだけど。嫌がることはしたくないでしょ。だから良かったわ』


「はいはい。勝手に勘違いしてごめんね」


 母親の幸せを邪魔しなくて良かった。

 俺は胸を撫で下ろし、これ以上からかわれないために何も言わずに電話を切った。




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