第41話 そうして





「いいって。付き合うのに、俺の許可は必要無いだろう。それとも何? 俺が駄目だって言ったら、別れるのかな?」


「それは……」


「そうじゃないんだから、許してもらおうと思わない方がいい」


「……はい」


 諭されてしまって、俺はテーブルを眺めたまま頷く。

 真昼さんの言う通り、許してもらおうと思う方がおかしかったのだ。

 この話の場でさえも、真昼さんにとっては、面倒以外のなにものでも無かったんじゃないか。


 反省してしょんぼりとしていたら、真昼さんが吹き出す声が聞こえてきた。


「なーんてね。そんな落ち込まないでよ。少し意地悪しすぎかな」


 先ほどまでとは違う明るい声に、俺は恐る恐る顔を上げる。

 そこには声と同じように、嫌な感じなく笑っている真昼さんの姿があった。


「えっと」


「俺だってね。はいそうですか、って素直に認めるわけにもいかなかったから。少しだけ意地悪しちゃった」


「意地悪」


「まさかそこまで落ち込むとは思わなかったし、まさかテーブルに頭をぶつけるとも思わなかった。夏樹君って、予想外の行動をするよね」


「俺もぶつけたくてテーブルに頭をぶつけたわけじゃないんですけどね」


「それもそうか」


 コーヒーを飲んだ真昼さんは、俺じゃなく終夜さんに視線を向けた。


「夏樹君のこと、ちゃんと好きなんだ」


「ああ」


「まあ、この前夏樹君と一緒にいる時を見ていて、なんとなく分かっていたけどね。思ったよりも早かったけど。もしかして、もう手を出した?」


「だ、出されていません!」


「夏樹君、必死すぎ。逆に怪しいよ」


 キスは手を出されたうちに入っているだろうか。

 俺は顔が真っ赤になって、先ほどとは違う理由でうつむく。


「2人の感じからして、キスぐらいはしたね。その先は夏樹君がまだ無理そうかな」


 俺が分かりやすいのか、真昼さんが鋭いのか。

 完全にバレていて、顔から火が出るんじゃないかというぐらい恥ずかしかった。


「あまり夏樹をからかうな」


「はいはい。夏樹君の可愛い顔は、自分だけが見たいってことね。もう、のろけが凄い。夏樹君は俺の好みじゃないから、安心していいよ」


「今は違かったとしても、夏樹の可愛さでどう転ぶか分からないだろう」


「ないない。絶対にない。断言出来るし、神に誓ってもいいよ」


 確かに終夜さんが好きだったのなら、俺は完全に対象外だろう。

 でも終夜さんは納得していないみたいで、低い声で唸った。


「もし今度会う時は、俺が絶対に付き添うからな」


「あんまり束縛していると、夏樹君が窮屈になるよ? ほどほどに息抜きさせてあげないと嫌われるからね。ねえ、夏樹君?」


「い、いえ。そんなことは」


 完全に真昼さんのペースに巻き込まれて、俺も終夜さんも翻弄されていた。

 きっとこれは、真昼さんなりの気の遣い方なのだ。

 いつの間にか申し訳ないと言う気持ちが消えていて、むしろ別れる時には楽しい気分で終わらせることが出来た。





 最大の難関であった真昼さんとの報告が終わり、次はお互いの親への報告をすることにした。

 こっちの方は簡単だ。

 何しろ、この生活を始めたきっかけでもあるのだから、受け入れられないはずがない。


 ただの報告。

 そんな軽い気持ちで呼び出した俺にかけられた言葉は、予想外のものだった。


「私と渚さん。結婚することにしたから」


「え……はあっ!?」


 結婚? 結婚ってなんだ?

 俺の目の前で並んで座っている母親と渚さんは、顔を見合わせて笑う。


「実は前々からお付き合いはしていたんだけど、再婚する気持ちは無かったのよね」


「お互い前の配偶者を愛していたからね。わざわざ結婚という形をとるつもりはなかったんだ」


「でも2人の仲が良くなって、私達それぞれ1人になるでしょう? いい機会だから、籍を入れて一緒に住もうって言ってくれたのよ」


 恥ずかしいと言いながら顔を隠す姿は、母親ではなく1人の女性だった。

 それに対して嫌悪感を抱くわけでもないし、再婚に反対するつもりはない。

 むしろ今まで育ててくれた苦労を知っているから、幸せになって欲しい。


 でもそれは、相手が渚さんじゃない場合だ。


「籍を入れるって、それじゃあ俺達は」


「もちろん兄弟になるわね。安心して。あそこのマンションに、これからも住み続けていいから。私と渚さんは、別の場所で一緒に暮らす予定よ」


 全然安心出来ない。


 終夜さんとお付き合いをするという報告をしに来たはずなのに、どうして2人が再婚するという話を聞いているのだろう。



 それにしても母親も渚さんもおかしい。

 俺と終夜さんを結婚させたいんじゃ無かったのか。

 そのために嫌がる俺を無理やり終夜さんと同居させて、目論見通りに終夜さんのことを好きになったのに。


 一体何を考えているのだろうか。



 俺は衝撃を受けたまま、隣に座っている終夜さんの様子を窺った。

 俺と一緒で驚いているはず。

 もしかしたら反対するかもしれない。


 その期待を込めて見たのに、終夜さんの表情はなんの変化もみられなかった。


「そうか。おめでとう」


 更には祝福の言葉までかける始末。


 この場で驚いているのは俺だけ、あまりのことに、その後の話が全く耳に入ってこなかった。




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